甲冑の部位

革所(かわどころ)

文字サイズ

甲冑には主に鉄と革が用いられています。そのなかでも革が用いられている部分は「革所」(かわどころ)と総称されました。革所の範囲は甲冑のほぼ全身に及び、その用途は様々です。小札(こざね)や金具廻(かなぐまわり)と並ぶ甲冑の主要な構成要素である革所についてご説明します。

革所とは

3種類の「かわ」

革所を理解する前提として、まず「かわ」について整理します。文献によって「皮」や「革」、「韋」など、様々な漢字を用いて表現されている「かわ」。そのため混乱している人も多いかもしれません。江戸時代に著された書物に区別のヒントとなる記述が見られます。

動物の体の表面を覆う組織で毛がある物。いわゆる毛皮のイメージです。
動物の皮から毛を取り去った物。革製品などに用いられる革のイメージです。
なめしがわ。主に用いられたのは鹿の皮で、日本とは馴染み深い素材です。やわらかく手触りが良いのが特長で、防水性にも優れていることから、武具や衣類などにおいて幅広く使用されてきました。

革所の用途

革所の用途は大きく3つに分けることが可能です。

実用目的
の「裏張」(うらばり)や「浮張」(うきばり)、の「肩上」(わだかみ)や「裏包革」(うらづつみがわ)、「蝙蝠付韋」(こうもりづけのかわ)、「矢摺韋」(やずりのかわ)、「籠手摺韋」(こてずりのかわ)
実用及び装飾目的
大鎧」の胴の前面に張られた「弦走韋」(つるばしりのかわ)
装飾目的
兜の「吹返」(ふきかえし)や「金具廻」(かなぐまわり)に張られた「絵韋」(えがわ)

甲冑(鎧兜)各部の革所

裏張
内張(うちばり)とも呼びます。「兜鉢」(かぶとのはち)の内側に、直接革を張り付けました。当初はただ革を張り付けただけでしたが、のちに兜の内側表面と革の間に緩衝材を入れるように進化していきます。
浮張
浮張

浮張

兜を頭から浮かせるように、革を張るようになりました。頭から兜が浮いている状態になることから、浮張と呼びます。

このことによって、頭部にダメージがあったときでも、裏張よりさらに衝撃が軽減されるようになったのです。

吹返
吹返

吹返

兜の斜め前を守る形で付属した、左右対称の装置が吹返です。

顔に向かって飛んでくるの攻撃を防ぐ目的で作られたとされています。

肩上
肩上

肩上

胴の肩にかける部分です。当初は何重にも革を張って作られていましたが、のちに緩衝材を革で包んだ物を当てるようになりました。

さらに改良が進むと、肩上の表側に鉄板を入れるようになります。これによって強度を高めながら、装備者への負担を低減したのです。

弦走韋
弦走韋

弦走韋

弦走韋は、の弦が胴の小札板(こざねいた)に引っかかるのを防ぐ目的で付けられ始めました。

そのため、騎射戦を中心とした大鎧に特有の革所で、「胴丸」、「腹巻」、「当世具足」(とうせいぐそく)には見られないパーツです。

弦走韋は、範囲が大きく、前面を特徴的に彩るため、他のパーツの意匠と関連した図柄が描かれることが一般的でした。

蝙蝠付韋
蝙蝠付韋

蝙蝠付韋

これも大鎧に特有の革所です。

大鎧を着て馬に乗ったとき、前後の「草摺」(くさずり)は、馬に重みを預けておくことができましたが、左右の草摺は宙吊りになってしまいます。

そのため、他の部位よりも傷みやすく、脆かったのです。それをカバーするために考案されたのが、蝙蝠付韋でした。

胴裏の包韋(どううらのつつみがわ)
甲冑の内側も、そのままでは装備者の体や内衣を傷付けてしまいます。そのため、小札板の内側を1段ずつ革で包む、という方式が採られるようになりました。

甲冑が武家の威風を示す道具として用いられるようになった江戸時代になると、裏の一面を丸ごと革で包む形式の物が登場。豪著な物であれば、一面に金箔押の馬革で包んだという物もあります。

