説話、伝承、古記録(平安前期)

髭切(ひげきり)

文字サイズ

歴史上、名前が何度も変わった面白い刀剣があります。それが「髭切」(ひげきり)です。名前の数だけストーリーがあり、持ち主も平安時代から鎌倉時代に活躍した有名な源氏一族であることから、どこか華々しさを感じる刀剣でもあります。

髭切が登場する「平家物語」

髭切が登場する「平家物語」

髭切が登場する「平家物語」

鎌倉時代に書かれた「平家物語」(へいけものがたり)は、「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり」のフレーズがあまりにも有名な軍記物語(歴史上の合戦を題材にした文芸)です。

作者は分かっていませんが、吉田兼好(よしだけんこう)著の「徒然草」(つれづれぐさ)には、信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)という人物が平家物語を書き、盲目の僧に教えて語り部(かたりべ:昔話や民話、神話、などを現代に語り継ぐ人)にしたと記されています。

その後、平家物語は琵琶法師(びわほうし)という盲目の琵琶の語り部によって広まり、近代まで人々の娯楽となってきました。今で言う、時代劇のようなものだったのかもしれません。

平家物語が時代を超えて楽しまれてきた理由は、あらゆるものが生まれては滅ぶ、仏教の無常観が映し出されたストーリーにあります。

平家物語は、平氏の繁栄と没落の物語が中心に描かれています。

平氏は「保元の乱」(ほうげんのらん)や「平治の乱」(へいじのらん)など数々の戦に勝利し、強大な権力を手に入れました。なかでも平清盛(たいらのきよもり)は、武士でありながら貴族の最高位である太政大臣(だいじょうだいじん)にまで上り詰めました。

しかし、権力に固執した振る舞いに、朝廷や他の貴族の不満は募り、世論はついに平氏打倒へと動きます。

平清盛が亡くなると源氏は勢いづき、木曽(長野県南西部)の源義仲(みなもとのよしなか)は、平氏を都から追放することに成功します。

しかし、今度は源義仲の振る舞いが問題視され、同族である源義経(みなもとのよしつね)に討伐されてしまいました。都を追われた平氏も、壇ノ浦の戦い(だんのうらのたたかい)でついに源氏に滅ぼされます。

さらに、これらの戦いで功労者となった源義経も、兄である源頼朝(みなもとのよりとも)と対立したことで、自害という最期を迎えるのでした。

平家物語は、単純に善が悪を滅ぼす物語ではありません。たったひとつで存在するものはない、すべての物事は続かない、などといった仏教観に基づいたはかなさが、人々の心を揺さぶるのでしょう。

そして平氏の盛衰とともに描かれているのが、源氏の物語。今回紹介する「髭切」は、平家物語に付属する「剣巻」(つるぎのまき)に登場する、源氏一族に伝えられてきた刀剣です。

  • 源頼朝のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 源義経のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 武将達が戦った全国各地の古戦場をご紹介!

源氏一族の名刀「髭切」とは

源満仲

源満仲

「髭切」は剣巻の書き出しから登場し、数ある名刀のひとつとして名前が挙げられます。

特に「髭切」と「膝丸」(ひざまる)2振の由来は、第56代清和天皇(せいわてんのう)の子孫である多田満仲(ただのみつなか)が、国を守るよう勅宣(ちょくせん:天皇が命じること)を受け、それにふさわしい刀剣を持たなくては、と考えたことから始まりました。

多田満仲は、源満仲(みなもとのみつなか)とも呼ばれ、源氏一族にあたります。

源満仲がたくさんの刀鍛冶を集めて打たせても、どれも気に入りませんでした。

するとある人が、「筑前国(福岡県西部)の三笠郡土山というところに、唐土(もろこし:中国の意味)から渡ってきた刀鍛冶がいます。彼をお呼びになってはいかがですか」と言いました。

