刀装具・拵

鎺の種類・図柄

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「鎺」(はばき)は、柄(つか)や鞘(さや)などと同じ刀装具のひとつで、刀身と鍔(つば)が接する部分にはめ込まれた筒状の金具です。「鞘走留」(さやばしりどめ)、「腰巾金」とも呼ばれます。刀剣にとって鎺は必要不可欠な刀装具。そんな鎺とは、どのような役割を担っているのでしょうか。鎺の種類や素材、施されている図柄についても併せて見ていきます。

鎺(ハバキ)写真集鎺(ハバキ)写真集
熟練の技によって作られた鎺を、細部までご覧頂ける写真集です。

鎺の役割

刀身を鞘の中で浮かせる

鎺

鎺の主な役割は2つ。そのひとつは、刀剣をに収めたときに刀身を中で浮かせた状態に保つことです。

刀身が鞘の内側に接触すると、傷が付いたり、また長時間ふれ続けることで錆が浮いたりする恐れがあります。そのような事態を避けるために、鎺によって刀身をしっかりと固定するのです。

刀身が鞘から抜け落ちるのを防ぐ

もうひとつは、刀身が鞘から簡単に抜けてしまうのを防ぐ役割。

刀剣を腰に差したまま上体を屈めるなどしたときに、刀身が鞘からするりと抜け落ちては危険です。そこで鎺によって留めているのですが、逆に、いざというときに刀剣が抜けなくては使い物になりません。

そのため、意図せず抜けることはないものの、鞘を掴んで指でを押せば素早く抜けるという、絶妙な精度で鎺は作られているのです。

鎺を作る職人 白銀師

刀剣は1振1振鍛える一点物で、同じ物は2つとありません。鎺は、それぞれの刀剣にぴったり合っていなければならないため、制作には熟練の高度な技術が求められます。この鎺の制作を担ったのが「白銀師」(しろがねし)と呼ばれる職人です。

古くは、刀剣を鍛えた刀工が「鉄」で鎺を作っていました。この、刀身と同じ鉄で作られた鎺を「共鎺」(ともはばき)と言います。しかし、鉄は硬すぎるため刀身を傷めることがあり、やがて専門の白銀師によって、「素銅」、「赤銅」(しゃくどう)、「真鍮」(しんちゅう)、「金」、「銀」などを素材として作られるようになりました。

実用性に主眼を置いた場合、鎺の素材には叩くと硬くなる銅が最適とされ、江戸時代に作られた鎺は銅が主流です。ただし、銅には緑青(ろくしょう)という錆が浮くので、大名家の刀剣や名刀の鎺には、金や銀が使用されました。最上級の鎺は「金無垢」(きんむく:純金)、「銀無垢」(ぎんむく:純銀)ですが、純金や純銀はやわらかく変形しやすいため、実戦には向きません。

そこで、銅の地に「鍍金」(ときん:金メッキ)や「鍍銀」(とぎん:銀メッキ)、または「赤銅着せ」などを施した鎺が登場。実用性が高い上に見栄えも良いことから、粋を好む武士達に好まれて主流になっていったのです。

鎺の各部名称

鎺の構造と各部名称

鎺の構造と各部名称

下貝(しもがい)
直接刀身と接する部分。
貝先(かいさき)
刀身の鋒/切先(きっさき)側に向いた部分。
呑込み(のみこみ)
刀身の峰/棟(みね/むね)側にある「区」(まち)という出っ張りがあたる切れ込み部分。
棟方(むねかた)
下貝の峰/棟側。
台尻(だいじり)
鍔がずれるのを防ぐ「切羽」(せっぱ)と接する部分。
上貝(うわがい)
下貝の外側を覆うように付けられた部分。棟方と刃方部分は開いており下貝が見える。
刃方(はかた)
下貝の刃側。

