「矛」(ほこ)とは、長い柄(つか)の先に両刃を取り付けた武器のこと。日本だけではなく、世界的にも使用された武器であり、槍や薙刀の前身と言われています。神話では、神が所有する武器としてしばしば登場するため、その名称だけは聞いたことがあるかもしれません。
矛とはどのような武器で、どのような使い方がされたのか。矛の特徴や種類、現存する矛の他、神話に登場する著名な矛をご紹介します。
矛の種類は、穂先の材料によって大きく3つに大別されます。ひとつ目は、木の枝を削って尖らせた「木矛」(きほこ)。2つ目は、細長い石の先端を尖らせた「石矛」(いしほこ)。3つ目は、銅を素材にした「銅矛」(どうほこ)。
木矛とは、原始的な矛のこと。平安時代中期に編纂された格式「延喜式」のなかには、平安時代初期、朝廷の官僚「隼人」(はやと:古代日本に存在した人びと、及び律令制における衛門府に属した機関)に1丈1尺(約333.3㎝)の「木槍」(もくやり)を持たせたという記録があるため、日本では少なくとも平安時代初期には武器として木矛が使用されていたことが分かります。
石矛とは、木矛よりも鋭利で耐久性がある矛のこと。
棒の先に石を縛り付けることで完成する矛で、古墳時代、「垂仁天皇」(すいにんてんのう)の時代に新羅の王子が持ってきた「出石桙」(いづしのほこ)が石矛です。なお、出石桙は「美しい石矛」という意味で「出石」と名付けられたというのが定説ですが、この他に「いづ」は「厳」(いつ)、つまり「鋭い」という意味もあるのではないかという説もあります。
銅矛とは、銅製の穂先を付けた矛のこと。古墳時代、銅剣が使用されるようになった時期から銅矛も作られました。木矛や石矛と異なり、柄の先端に覆いかぶせるような形で穂を装着しますが、これは後世の「袋槍」(ふくろやり:槍の一種)と同じ構造となっています。
日本では、「天照大神」の岩戸隠れの際に、「伊斯許理度売命」(いしこりどめのみこと)が天香山(あまのかぐやま)で銅を採掘して銅矛を作りました。その後、北方アジアから鉄製の矛が導入されたため、鋭利さで劣る銅製の矛は廃れたと言います。
鉄製の矛は、平安時代末期から薙刀に取って代わられますが、その後、室町時代になると槍という形で戦場の主役として復活しました。
「薙刀とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。
祇園祭
「祇園祭」は、平安時代に起源を持つ、京都の伝統的な神事。
貞観年間(859~877年)の当時、京では疫病が流行した他、全国的に大地震や富士山の噴火などの災害が相次ぎ、人びとはこれを牛頭天王(ごずてんのう:平安京の祇園社[現在の八坂神社]の祭神)による怒りと信じて恐れました。
そこで、牛頭天王の怒りを静めるために行なったのが、国と同じ数の66口の矛を立て、神輿を「神泉苑」へ送る祇園祭の起源となる厄払いです。
その後、矛は車や飾りを付けた「山鉾」(やまぼこ:祭礼の際に引かれる山車の一種)に姿を変えて、京の夏を彩る風物詩として親しまれています。
「比比羅木之八尋矛」(ひひらぎのやほこ)とは、古事記に登場する矛のこと。
「倭建命」(やまとたける)が、父である「景行天皇」(けいこうてんのう)から授けられたと言われる矛です。なお、名称の「比比羅木」は、その材料に邪気を払う神聖な樹木「柊」(ひいらぎ)が使われていたことから名付けられたと推測されます。