源満仲は喜び、さっそくその刀鍛冶を呼び寄せていくつか打たせてみましたが、気に入る刀剣はできませんでした。

刀鍛冶は「せっかく筑紫(福岡県西部と南部)の果てから呼んで頂いたのに、このまま引き下がっては名工の名もこれまでです。神仏に願えば叶うと昔から言います」と話し、八幡宮に参詣して祈願しました。

すると7日目の夜、刀鍛冶は夢の中で八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ:八幡宮の祭神に対して奉られた菩薩号)から「60日間かけて鉄を鍛え、2振の太刀を打つように」というお告げを受け、その通りに太刀を打ちました。長さは2尺7寸(約80cm)、漢の皇帝・劉邦(りゅうほう)が持っていた3尺の刀にも並ぶ名刀です。

源満仲がこの太刀で試しに罪人の首を斬らせてみると、1振の太刀は髭(ひげ)まで見事に斬り、「髭切」と名付けられました。もう1振は膝(ひざ)まで斬り下げたため、「膝丸」(ひざまる)と名付けられました。

源満仲は、この名刀をもって国を守り、その後も子孫に受け継がれて力を発揮していきます。そして、活躍にふさわしい名前に変わっていくのです。

「鬼丸」の由来となった鬼退治の話

鬼退治

鬼退治

源満仲の子である源頼光(みなもとのよりみつ)の代になると、不思議なことが起こります。身分にかかわらず、人々が行方不明になってしまうと言うのです。

この元凶となった人物は、嵯峨天皇(さがてんのう)の時代に生きた、とある公家の娘でした。この娘と恋仲になっていた男が、別の女に心変わりしたため娘が嫉妬に狂い、「宇治の橋姫」(うじのはしひめ)と呼ばれる鬼になったのです。

鬼となった女は、男女問わず思うままに人を殺したため、都に住む者は夕刻になると、戸や門をしっかり閉じて怯えながら過ごしました。

そのころ、源頼光の家臣には綱(つな)、公時(きんとき)、貞道(さだみち)、末武(すえたけ)という剛勇な四天王がいました。

ある夜、綱が源頼光の使者として出かける必要があったため、源頼光は綱に「髭切」を持たせます。綱がその役目を終えて、一条戻橋(いちじょうもどりばし:京都府京都市)を渡りかけると、20歳前後の美しい女とすれ違いました。女が「夜も更けて恐ろしいので、送り届けてくれませんか」と頼んできたので、馬に乗せたのです。

すると、女はみるみるうちに鬼の姿になって綱の髪を掴み、愛宕山(あたごやま:京都府京都市)のほうに飛んで行こうとしたため、綱は慌てず「髭切」を抜いて鬼の腕を切り、難を逃れました。

その後、綱の持ち帰った鬼の腕を見て源頼光は驚き、陰陽師(おんみょうじ)の安倍晴明(あべのせいめい)を呼び寄せて厳重に封印しましたが、鬼は綱の義母に化けて現れ、腕を奪っていきました。

「髭切」は鬼の腕を斬って以来、「鬼丸」(おにまる)と名を改めることに。これは同じく源頼光やその四天王が活躍する、「酒呑童子」(しゅてんどうじ)を思わせる逸話のひとつです。

逸話に基づき次々と改名

その後も「鬼丸」は代々受け継がれますが、源為義(みなもとのためよし)の代になると、2度も名前を変えます。

「剣巻」には「2振の刀が終夜吠え、[鬼切]は獅子の声に、[蜘蛛切](くもきり:[膝丸]の別名)は蛇に似た声で鳴いた。そのため鬼丸は[獅子の子](ししのこ)、蜘蛛切は[吼丸](ほえまる)と改めた」とあります。

その後、「吼丸」を熊野(和歌山県南部と三重県南部)に奉納することになったので、源為義は寂しく思い、「獅子の子」を見本に、それより2分(6.35ミリ)ばかり長い太刀を作って「小烏」(こがらす)と名付け、障子に立てかけておくと、人もいないのに倒れる音が聞こえました。

