刀剣三十六遣使(南北朝時代)

~第3章~闇を断ち切る浄化の型

文字サイズ

【あらすじ】『闇の者』を退けた南條忠信と朝妻秀頼、波木は、京に戻ると御所へと呼び出され、将軍・足利義満と細川頼之と面会する。そこで細川頼之から、山名氏清と山名満幸の領地に赴き、挙兵の断念を申し入れる使者となるよう命じられるのだった。

山名満幸邸にて

指示を受けた南條忠信と朝妻秀頼は、波木と共に山名満幸の館を訪れた。

山名満幸は京を放逐されたあと、表向きは所在不明となっていたが、細川頼之が使う間者により、旧領にほど近い丹波に館を構えていると知らされた。

「ほう、義満殿からの使者と聞いたが、若造2人ではないか」

教えられた屋敷に、山名満幸はいた。田畑に囲まれた豪壮な屋敷で、周囲では集められた男達が弓矢の訓練をしている。

「南條忠信と申します。こちらは朝妻秀頼。このたびは山名満幸様に将軍の書状をお持ちしました」

南條忠信は細川頼之から預けられた書状を渡す。山名満幸はそれを広げると素早く目を走らせた。

「使者の役目ご苦労。用向きはあい分かった」

野太い声が耳に響く。

「将軍には、よほど山名が恐ろしいと見える。噂を信じ我らが挙兵に及ぶと信じておるようじゃ」

「では、挙兵はあくまでも噂であると」

「否、真実である。我ら山名は近く兵を挙げ、弓矢を持って将軍の過ちを正す所存だ」

「将軍の過ちですと?」

「さよう。あの者は将軍の地位にありながら、武士の本質を分かっておらぬ」

土地は切り取り次第と山名満幸は言った。武士は領地のために命を差し出し、保証を得るために幕府にしたがう。このたび上皇の御料を接収したのは、それが山名満幸の領地である伯耆国にあったからだ。

自分の国の土地を自分の物にして何が悪い、それが山名満幸の言い分だった。

「幕府はただ武士の行ないを追認すれば良い。それを義満め、逆に俺を罰しようとは思い上がりにもほどがあるわ。さして苦労せず、地位を極めたから分からぬのだろう。尊氏様や義詮(よしあきら:室町幕府2代将軍)殿であれば、俺の言い分を理解するはずだ」

本当にそうだろうか。南條忠信はいぶかしく思った。全国の武士を束ねる幕府の将軍が、欲に囚われた臣下の肩を持つだろうか。いくら大軍勢を率いる実力者とは言え。

「それが日の本の国を混乱させるとは思いませぬか」

南條忠信は口にせずにはいられなかった。

「思わぬな。俺は俺の権利を行使したに過ぎん」

「ではどうあっても、挙兵を思いとどまっていただけぬと」

「くどい。何度も同じことを言わせるな」

苛立った顔で山名満幸が言った。

「お前達こそ、義満に使い捨ての道具にされて悔しくはないのか。奴ならしかねんぞ。何せ俺と氏清叔父を利用して、時熙と氏之を追放したはずが、今度は時熙と氏之を赦免して俺を追放する奴だ。気に入らぬなら自分で兵を挙げて俺を討ちに来れば良いものを、お前達若造を送って挙兵せぬよう懇願する。臆病風に吹かれているのが目に見えるようだ。女々しいにもほどがあるわ」