矢摺韋
矢摺韋

矢摺韋

右手の(大)の裏側、縦に張られた革。

弓を引いたときに(大)袖に矢柄(やがら:矢の幹のこと)が引っ掛からないようにするために張り付けられました。

籠手摺韋
籠手摺韋

籠手摺韋

広袖」(ひろそで)や「壺袖」(つぼそで)の裏に張られています。袖の裏と腕に装着した籠手が滑らかに動くようにするための装置。

籠手摺韋が登場した背景には、近接した打物戦(日本刀や槍、薙刀などを用いた戦い)が主流となったことがあったと言われています。

そのため、矢摺韋とは異なり、左右両方の(大)袖に張られました。

金具廻の絵韋

金具廻の絵韋は同系統の色合い、作風でまとめられ、一種のコーディネイトとしての役割をも担っていたのです。

絵韋とは

絵韋の文様と変遷

絵韋とは、基本的に紺と紅の2色の染料で染め上げた地韋(じがわ)のことで、決まったパターンの文様がありました。この文様は時代によって異なっています。

花菱の書韋(はなびしのかきがわ)
平安時代、鎌倉時代によく見られる柄です。紺、浅葱、赤に染め分けた花菱模様を連続させて描いていました。
襷文韋(たすきもんがわ)
平安時代、鎌倉時代によく見られる柄です。大まかな図柄としては、斜めの格子状に濃淡が描かれています。細部を見ていくと、格子部分には牡丹や唐花などが、格子の内側には獅子や龍、鳳凰などが描かれています。
不動韋(ふどうかわ)
火炎を背景に、描かれた不動明王が特徴。不動明王は7世紀に成立したとされる「大日経」(だいにちきょう)のなかにその記述がある、仏教、とりわけ真言密宗の信仰対象です。真言密宗が盛んに信仰された鎌倉時代後期が、この発祥時期と考えられています。不動明王は魔除けの意味もあり、図柄がよく映える弦走韋に用いられたようです。
藻獅子文韋(もじしもんがわ)
南北朝期以降に見られた図柄。水草のなかに唐獅子と牡丹が描かれています。
正平韋(しょうへいがわ)
室町時代以降に見られる図柄です。1351年(正平6年)に、「懐良親王」(かねながしんのう)が肥後国八代(現在の熊本県八代市)の革工に命じて染めさせたのが由来と言われています。「正平六年六月一日」などの日付が短冊状に刻まれているのが特徴で、別名「正平御免韋」(しょうへいごめんがわ)。
天平韋(てんぴょうがわ)
江戸時代以降に見られる模様で、正平韋をまねて作られています。獅子牡丹などの模様のなかに「天平十二年八月」と染め出されていますが、天平十二年八月である理由については不明です。
黒皺革(くろしぼかわ)
馬の革に皺を付け、そこに黒漆を塗った物を指します。こちらも、内側に張るための革というよりは、草摺などを覆う革として用いられることが多かったようです。

地韋の周縁を覆う小縁(こべり)

小縁

小縁

色彩豊かな地韋の周囲を覆う革を、「小縁」(こべり)と呼びます。

赤韋(あかがわ)
赤い染料で染め上げた革です。あでやかな赤一色になっているのが特徴。平安時代、鎌倉時代の小縁に多く見られました。

現代の五月人形でも、鮮やかな赤が目立ちやすいため、用いられているケースが多いです。

五月人形と甲冑(鎧兜)五月人形と甲冑(鎧兜)
男の子に贈られ飾られる「五月人形」について、様々な角度からご紹介します。
五星赤韋(ごせいあかがわ)
桜の花びらのような五星紋(ごせいもん)を、連続して白く染め抜いた赤韋です。鎌倉時代から室町時代を通してよく用いられました。
藍韋(あいがわ)
藍色で染めた革です。室町時代後期以降で特徴的に用いられました。
菖蒲韋(しょうぶがわ)
三角形型に意匠化された菖蒲の模様を、白く染め抜いた藍韋です。室町時代後期以降でよく見られます。
爪菖蒲韋(つめしょうぶがわ)
菖蒲模様の中心を剣型にした物を爪菖蒲と呼びます。爪菖蒲の文様を、菖蒲韋同様、藍地から白抜きした物が「爪菖蒲韋」(つめしょうぶがわ)。同じく、室町時代後期以降でよく見られます。

革所(かわどころ)

革所(かわどころ)をSNSでシェアする

「甲冑の部位」の記事を読む


甲冑の胴

甲冑の胴
甲冑(鎧兜)における胴は、胸から腹の下までの前面と側面、背中をカバーする防具です。その中でも、特に人の胴体を保護するのが、甲冑(鎧兜)の胴。人の胴体には多くの内臓があり、頭や首と同様、優先的に守る必要のある部位です。胴もそれに合わせて、大きく丈夫に作られています。甲冑(鎧兜)の胴の種類や、その姿が時代と共に、どのように変化していったのかをご説明します。

甲冑の胴

甲冑の袖

甲冑の袖
古墳時代に出現した甲冑(鎧兜)は、時代を追うごとに進化し、平安時代から用いられた「大鎧」(おおよろい)でほぼ基本的な部分の完成が見られます。主な部位としては、頭を守る「兜」(かぶと)、身体の中心を守る「胴」、足回りを守る「草摺」(くさずり)、そして戦闘力の要として、腕部分を守る「袖」(そで)です。大鎧には、「小札」(こざね)で作られた「大袖」(おおそで)があり、敵の矢や刃による攻撃に対し、肩から上腕部を保護しました。このように、甲冑(鎧兜)の部位のひとつひとつには、古人の工夫が込められているのです。甲冑(鎧兜)の袖について、その役割や種類、進化の過程を追っていきます。