見てみると、「小烏」の柄の中が2分ほど短くなり、「獅子の子」と同じ長さの太刀になっていたのです。それにちなんで、友のように近い存在と言う意味を込めて今度は「友切」(ともきり)と名を改めたと言われています。

「髭切」の迎えた結末とは

名刀を持ちながら、保元の乱・平治の乱では武運に恵まれなかった源義朝(みなもとのよしとも)は、かつての名刀の威力は尽きたのかと八幡大菩薩を恨みます。

すると夢でお告げがあり「名前を変えるにつれて、刀の精も弱くなりました。友を切るという名前は良くありません。昔の名前に戻せば、今後は武運に恵まれるでしょう」と言われ、「友切」は再び「髭切」の名前に戻されたのです。

その後、平氏との戦いから守るために、「髭切」は熱田神宮愛知県名古屋市)に寄進されました。そして、源義朝の子である源頼朝(みなもとのよりとも)が流刑から戻り、兵を挙げることになったとき、「髭切」は再び源氏の手に戻って平氏を討ち、源氏の世が始まりました。

北野天満宮に収蔵される「鬼切丸」

京都の北野天満宮には、国指定の重要文化財である「鬼切丸」(おにきりまる)が収蔵されていますが、これの別名が「髭切」です。

平家物語に登場する名前とは異なりますが、まつわる逸話や名前が変遷する点も同じで、源氏の家系に相伝され、1880年(明治13年)に北野天満宮へ奉納されました。

小さな鋒/切先と大きく反る姿は、平安時代初期の日本刀の特徴です。

数多くの名刀が歴史から姿を消していく一方で、これだけの逸話にあふれた刀剣が現存していることは奇跡的とも言えるでしょう。また、源氏の台頭の立役者になるなど、幸運の刀剣でもあるのかもしれません。

鬼切丸

鬼切丸

旅探では北野天満宮をはじめ、日本全国の観光名所を検索できます!

髭切(ひげきり)

髭切(ひげきり)をSNSでシェアする

「説話、伝承、古記録(平安前期)」の記事を読む


騒速(そはや)

騒速(そはや)
古から語り継がれる刀には、史実とされる歴史から、長い時間の中で人々によって伝承されてきた伝説まで、数々の物語があります。特に名刀や神刀、宝刀などと呼ばれる刀には、様々な伝説があるものです。例えば平安時代の公卿(くぎょう:国政を担う職位)にして武官だった坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が所有し、戦で使用したとされる「騒早」(そはや)と言う刀。ソハヤノツルギ、側速、素早丸などとも呼ばれ、各地に様々な伝説を残す名将・坂上田村麻呂とともに、今に語り継がれる刀です。現在では、ソハヤと称される刀は日本各地に複数伝わっていて、様々な説が語られています。その謂れ多き刀の歴史と伝説をご紹介します。

騒速(そはや)

岩切(いわきり)

岩切(いわきり)
鬼退治の物語は、子どもに読み聞かせる定番の昔話のひとつ。すでに室町時代には鬼退治の話が存在しましたが、そのうちのひとつが「酒呑童子」(しゅてんどうじ)です。今回は、物語に登場する、酒呑童子退治に佩刀した刀である「岩切」(いわきり)と、その持ち主「藤原保昌」(ふじわらのやすまさ)について紹介します。

岩切(いわきり)

血吸(ちすい)

血吸(ちすい)
古くから鬼や魔物、妖怪の類を退治する英雄譚は、様々な伝承として日本各地で存在。ひとつの物語が場所や時代の変化によって少しずつ形を変えて、幾通りもの物語へと派生することも多々あります。そういった数ある伝説のひとつに登場するのが、今回ご紹介する「血吸」という刀。中世において人々に恐れられた日本三大妖怪の1匹に数えられる大妖怪「酒呑童子」(しゅてんどうじ)。退治した物語を伝える絵巻は多く残されていて、そこから能や歌舞伎の演目になるなど、長きにわたり語り継がれています。