山名満幸は鬱憤を晴らすようにまくし立てた。そしてふと、座敷の隅に控える波木の方に視線を向けた。

「ところで、そちらが連れてきたその男。どこかで見覚えがあるような。ちと顔を上げて見せるが良い」

「あれなるは我らの供回り。満幸様の御前にまかり越すほどの者ではございません」

「そうかな、少なくともお前達より腕は立つには違いない。その方、早くこちらに来て顔を見せよ」

波木はやむなく立ち上がると、山名満幸の前で顔を上げた。

「おお、貴殿であったか正儀殿」

「…お久しゅうござる」

「そちも息災で何よりじゃ。それよりなぜ貴殿ほどの男が若造どもの供回りなどをしておる。逆ではないのか」

「いえ、これは私から将軍に願い出たこと。それに彼らは若輩ではございますが、役目を果たすに十分な器量を持っております」

「ほう、そうかのう?とてもそうには見えないが」

山名満幸が疑わしげな眼差しを南條忠信に送る。

「ところで正儀殿。俺は貴殿を召し抱えたい。俸禄も領地も思いのままぞ」

波木はなにも答えなかった。山名満幸を哀れんだ眼差しで見上げている。

「お待ち下さい。使者の用件をないがしろにして何の話をしているのです」

「知らぬのか。この男は楠木正儀(くすのきまさのり)。かつて南朝と北朝の双方で侍大将を務めた男だ」

山名満幸は我がことのように自慢げに口にした。

楠木正儀は、楠木正成(くすのきまさしげ)の三男であり南朝の支柱と言うべき存在だった。戦歴も輝かしいものを誇るが、あるとき、管領の細川頼之を通じて北朝へと降った。のちに康暦の政変(こうりゃくのせいへん)によって細川頼之が罷免されたあと、再び南朝に帰順したが、南朝への忠節を誇りとする楠木一族からは、ただひとり現れた変節者とされていた。

「いずれにせよ昔の話です。いまの私はただの隠者、波木某に過ぎません」

「謙遜するな。貴殿の力はともに戦った我らが一番知るところぞ。ともに幕府を打ちのめし、日の本全土に楠木ここにありと知らしめようではないか」

山名満幸は執拗に勧誘する。だが波木は一歩下がると、厳しい顔で頭を下げた。

「ありがたいお話ではありますが、ご辞退申し上げます」

「なに、断ると申すか。この俺の頼みでもか」

「遺憾ながら、現在の私は世捨て人と同じです。しかも満幸殿には大義がない。何と申されようと」

「ええい、いまいましい」

山名満幸は顔を紅潮させて立ち上がった。これでは使者の役目が果たせない。南條忠信は挙兵を止めるべく、山名満幸と差し違えようと考えた。

「師匠、秀頼。あとは頼みます」

小さな声で2人に告げる。
その声に不穏なものを察したのか、波木が素早く声をかけた。

「早まるな。すでに使者の用件は十分に果たした」

「おい、何をしておる」

山名満幸が剣呑な視線を送ってくる。

「お気になさることなどありませぬ。満幸殿の強固な意志、しかと将軍に伝えまする」

「そうか。しっかり伝えるんだな。足利将軍が誰のおかげでその地位にいるか。それは我ら山名の後ろ盾あってのことだ。それを忘れて何が幕府か、何が源氏の総領か。命と地位が惜しくば満幸に頭を下げにこいとな」

その後も南條忠信は山名満幸の話を一方的に聞かされると、館から剣もほろろに追い出された。

仕方なく南條忠信達一行は、堺にある山名氏清の屋敷に向かった。山名氏清は、甥でもあり婿でもある山名満幸を庇護するばかりでなく、ともに挙兵し京への侵攻を目論んでいた。

使者の役割

刀剣三十六遣使(南北朝時代)_第3章道中、南條忠信は無表情で馬に乗る波木に話しかけた。

「師匠、お訊ねしたいことがあります」

「なんじゃ。手短に申せ」

「師匠はいったい何者なのですか。波木などという偽名まで使って。それに満幸殿を止めようとしないのも私には納得がいきません」

詰め寄る南條忠信に、波木は珍しく困った顔を見せた。

「待て、一度に聞かれても返答し難いではないか」

「俺は、なんとなく分かる」

朝妻秀頼が小さく口を開いた。

「将軍は山名に兵を挙げるなと言っていたが、実は激発させようとしているんだ」

「その通りじゃ」

足利義満は山名を挑発しようとしている、と波木は言った。

山名氏は全国66ヵ国の内11ヵ国を守護する、超が付くほどの大大名だ。ゆえに世間では「六分の一殿」などとも称されている。

一方、足利将軍は守護大名の連合の上に成り立っており、権力基盤は不安定そのものだ。足利義満は山名を分裂させ、権勢の弱体化を謀っていた。そのためには山名満幸と山名氏清に兵を挙げさせねばならない。南條忠信達はそのための使者なのだ。

