日本刀を知る

守り刀・枕刀とは

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日本には、古くから日本刀にまつわる風習が数多く伝わってきました。そのひとつが、大切な人を守護するために短刀を贈るという習慣で、これらの短刀は「守り刀」(まもりがたな)と呼ばれています。誕生したばかりの子どもや花嫁などの子女に贈る場合の他、故人の枕元や胸元に置くのも守り刀です。一方、就寝時に枕元へ置いて魔除けの効果をもたらす守り刀のことを「枕刀」(まくらがたな)と呼び、この慣習は武家の時代から行なわれていました。
守り刀・枕刀とはでは、持ち主を護るための日本刀である「守り刀」についてご紹介します。

皇室における守り刀

天皇家は、古代より日本刀と深いかかわりを持ってきました。現代の皇室においても、皇位継承の証である「三種の神器」の神剣をはじめ、多くの日本刀が皇室の「御物」(ぎょぶつ)に含まれているなど、その伝統を引き継いでいるのです。

日本刀を用いる儀式の中に「賜剣の儀」(しけんのぎ)があります。これは、天皇陛下から、生まれた子へ守り刀が下賜される儀式で、誕生後の最初に行なわれる重要な儀式です。

この守り刀には、子の健やかな成長を願う天皇陛下の想いが込められており、子を護るための目的で贈られています。このような守り刀を贈る慣習は、天皇家では、すでに平安時代から行なわれていました。

賜剣の儀(守り刀を捧げ持つ勅使)

賜剣の儀(守り刀を捧げ持つ勅使)

賜剣の儀で守り刀に用いられる短刀は、白鞘(しろさや:装飾のない白木の鞘)に収められ、赤地の錦で包まれます。

この守り刀は、御紋付きの桐箱に入れられ、勅使に託されて子のもとへ。そして、生まれたばかりの子の枕元に供えられるのです。

この儀式は、2001年(平成13年)の「愛子内親王殿下」誕生の際にも行なわれました。

また、「御物調書」と呼ばれる宮内庁が定めた御物リストには、皇族の守り刀や枕刀も記載されています。例えば、御物として有名な短刀「平野藤四郎」(ひらのとうしろう)は、皇后陛下の御枕刀の役割も持っているのです。

皇室に関係する日本刀を多く鍛え、刀匠初の人間国宝となった「高橋貞次」(たかはしさだつぐ)は、1959年(昭和34年)の「明仁親王殿下」ご成婚時に「美智子様」の守り刀を鍛え、その後も高橋貞次による守り刀が皇子に献上されました。

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花嫁に贈られた守り刀

日本には、子どもの誕生時だけでなく、娘が嫁入りするときにも守り刀を贈る風習があります。

武家の時代からの習わしで、当時の女性は、護身用に短刀を着物の帯の間に入れていたことから、女性の嗜みでもある短刀が嫁入り道具となりました。

花嫁の守り刀には、いざというときは自分で身を護るといった意味だけでなく、一度嫁いだら死んでも帰らないという覚悟や、夫以外の人から貞操を護るといった花嫁の意志も込められていたと言われています。

懐剣

懐剣

明治時代の「廃刀令」以降、この風習は薄れ、戦後の「銃砲刀剣類所持等取締法」(銃刀法)の施行で風化することになりました。

ただ、現代日本の花嫁道具にも守り刀の名残を留めた物があります。それは、和装で婚礼を行なう際に、花嫁衣裳の小道具として用いられる「懐剣」(かいけん)です。

懐剣とは、古くは男女共に持ち歩く護身用の短刀のことで、「懐刀」(ふところがたな)とも呼ばれていました。

現在の懐剣は、花嫁の懐中に忍ばせる小道具として用いられ、飾り紐が付いた懐剣袋に厚紙を入れた形式が主流となっています。

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葬儀で用いられる守り刀

守り刀

守り刀

守り刀は、出産や婚礼などのお祝い事だけでなく、故人を弔う際に枕元や胸元に置くためにも用いられてきました。

この風習は現在の葬儀でも続いており、葬儀用の守り刀以外にも、故人が生前使用していた鋏(はさみ)や包丁といった刃物が使われることもあります。

これは、戦場で亡くなった武士の胸元に日本刀を置いたことや、武士が就寝時に枕刀を置いていたことが起源になりました。

守り刀は、安置した遺体を北枕で寝かせたあと、持ち手を顔側にし、鋒・切先(きっさき)が足元を向くように胸元へそっと置きます。遺体が納棺されたあとは、棺の上から胸元付近に置くのが一般的です。

ただし、守り刀の扱い方は全国的には統一されておらず、地域によって様々な手法があります。

また、「浄土真宗」では、往生したすべての者がすぐに仏になるという「往生即成仏」(おうじょうそくじょうぶつ)の教えがあるため、死者を守護するための守り刀は使われていません。

守り刀・枕刀にまつわる逸話

源義経は守り刀で自害した?