鎺の種類

太刀鎺(たちはばき)
太刀鎺

太刀鎺

太刀鎺は、「太刀」に多く用いられる鎺で、ほとんどの作品には「呑込み」がありません。

一般的には、表面の縦方向に鑢(やすり)がかかっており、作りは薄い一重構造です。実戦で使用するのに適しており、機動性に優れています。

一重鎺(いちじゅうはばき/ひとえはばき)
一重鎺

一重鎺

一重鎺は「一枚鎺」(いちまいはばき)とも呼ばれる単体構造の鎺です。装飾を彫った作品や鑢をかけた作品もあり、「新刀」に多く付けられました。

最も一般的な形状であり、「打刀」、「脇差」、「短刀」、そして「薙刀」(なぎなた)など、どの刀剣にも用いることができます。

二重鎺(にじゅうはばき/ふたえはばき)
二重鎺

二重鎺

二重鎺は、刀身に接する下貝に、ふくらみのある上貝という袴(はかま)を組み合わせた形状です。主に上貝部分に装飾が施され、「古刀」に多くの作例があります。

実用性では一重鎺に一歩を譲りますが、その気品の高さから江戸時代初期以降、大名家の蔵刀に多く用いられました。

「二枚鎺」(にまいはばき)、「袴鎺」(はかまはばき)とも言います。

台付鎺(だいつきはばき)
台付鎺

台付鎺

台付鎺は、切羽と接する部分に台がある、安定した形状が特徴的です。主に金無垢で作られた品格の高い鎺であり、古刀の名刀に付けられました。

また、鍔の付かない短刀の「合口拵」(あいくちこしらえ)に多く使われています。

お国鎺(おくにはばき)
お国鎺

お国鎺

江戸時代に入り幕藩体制が確立すると、白銀師によって諸藩特有の様式を持つ「お国鎺」が考案されました。

お国鎺としては、「尾張鎺」、「大坂鎺」、「水戸鎺」、「加州鎺」、「庄内鎺」、「肥後鎺」、「薩摩鎺」などが有名です。

変わり鎺(かわりはばき)
変わり鎺

変わり鎺

実用性を重視していた鎺も平和な時代には、装飾性の高い凝った作りの作品や、実用には向かない繊細な作品も登場しました。

これらを総称して「変わり鎺」と言い、富士山や菊花、波濤(はとう)を模した形状の鎺もあります。

鎺の図柄

「刀剣ワールド財団」が所蔵する鎺を例に挙げ、どのような図柄があるのか、またその意味を解説していきます。いずれも名刀の鎺にふさわしい貴重な名品ばかりです。

短刀 銘 吉貞 鎺

短刀 銘 吉貞 鎺

短刀 銘 吉貞 鎺

南北朝時代に筑前国(現在の福岡県北西部)で栄えた「左文字派」(さもんじは)の刀工「吉貞」(よしさだ)の手による短刀に付けられました。

徳川御三家のひとつ「水戸徳川家」に伝来した短刀であることから、鎺にも徳川家の「葵紋」が施されています。

葵紋の緻密な透彫が目を惹く豪華な台付鎺です。

刀 銘 備州長船住近景 鎺

刀 銘 備州長船住近景 鎺

刀 銘 備州長船住近景 鎺

この鎺は、周防国(現在の山口県東部)岩国藩の領主「吉川家」に伝来した「長巻直し」(ながまきなおし)の打刀に用いられていました。

打刀の作刀者は鎌倉時代末期から南北朝時代に備前国(現在の岡山県南東部)で活躍した刀工「近景」(ちかかげ)です。

一重鎺の表裏全体に「入子菱」(いりこびし)と見られる文様が施され、モダンな印象を受けます。入子菱は、二重三重の菱形が連なっている吉祥文様として古くから大切にされてきました。

植物の菱は繁殖力が強いことから、子孫繁栄や五穀豊穣を表しています。

太刀 銘 守家(重要刀剣)鎺

太刀 銘 守家(重要刀剣) 鎺

太刀 銘 守家(重要刀剣) 鎺

備前国長船村(現在の岡山県瀬戸内市)で活動した刀工「初代 守家」(もりいえ)の手による太刀に付けられた鎺です。

守家は当初、長船村に隣接する畠田村(はたけだむら)に住んでいたことから「畠田守家」とも呼ばれます。

畠田守家の名は、「田畑(田畠)と家を守る」という意味に通じるとされ、守家の作刀は縁起の良い贈答品として、大名家などで重宝されました。

この鎺に施されている馬もまた縁起物と考えられています。馬は神の使いであり、幸福をもたらす兆し(きざし)でもありました。躍動感あふれる馬の意匠からは強い生命力が感じられます。

刀 無銘 伝長義(水戸徳川家伝来)鎺

刀 無銘 伝長義(水戸徳川家伝来)鎺

刀 無銘 伝長義(水戸徳川家伝来)鎺

この鎺に家紋はありませんが、水戸徳川家伝来と言われる打刀に用いられていました。

刀剣の作刀者と伝えられる「長義」(ちょうぎ/ながよし)は、南北朝時代に活躍した備前長船派の刀工で、鎌倉時代の名工「正宗」(まさむね)の最も優れた高弟「正宗十哲」(まさむねじってつ)のひとりにも数えられています。

鎺の意匠は、吉祥文様である波濤と日の出を組み合わせた精緻な彫刻。寄せては返す波には終わりがないことから、永遠・不滅・誕生・長寿などを意味しています。

また、日の出は古くから崇拝の対象とされてきました。なかでも元旦の日の出は最もおめでたい吉祥の象徴です。

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名古屋刀剣ワールドの刀装具~鎺~
刀装具 鎺

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刀装具(鍔・目貫・笄・小柄・鎺・柄・鞘)

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刀装具とは

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刀装具の歴史

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「刀装具」(刀剣の外装)は、刃物である「日本刀」を安全に持ち運ぶことや、日本刀を最良の状態で保つことを目的に作られています。日本刀は武具ですが、信仰心や美意識を見せるために装飾も重視されていました。今回は、時代によって刀装具がどのように変化していったのかをご紹介します。

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鍔の種類

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甲冑師鍔(かっちゅうしつば)とは

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鍔の図柄

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日本刀の重要な一部である「鍔」(つば)。刃と刃を切り結んだとき、柄を握る手を守ることをはじめ、刀身と柄部分との重量のバランスを取ることなど、様々な役目があります。現代では、日本刀の一部であるに留まらず、鍔自体が独立した美術品として評価されているのです。 そして鍔には、戦での勝利や家の繁栄を願った武士の想いも込められました。鍔の図柄に焦点を当て、意匠に表された意味と、縁起について解説していきます。

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目貫の図柄

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目貫の陰陽根

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