「確かに、将軍も細川頼之様も挙兵を止めろとは仰っていませんでした」

「その通りだ。忠信よ、朝妻を見習え。だが、結果的に挙兵を止めろは良い挑発になった。あの物言いなれば山名は将軍が弱気になったと受け止めるだろう。氏清殿にもひとまずその手で行くとするか」

「分かりました」

「ところで、こちらこそ使者としての本題だが、お前達は満幸殿から『闇の者』の気配を感じたか」

今度は波木から口を開く。南條忠信と朝妻秀頼とともに、感じたままを素直に告げた。

「はい、薄々とながら」

「私も、おぼろげながらではありますが」

「そうか。儂も薄々とながら感じておった。これは容易ならざる事態じゃ」

一行はひとまず山名氏清の館に急いだ。

山名氏清の提案

目的の館に到着すると、山名満幸の屋敷とはうって変わって、手厚くもてなされた。
自由都市である堺に屋敷があるせいか、南條忠信達の前には山海の珍味が並べられ、主である山名氏清が自ら酒まで振る舞おうとする。

だが屋敷の外では山名満幸の館と同じように屈強な男達が集められ、弓矢の訓練に勤しんでいる。厚遇と武力、双方を見せ付けることで、使者に都合の良い報告をさせるつもりだろう。山名氏清は長年幕政の中枢にいただけに、狡猾な人となりがうかがい知れた。

「使者の用向きは理解した。この氏清、義満公にたて付く気はござらぬ。京に戻られたらお伝えされよ。氏清に叛意はないとな」

南條忠信から使者の口上を聞くと、山名氏清は薄い笑みを浮かべてそう答えた。巷でも名高い猛将との評判通り、山名氏清は恰幅良く、見るからに勇ましい風貌ながら、一方では謀将としても知られていた。若い南條忠信に慇懃な言葉を使いながらも、内心手玉に取るつもりなのは明らかだった。

