【あらすじ】室町幕府の将軍は守護大名の連合の上に成り立っており、その権力は弱いものだった。こうした不安定な情勢に加え、有力大名の山名氏に『闇の者』が取り憑いていることで社会不安が増大。時の将軍、足利義満に仕える遣使(けんし)達は、合戦を防ぐために山名氏の説得に向かうのだった。
※本小説は、史実、及びゲームアプリ「武神刀剣ワールド」をもとにしたフィクション作品です。
口数は少ないが腕が立ち、雷系の「型」が使用できる。
闇はいつも怖かった。幼い頃、目の前で闇から忍び出た人ならざる者に、育ての親を惨殺されてから、闇を恐れて生きてきた。成人して武器を与えられ、対抗する術を得てからも、闇を恐れる気持ちは変わらない。
南條忠信(なんじょうただのぶ)は、闇に紛れながら敵なる者を凝視した。空気が急に冷えていく。時は霜月(11月)も終わり。冬に差し掛かる頃だ。朝妻秀頼(あさづまひでより)が南條忠信に寄り添うように付いている。
ふと、かすかな変化が南條忠信の神経に触れた。朝妻秀頼を手で制し、しばしの間、敵の様子をうかがった。
「……………」
闇そのものが囁くようなおぼろげな声が聞こえてくる。
奴らはほとんど口を動かさないしゃべり方をするのだ。しかし経験を重ねれば不明瞭ながら声の判別ができるようになる。
「南條、奴らは何を話しているんだ」
「村を襲う算段をしている。急ぐ必要があるな」
南條達が潜んでいる森の向こうに集落がある。建ち並ぶ家々のなかの、ひときわ大きな家に『闇の者』は狙いを絞っていた。
2人はそろりそろりと彼らの敵――『闇の者』へと近付いていく。
この時代の『闇の者』は落ち武者や夜盗の類に憑くことが多かった。社会の枠から外れた者に憑いては、無防備な集落を襲い、皆殺しにして、また次の集落を狙う無秩序な殺戮を繰り返していたのだ。
南條忠信と朝妻秀頼は当世の「遣使」(けんし)だ。「歴史の神」に選ばれ、人々を『闇の者』から守る役目を担っていた。
かつての遣使は『闇の者』を倒す術を持たず、追い返すのがせいぜいであったが、それも時代とともに変化している。
鎌倉時代の遣使、北野原常磐(きたのはらときわ)が起こした奇跡はのちの遣使の手で研究が進み、近年、ある軍略家によって「型」として完成を見た。
古来、日本武道ほど型を重視した格闘術は存在しない。
斬り、突き、薙ぎ、払う――考案した先人達は、要求する技術を型に遺し、後進へと受け継がれていった。
剣術を剣術たらしめるもの、柔術を柔術たらしめるものとしての型。
型は身体を動かす順序ではない。技が要求する身体の動き、理にかなった動作を示したもので、それを必要十分に満たすことよって技は最大限の効果を示す。
そして、遣使に伝わる型はただ斬り、突くだけのものではない。体術と剣術に陰陽五行による浄化を加えた遣使の型は、常人には見えない霊魂の類さえ斬ることができる。突き詰めれば『闇の者』を討つこともできた。
しかしながら型は取得にあたり大きな問題を抱えていた。刀身に陰陽五行の力を上乗せするため、水・火・金・木・土のいずれかの体質を持たなければ修得するに至らないのだ。
幸い、南條忠信は火、朝妻秀頼は木と、それぞれの体質を有しており、若くしてこの世に数人しかいない型の伝承者となった。もっともその代償として、日本各地に休む暇もなく派遣されては『闇の者』と戦う任を負うことになるが、それは南條忠信にとって望むところだった。
南條忠信は、近畿のある地方を治める大名の落胤(らくいん:私生児のこと)として生まれた。だが、生を受けた直後に母親を亡くし、さらに家督争いを危惧した父親に捨てられるに至った。山奥で生と死の境にいる南條忠信を保護したのは、偶然、鷹狩りに来た当時の管領、細川頼之(ほそかわよりゆき)だった。
細川頼之は当時、南條忠信に特別な何かを見た訳ではなかった。ただ拾い子を哀れんで配下に預けただけだ。幸運だったのはその配下に子がいなかったことで、南條忠信はほとんど実子のように養父母に慈しんで育てられた。南條忠信の姓名はその養父母が付けたものだ。