源義経

源義経

歴史上有名な守り刀の1振に「今剣」(いまのつるぎ)という短刀があります。

これは「源義経」の守り刀とされ、もとは平安時代を代表する名工「三条宗近」(さんじょうむねちか)が、京都の「鞍馬寺」に奉納したと言われています。

「牛若丸」と名乗っていた幼い源義経には、3年ほど鞍馬寺に預けられていた期間がありました。この頃から非凡な才能を見せていた源義経は、周囲から立派な僧侶になることを期待されていたと言います。

しかし、自分に源氏の血が流れていることを知った源義経は、僧侶になることを拒み、打倒平家の野望を強く抱いたのです。

こうして源義経は、周囲の反対を押し切って、平氏征伐に出征することを決意します。このとき、鞍馬寺別当の「阿闍梨蓮忍」(あじゃりれんにん)が、鞍馬寺秘蔵の短刀に今剣と名付け、戦へと旅立つ源義経に授けました。

源義経は、この今剣を守り刀として肌身離さず携えていたとのことです。

その後、平氏征伐の最大の功労者となった源義経は、その力を恐れた兄「源頼朝」(みなもとのよりとも)によって死に追いやられてしまいます。

追討の兵に追われる源義経は、妻子を殺して自害するという悲劇的な最期を迎えました。この自害の際に使われた短刀が、守り刀である今剣だったと伝えられています。

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枕刀のお告げで救われた藩主

他方、不思議な逸話を持つ短刀も存在しました。それは「面影」(おもかげ)と名付けられた枕刀です。参勤交代中のある晩、持ち主である会津藩(現在の福島県西部)藩主が眠りに付くと、枕刀が夢に現れ「火事が起こる」と告げます。

驚いて飛び起きた藩主は、火事から逃れることができ助かったというお話です。このような伝説から「面影」と呼ばれるようになりました。

奇妙な力を持つこの枕刀は、陸奥国会津藩の刀工・初代「三善長道」(みよしながみち)の作品。三善長道は、江戸の刀工「虎徹」(こてつ)に似た作風で、切れ味の良さが売りだったことから「会津虎徹」、あるいは刀工界の巨匠になぞらえ「会津正宗」などと称されました。

また三善長道は、「新刀」の上々作に位置付けられ、日本刀の切れ味を分類した「懐宝剣尺」(かいほうけんじゃく)において、「最上大業物」(さいじょうおおわざもの:最上級品、またはそれを作る刀工)14工のひとりにも数えられている名工です。

刀 銘 陸奥大掾三善長道
刀 銘 陸奥大掾三善長道
陸奥大掾
三善長道
鑑定区分
特別保存刀剣
刃長
72.1
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
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  • 刀工「長曽祢虎徹」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

肥前平戸藩に伝わる枕刀の伝説

不思議な力を備えた枕刀は、肥前平戸藩(現在の長崎県平戸市)にも伝来しています。

1639年(寛永16年)夏のある晩、平戸藩主が寝ていたところ、夢の中で何かが執拗に顔を触る気配を感じたため、寝ながら枕刀で押し退けました。

翌朝、枕刀を確認すると何かを斬った痕跡があり、寝床の周囲には得体の知れない足跡が残っていたのです。

この奇妙な体験は妖怪の仕業だと噂され、1652年(慶安5年)に臨済宗の僧「翠巌宗珉」(すいがんそうみん)によって、枕刀に「寒暈刀」(かんうんとう)という名が付けられました。

この枕刀は、平戸藩4代藩主「松浦重信」(まつらしげのぶ)の愛刀となりましたが、たびたび奇妙なことが起こるので、「挺丸」(ぬけまる)という名に改称されたと言われています。

そののち、平戸藩松浦家に代々伝来し、歴代藩主の愛刀として親しまれました。

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