甲冑の袖

兜の種類と特徴、立物、面頬、機能

兜の種類と特徴、立物、面頬、機能
「兜」(かぶと)とは、頭部を守る防具です。「兜」という漢字は人が兜を被っている様子からできています。日本において、兜が出現したのは古墳時代。当初は防具としての役割を担っていましたが、時代の変化と共に武将達の威厳や個性を表現する役割も担うようになりました。現代では、端午(たんご)の節句に兜を飾ります。兜を飾る意味は、男の子が病気や事故などにならずに成長してくれることへの願いです。地域によっては誰が買うかも決まりがあります。兜は伝統的な兜飾りから、現代風のおしゃれな兜飾りまで様々です。兜の種類や兜飾りについて、また兜の付属品(立物、面具)及びその機能を通して、兜の役割についてご紹介しましょう。

兜の種類と特徴、立物、面頬、機能

兜鉢(かぶとのはち)とは

兜鉢(かぶとのはち)とは
甲冑において、頭部を守るための防具が「兜」です。頭部は言わずと知れた人体の最重要部。そのため、兜は鉄板などの素材を用いて頑強に作られていました。その歴史は古く、日本式甲冑が登場する前からすでに存在。そののち、日本式甲冑と共に独自の進化を遂げていきました。頭部を守る兜の本体である「兜鉢」(かぶとのはち)についてご説明します。

兜鉢(かぶとのはち)とは

陣笠・とんきょ帽

陣笠・とんきょ帽
室町時代末期になると、戦での戦い方が大きく変化しました。騎馬武者同士による一騎打ちが影を潜め、集団での白兵戦(はくへいせん:近接した距離で行なわれる戦闘)に移行。各武将は農民などを最前線で戦う兵士として招集するようになったのです。「足軽」(あしがる)と呼ばれた彼らの頭部を守っていたのは、兜よりも安価で大量生産が可能な「陣笠」(じんがさ)でした。今回は、足軽の象徴である陣笠についてご紹介します。

陣笠・とんきょ帽

変わり兜

変わり兜
中世においては、初期の兜である「星兜」(ほしかぶと)に改良を加えた「小星兜」(こぼしかぶと)や「筋兜」(すじかぶと)、「頭形兜」(ずなりかぶと)が出現しました。そして、室町時代末期から江戸時代にかけては、鉄板を打ち出したり、紙や革で様々な物を形作ったりした「形兜」(なりかぶと)や、「張懸兜」(はりかけかぶと)など、従来の兜の概念に収まりきらない兜も登場。武将達は、自らの思想・信条を兜に込めた「変わり兜」を身にまとって戦場に立ったのです。ここでは、数多くの個性豊かな作品が作られた当世具足に付属していた、変わり兜について考察します。

変わり兜

面頬(面具)とは

面頬(面具)とは
面頬(めんぽお/めんぼお)は、甲冑(鎧兜)に付属した顔面を守るための防具で、最初に登場したのは平安時代後期。そののち、室町時代末期から安土・桃山時代にかけて広く普及したと言われています。 この時代には、機動性と堅固さをかね備えた「当世具足」(とうせいぐそく)が登場。各戦国武将が趣向を凝らし、百花繚乱の様相を呈した当世具足と同様、面頬(面具)も様々な作品が登場しました。 ここでは、面頬(面具)の基本的な事項についてご説明します。

面頬(面具)とは

面頬(面具)の歴史

面頬(面具)の歴史
面頬(めんぽお/めんぼお)は、日本式甲冑とともに進化・発展を遂げてきました。平安時代になると、それまで用いられていた「短甲」(たんこう)や「挂甲」(けいこう)から「大鎧」(おおよろい)へと進化。これに伴い、小具足のひとつとして、面頬(面具)が誕生したのです。西洋においても顔面を防御する、いわゆる「兜面」(かぶとめん)がありますが、これとは一線を画する日本独自の発展を遂げた防具。ここでは、日本における面頬(面具)の歴史についてご紹介します。

面頬(面具)の歴史

面頬(面具)の種類

面頬(面具)の種類
面頬(めんぽお/めんぼお)に取り外し可能な鼻が付属するようになると、様々な表情が作出されるようになりました。表情のある面頬(面具)は、着用した武者達にとって、仮面の役割も果たし、ときに怒り、ときには笑みを浮かべます。美女や老婆、翁さらには動物、鬼霊、神仏まで。様々な表情の面頬(面具)が制作されるようになりました。こうした表情は、敵を当惑させ、不気味さを感じさせるなど、精神的な揺さぶりをかける役割も果たしていたのです。面頬(面具)に表現された表情についてご説明します。

面頬(面具)の種類