だが、幸せな日々は、南條忠信が14のときに突然壊される。夜盗に取り憑いた『闇の者』が、養父母を付近の住民もろともに皆殺しにしたのだ。
南條忠信は駆け付けた遣使に救われたものの、闇夜に光る多くの赤い眼と、直後に目撃した父母が殺される光景が脳裏に焼き付き、離れなくなった。
それは闇への恐怖となって心の奥深くに根を張ったが、同時に『闇の者』に向ける憎悪と復讐心の礎にもなった。ゆえに一度戦いの場に出ると、南條忠信は普段の穏やかな様子から豹変し、鬼と見違えるほど殺意をむき出しにする。
最近、共に行動することが多い朝妻秀頼は、南條忠信の抑え役だ。
もちろん朝妻秀頼も若くして型を使う選りすぐりの遣使だ。浮付いたところがない性格と任務を遂行する能力は、遣使の指揮を執る細川頼之も厚い信頼を置いていた。
南條忠信達がこの森に分け入ったのは、先の任務の帰り道、『闇の者』が発する邪な波動を察知したからだ。
直前まで『闇の者』と戦っていただけに、心身ともに疲れてはいたが、それでも『闇の者』がいるのでは放置する訳にはいかなかった。それは一緒にいる朝妻秀頼も同じ思いだろう。文句も言わず、むしろ当然の顔で南條忠信の「寄り道」に同道した。
慎重に足音を消しながら『闇の者』の背後に忍び寄る。幸い南條忠信と朝妻秀頼が接近しても『闇の者』は気付いた素振りを見せなかった。
朝妻秀頼に目配せすると、南條忠信は愛刀の「包永」を引き抜き、静かに呼吸をしながら丹田で気を練り上げる。
練り上げた気が全身の血管を巡っていき、やがてそれは腕をつたって刀身へと流れ、血脈を巡って刀へと伝わり包永を浄化の刃へと変えていった。
「むんっ!」
気が十分に満ちたところで、南條忠信は刃を振り下ろす。
闘術・鬼爪(とうじゅつ・おにづめ)。
南條忠信が身に付けた遣使の型だ。気合いとともに振り下ろした刃は『闇の者』の肩に吸い込まれ、いとも容易く袈裟斬りにした。
周囲にいる『闇の者』が一斉に振り向く。
赤く光る瞳がかつての記憶を呼び覚まし、南條忠信は思わず動きを止めた。しかし、『闇の者』も怯んでいる。自分達が殺す側にあるのが当然で、殺される側に回るとは思わなかったはずだ。南條忠信と朝妻秀頼は狼狽(うろた)える『闇の者』に息を合わせて斬りかかった。気の練りが間に合わず、一撃で討ち取るには至らないが、深手を負わせれば十分だ。
だが、一方的な攻勢も、さほど長くは続かなかった。
「待て、何かおかしい」
朝妻秀頼が異変に気付いた。振り下ろした刃が受け流され、背後からすぐに逆撃される。
これまで相手にした『闇の者』からは考えられない動きだ。
ひとりが身を挺して攻撃を防ぎ、あとの2人で仕留めにかかる。常に3体が連動するその動きは、確かに覚えがあるものだ。
「まさか、三位一体の戦法」
朝妻秀頼も気付いて距離を取る。
三位一体の戦法は、『闇の者』に対抗すべく、古の遣使が編み出した戦法だ。常に3人が一組で動くため数の上でも有利になり、ひとり相手との戦いは特に有利となる。
「厄介な……」
攻守がはっきりと逆転した。『闇の者』の戦法を見破ったはいいが、打ち破る術がない。頼みの型も気を練る間合いが見付からない。いかにしてこの劣勢を挽回するか頭を悩ませたそのとき、すぐ横からしわがれた声が聞こえてきた。
「どうした。この程度の雑魚にいつまで手間取るつもりか?」
いつからそこにいたのだろう。すぐ側に深い編み傘を被った大柄の男が立っていた。
「師匠!?」
それは南條忠信に剣術と型を指南した波木(なみき)という男だ。齢80を超えるとは思えない大柄で、声こそしわがれているが張りがある。
「戦いとは、ただいたずらに己の力量をぶつけるものに非ず。兵を用いるには9通りの定石と天地風水の流れあり」
言うやいなや波木は南條忠信と『闇の者』との合間に割って入った。手にした杖で『闇の者』の斬撃を受け止めつつ、川の流れを思われる身のこなしで『闇の者』の三位一体を崩していく。
「……凄い」
思わず口から声が漏れた。あまりに圧倒的な戦い振りだ。隣では朝妻秀頼も波木の動きに見とれている。
