武具の基礎知識

弓矢の歴史

文字サイズ

弓矢は、狩猟の道具として作られた武器です。間接的に遠方の標的を仕留められることから、霊力が宿る神聖な道具と見なされるようになり、祈祷や魔除けなどの道具として使われるようになりました。また、対人用の武器として合戦に導入されてからは、合戦の形態に合わせて弓矢も徐々に形状や構造が変わっていき、鉄砲が登場するまでは主要武器として長く使用されます。
狩猟用武器として作り出されてから現代に至るまで、弓矢がどのような変化を遂げたのか。日本における弓矢の歴史をご紹介します。

弓・矢籠・矢屏風・鏃写真弓・矢籠・矢屏風・鏃写真
武具である弓や、矢籠・矢屏風・鏃といった芸術品を解説や写真でご覧頂けます。

石器時代から古墳時代

弓矢を持つ人

弓矢を持つ人

石器時代頃に制作された銅鑼(どら)に刻まれた弓矢を持つ人物や、出土した埴輪などから推測されるのは、現代の和弓より小さい弓が使われていたことです。

構造としては、木の枝をそのまま弓として使用し、上端・下端を削って弦をかけやすいようにした「丸木弓」(まるきゆみ)型の弓がほとんどで、なかには黒漆を塗ったり、樺(しらかば:カバノキ科の樹木)の皮を巻いたりして、耐久力などを向上させた弓もありました。

なお、当時の弓は木の耐久力と弾力性の関係で威力はほとんどなく、使用する際は近距離の獲物を狙うことしかできなかったと言われています。

奈良時代

正倉院

正倉院

正倉院」が所蔵する27張の弓のうち、最短は6尺6分(約183.7cm)、最長は8尺5寸5分(約259.2cm)あり、弥生時代頃には、すでに長大な和弓が使用されていました。

素材には、信濃国(現在の長野県)近辺で採れた「峰棒」(みねばり:カバノキ科の落葉高木)の他、「檀」(まゆみ)や「槻」(つき)などの樹木が用いられています。

丸木を削って太さを一定にし、内側に浅い樋(ひ:溝のこと)を彫り、両端には銅製の弭(はず:弦をかける部位)が付けられました。

献物帳(けんもつちょう:寺社へ奉納する品物を記した奈良時代の目録)には、「黒塗」(くろぬり)、「鹿毛塗」、「黒斑」(こくはん/くろふ)など、表面に塗られた模様や色の名称が記されています。なお、漆などを塗っていない状態の弓は「白木弓」と呼ばれていました。

平安時代

伴大納言繪巻(国立国会図書館Webサイトより)

伴大納言繪巻
(国立国会図書館Webサイトより)

平安時代末期に制作された絵巻物「伴大納言絵詞」(ばんだいなごんえことば/とものだいなごんえことば)に描かれている弓を観ると、およそ6尺前後(約180cm)程度と、後世の和弓に比べて短いことが分かります。

一方で、狩猟用や戦闘用の弓は7尺(約210cm)以上の長弓を用いており、高い威力を有していました。

この頃になると、外側に竹を張り合わせた「伏竹弓」(ふせだけのゆみ)、及び弓の内外に竹を張り付けた「三枚打ち」(さんまいうち)が登場し、威力を保ったまま矢を遠くへ飛ばせるようになります。

また、弓の大きさに合わせて矢の形状も長大になったことで、その重さから矢をつがえる際に取り落とす恐れが出てきたため、弓を握る部分の右側に「椿」(づく/ずく)と呼ばれる突起を付けて、(やじり:矢の先端部、標的に刺さる部分)の支えにしました。

鎌倉時代

依然として三枚打ちが主流だった一方で、丸木弓も用いられます。合戦でより使い勝手を良くするために、「籐弓」(とうゆみ)という「籐」(とう:ヤシ科の植物)を巻き締めた弓が広く浸透しました。