血吸(ちすい)

朝日丸(あさひまる)

朝日丸(あさひまる)
名の知れた刀には、語り継がれる物語があります。それは、その刀が生まれた話や刀が活躍した話、刀を巡る神々や人の物語、言い伝えなど多様なものです。1振の刀の背景にあるものが、その刀の価値を高め、人を惹き付ける魅力になっています。刀を知ることで、その時代の出来事や人物、あるいは文学や思想を知ることもあるでしょう。それは、刀がただの道具ではなく、何かしら意味があるものだからです。 「西行物語」に記されている鳥羽院より下賜された朝日丸(あさひまる)と、その持ち主である、歌人の西行(さいぎょう)についてご紹介します。

朝日丸(あさひまる)

母子丸(ぼこまる)

母子丸(ぼこまる)
名刀には様々な謂れがあるものですが、その持ち主も同じ。「母子丸」(ぼこまる)の持ち主であった「平維茂」(たいらのこれもち)は、文献や能楽などでその武勇を存分に語られる人物です。その物語の数々と、母子丸にまつわる説話をご紹介します。

母子丸(ぼこまる)

小狐丸(こぎつねまる)

小狐丸(こぎつねまる)
名刀にはときに不思議な物語がありますが、「狐と共に打った」と言う話からその名前がついたのが「小狐丸」(こぎつねまる)です。平安時代に実在したと言う刀工「宗近」(むねちか)は、一体どのような経緯でこの刀を打つことになったのでしょうか。小狐丸と、その他の名刀についても紹介します。

小狐丸(こぎつねまる)

日月護身之剣(じつげつごしんのけん)

日月護身之剣(じつげつごしんのけん)
日本の長い歴史のなかで皇室と深いかかわりを持つ刀剣は少なくありません。現存する物、失われてしまった物、年月を経て行方が分からなくなっている物、それぞれが数奇な運命を辿って、様々な逸話や伝説とともに今の世に語り継がれています。例えば、皇位継承とともに受け継がれる「三種の神器」のうちのひとつ「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)は、特に有名で一般的にもよく知られています。一方でその「三種の神器」に次ぐ宝器として、かつて皇室に継承されていた「大刀契」(だいとけい)については、あまり広くは知られていません。その大刀契のうち「日月護身之剣」(じつげつごしんのけん)と呼ばれる霊剣についてご紹介します。

日月護身之剣(じつげつごしんのけん)

三公闘戦剣(さんこうとうせんのけん)

三公闘戦剣(さんこうとうせんのけん)
紀元前から続く天皇家ですが、明治以降に天皇の退位禁止が皇室典範によって規定されるなか、2019年(平成31年)に譲位と言う形で新天皇が即位することになりました。皇位継承(こういけいしょう)にあたっては、代々伝統に則った様々な儀式が行なわれていますが、時代をさかのぼると少しずつ形を変えており、現在は残っていない様式もあります。そのひとつが宝器(ほうき:大切な宝)である「大刀契」(だいとけい)の継承です。かつては天皇の証とされていたと言う、宮中に伝わった宝器についてご紹介します。

三公闘戦剣(さんこうとうせんのけん)

壺切剣(つぼきりのつるぎ)

壺切剣(つぼきりのつるぎ)
皇室では生前退位や天皇崩御の際に、三種の神器の「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)と「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)の2つを継承する「剣璽等承継の儀」(けんじとうしょうけいのぎ)が行なわれるなど、天皇が相伝(そうでん:代々受け継いで伝えること)するものがあります。天皇の即位以外にも、皇太子(皇位継承権第一位の者)に相伝する宝刀があり、それが今回紹介する「壺切剣」(つぼきりのつるぎ)です。

壺切剣(つぼきりのつるぎ)

注目ワード
注目ワード