「聞きしに勝る達人技。あれが波木殿か……」
「兵法にいわく。戦いとは正法と詭法の運用に過ぎず、水の流れのように極まりなく、我が姿がそこにあるがごとく見えるなり」
波木は『闇の者』の陣形を攪乱すると、離れた場所にある岩の上に腰を下ろした。あとは自分達で何とかしろと言わんばかりだ。
南條忠信はとっさに気を練り直し、神気を刃に載せて繰り出した。
「闘術・火炎連打(かえんれんだ)」
太刀である包永の重量を利用した連撃で、密集した『闇の者』を数人まとめて斬り捨てる。
どうやら自分達は『闇の者』を、無秩序で無防備な固体の群れと侮っていたらしい。奴らが進化する可能性を頭から排除してきたが、自分が優位にある間に、持てる技法を惜しみなく出すべきだった。
「闘術・疾風一閃(しっぷういっせん)」
南條忠信の刃から逃れた『闇の者』を、朝妻秀頼が疾風のごとく斬り捨てる。
「なかなかの連携だ。だがさらに強力な『闇の者』が現れたとしたら、いかに対処する」
波木がのんびりと口にする。そのとき、獣の咆吼を思わせる大音声が、周囲の木々を震わせた。数万の軍勢が走り去るような重々しい地鳴りが響き、大量の土煙が舞い上がる。
「何ごとだ!」
朝妻秀頼の戸惑う声が耳に届く。やがて土煙の合間から、巨大な影が現れた。
「これは……」
またしても声が漏れる。それは過去に戦った『闇の者』とはまるで違う、異形と形容すべき怪物だった。身の丈8尺はある長身に、腕が8本生えている。手にするのは刀剣には似つかわないほどの分厚さで、巨大な鉈にしか見えぬ物だ。
それだけでも畏怖すら感じるが、全身から漂う重圧は、周囲の『闇の者』とは桁違いで、見ているだけでも恐怖に駆られそうだ。
「これは、少々荷が重いか」
波木は岩の上から飛び上がると、異形の前に降り立った。
「奴は儂が引き受けよう。お前達は雑魚どもを根切りにするのだ」
「ですが師匠!」
「波木殿、それはあまりに無茶というもの」
「若造どもは黙っておれ」
異形が繰り出す斬撃を、波木は危なげなくかわしていく。斬撃を受けた周囲の巨木が次々と倒れるさまを見れば、一撃でも喰らえば例え波木でも粉砕されるに違いない。
だが、波木は余裕綽々といった面持ちで、斬撃を木の葉のようにかわしては、頃合いを見たかのように異形の目と鼻の先まで接近した。
「―――――!!」
そのとき、またしても異形が咆吼した。周囲の空気が振動し、目に見えない衝撃が身体を波のように打ちのめす。こらえきれなくなったのか、目の前で波木が膝をついた。
「師匠!」
「心配無用。むしろ自分の心配をするべきじゃな。ほら、頭を低う……」
指示にしたがって頭を下げると、すぐ上を『闇の者』の刃が過ぎていく。南條忠信にも波木を気にする余裕はなかった。
「あまりこの手の技は、若い者に見せたくはないのだが……」
波木は異形を尋常ならざる相手と認めたようだ。頭から深傘を取る。髪こそ白いものの、80を超える老人には見えない精悍な顔つきだ。
波木は杖を腰だめに構え、小さく呪文のような言葉を口にする。途端、周囲の空気が震えだし、全身が淡い光を帯び始めた。
「崑山玉碎鳳凰叫 芙蓉泣露香蘭笑」
異形が大きく振りかぶり、鉈を次々に振り下ろす。まるで肉食獣が獲物を噛み砕くようだ。波木は杖に手をかけたままだ。
「十二門前融冷光 二十三絲動紫皇」
鉈が波木の身体に触れる瞬間、異形の腕が落ちていき、波木は素早く呪文を唱えながら杖を上段に構える。南條忠信は波木の挙動に釘付けになった。朝妻秀頼も、そして周囲の『闇の者』達も刃を交えるのを忘れ、目の前の戦いを見つめていた。異形は自分の身に何が起きたのか分からず、狼狽えるばかりだ。
「女禍石補天處 石破天驚逗秋雨」
最後の言葉を叫ぶと、波木は構えた杖を異形に向かって振り下ろした。巨大な爆発音が鼓膜に響く。振り下ろした刃から光が伸び、光は眩い輝きとなって異形の全身を押し包み、消える頃にはすべてを跡形もなく消し飛ばしていた。
それは長年、波木に教えを受けた南條忠信も初めて目にする型だった。