「そもそも、こたびの嫌疑は満幸めが企てた叛意の巻き添えと言うべきもの。我にとっては迷惑至極。義満公の嫌疑を解くべく、使者殿にはお口添え頂きたいものだ」

「同感です。勇将の誉れ高い氏清様のお味方なくて、都の平穏は保てませぬ」

「はっはっは、素直に喜んでおきましょうぞ」

「なればこそ我らは不思議でならないのです」

「不思議、とは?」

「なぜ京を放逐された満幸殿が丹波に潜伏しているのを放置なさったのです。彼の地には立派な館までありましたぞ」

「満幸めを受け入れたのは同じ山名であればこそ。同じ一族なればお見逃しあれ。しかし丹波の館というのは初耳でござる。そのような物がありましたか」

「されば、屋敷の外でなされている弓矢の訓練はなにゆえでございますか。戦を仕掛ける支度をされているようにしか見えませぬが」

「これは異なこと。我らは何者であろうか。武士でありましょう。武士が戦の訓練をするのは当然のこと。まさか田畑を耕せとは申しますまいな」

山名氏清はあくまでもシラを切るようだ。どうすればこの男は本音を吐くのだろう。南條忠信が考えていると、山名氏清は座敷の離れた場所で控える波木に声をかけた。

「ところで、波木とか申すお主。もしや楠木正儀殿ではあるまいか」

「滅相もない。楠木なる者はすでにこの世の者ではございません。この場におりますのは波木某。ただの案内人でございます」

波木は山名満幸の館と同じように答えた。

「何をおっしゃる正儀殿、我とお主は戦場で幾度も刃を交え、また轡(くつわ)を並べて戦った仲ではないか。邪険にするな」

山名氏清は波木に近付くと、親しそうな顔で口を開く。

「南朝に降ったと聞いていたが、その後音沙汰がなく心配したぞ。どうじゃ、我に仕えぬか。お主ならば破格の待遇で迎えたいが」

「満幸殿も同じことを仰いましたな」

「さもあろう。満幸も貴殿を召し抱えたいと思うはずだ。で、どうじゃ、河内はもちろん、お望みならこの和泉も引き渡すが」

「破格の待遇、ありがたく存じますがご辞退申し上げる。先ほど申し上げました通り、ここにいるのは淡路の住人、波木某。楠木なる者ではございませぬ」

「そうか、残念じゃのう。気が変わったら申し出るが良い。当家にはいつでも貴殿を迎え入れるゆえ」

山名氏清は仕方なしといった顔で息を吐くと、南條忠信達の前に戻ってきた。

「氏清様に叛意なきこと、将軍と細川頼之様にはお伝えしますが、そうすると挙兵はなさらぬということで間違いございませんか」

これまで黙していた朝妻秀頼が、南條忠信に代わって口を開いた。

「いや、兵は挙げる。満幸とは約束してしまったからのう」

「叛意がないのに、兵を挙げられるのですか」

「仕方あるまい。満幸め、謀反に同心せねば、和泉はもちろん丹波も山城も但馬も荒らすと言うのだ。いずれも我の領国であり京の周辺国だ。身内に荒らされてはかなわぬわ」

「では満幸殿相手には何もできないと」

「そこを使者殿の報告で何とかしてもらいたいのだが、上手くはいかんのう」

山名氏清は困惑した顔で腕を組んだ。南條忠信にはその素振りが芝居めいて見える。

「では、こうしよう」

突然、山名氏清が手を打った。

「貴殿等が満幸を止めてくれ。止めることができたなら挙兵を諦めても良い」

「本当ですか」

「偽りを話してどうする。先ほども話した通り、我も満幸の身勝手振りにほとほとまいっておる。ゆえにむしろ使者殿に頼みたい。どうか満幸を説得してくれ」

山名氏清がどこまで本気か分からない。ただ言質を与えられた以上、もう一度、形の上だけでも山名満幸の館に赴く必要がありそうだ。

決断しかねた南條忠信が振り向くと、波木はため息を吐きながら、首を小さく縦に振った。 

  • 南條忠信
  • 朝妻秀頼
武神刀剣ワールド武神刀剣ワールド
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」に偶然訪れた若者と「神刀・千歳丸」と共に、「闇の者」を討ち滅ぼすべく、様々な時代へと旅立つ育成「刀剣ゲーム」。
  • 刀剣歴史漫画

    刀剣が登場する漫画作品を、刀剣の描写とともにご紹介します。

  • 刀剣歴史小説

    著名な小説家の書籍を、特徴的な刀剣の描写とともにご紹介します。

~第3章~闇を断ち切る浄化の型

~第3章~闇を断ち切る浄化の型をSNSでシェアする

「刀剣三十六遣使(南北朝時代)」の記事を読む


~第4章~闇を断ち切る浄化の型

~第4章~闇を断ち切る浄化の型
【あらすじ】細川頼之の命により、使者として山名満幸の館に赴いた南條忠信達は、預けられた書状を山名満幸へ渡すが、申し入れは聞き入れられず館を追い出されてしまう。仕方なく南條忠信達一行は、堺にある山名氏清の屋敷に向かった。そこで南條忠信達は、山名氏清に山名満幸の挙兵を止めるよう提案されたのだった。

~第4章~闇を断ち切る浄化の型

~第1章~闇を断ち切る浄化の型

~第1章~闇を断ち切る浄化の型
【あらすじ】室町幕府の将軍は守護大名の連合の上に成り立っており、その権力は弱いものだった。こうした不安定な情勢に加え、有力大名の山名氏に『闇の者』が取り憑いていることで社会不安が増大。時の将軍、足利義満に仕える遣使(けんし)達は、合戦を防ぐために山名氏の説得に向かうのだった。 ※本小説は、史実、及びゲームアプリ「武神刀剣ワールド」をもとにしたフィクション作品です。

~第1章~闇を断ち切る浄化の型

~第2章~闇を断ち切る浄化の型

~第2章~闇を断ち切る浄化の型
【あらすじ】当世の「遣使」(けんし)である南條忠信と朝妻秀頼は、山間での『闇の者』との戦いで思わぬ劣勢に陥ってしまう。そのとき、南條忠信に剣術と型を指南した波木(なみき)という男が現れ、南條忠信の助太刀に入った。そうして『闇の者』を斬り捨てることに成功したが、次に現れたのは、今までの『闇の者』とはまるで違う、異形と形容すべき怪物だった。

~第2章~闇を断ち切る浄化の型

注目ワード
注目ワード