籐弓における籐の巻き方は様々ありますが、弓に籐を巻くことで、竹と木の接着を補強し、さらに威力を向上させることができたと言います。なかでも代表的なのは「重籐弓」(しげとうゆみ)。長さが2m以上ある世界最大の弓で、最大飛距離は400m。

また、有効射程(敵に致命傷を負わせられる距離)は、約80mもあったと言われており、鎌倉時代における最強の武器として重用されました。

黒漆塗二引両重籐弓_00

黒漆塗二引両重籐弓

南北朝時代

太刀による近接戦闘が盛んになっても、弓矢は合戦時の主要武器として使用されます。

より頑丈で威力が増した弓のことを「剛弓」と呼び、「太平記」には5人がかりで張る「五人張り」と呼ばれる剛弓を操った武将が多く記されました。

また、竹を主な素材に使用した比較的軽量な弓も作られ、狩猟や旅行の際に使用したと言われています。

室町時代・戦国時代

四方竹弓

四方竹弓

戦闘が激化したことで、弓矢もさらなる変化を遂げました。

威力を増大させるために、四方を竹で囲った「四方竹弓」が考案され、それに伴って鏃の素材や形状も多様化。

手裏剣のように打つことを目的とした投擲(とうてき:投げること)用の武器「打根」(うちね:非常に短い矢)の原型が考案されるのもこの時代です。

江戸時代

弓胎弓

弓胎弓

江戸時代になると、大規模な合戦が起きなくなったことから、次第に弓矢も競技用の道具に変化し、それに伴い競技における「射法」が明確になりました。

寺院などで行なわれる「通し矢」(軒下から矢を射通す競技)の「堂前射法」、神前で行なわれる騎乗による「流鏑馬」(やぶさめ)の「騎射」、地面に立って行なう「徒射/歩射」(かちゆみ/ぶしゃ)が代表的な射法です。

競技用の弓は、素材のほとんどに竹を使用した「弓胎弓」(ひごゆみ)が用いられ、射程距離がさらに伸びました。

また、籠に乗せるための短弓「籠半弓」(かごはんきゅう)と言う、比較的短い弓が考案されたのも江戸時代です。

なお、籠半弓は紀州国(現在の和歌山県全域、三重県南部の尾鷲市熊野市近辺)の武道家「林李満」(はやしりまん)が開発したことから「李満弓」(りまんきゅう)とも呼びます。

  • 武道や言葉、建築、マナーなど、現代に息づく武士の風習についてご紹介。

  • 武具(馬具、弓矢、火縄銃、など)に関する基礎知識をご紹介します。

弓矢の歴史

弓矢の歴史をSNSでシェアする

「武具の基礎知識」の記事を読む


鞍(くら)と鐙(あぶみ)の基本

鞍(くら)と鐙(あぶみ)の基本
「鞍」(くら)も「鐙」(あぶみ)も馬具の一種で、馬に乗る際に必要な道具です。それらの歴史は長く、鞍と鐙が地名や寺院名の由来となることも多くありました。また現代でも、競馬や馬術競技には欠かせない道具でもあります。鞍と鐙は、日本人とどのようにかかわってきたのでしょうか。その基本と歴史、逸話について解説していきます。

鞍(くら)と鐙(あぶみ)の基本

馬具の世界的ブランド

馬具の世界的ブランド
馬具ブランドには、長い歴史のなかで培ってきた技術力と深みがあり、それらを活かした商品は現在に至るまで高い人気を誇っています。例えば、世界的な高級ブランド「グッチ」や「エルメス」などは、もともと馬具メーカーから始まったのです。馬に乗ることは高等な嗜みでした。馬具は、上流階級の人々のニーズも適していたため、馬具メーカーはそのブランド力を基礎としてファッションの世界へも進出していきます。それら馬具ブランドの歴史について見ていきましょう。

馬具の世界的ブランド

馬具の種類と歴史

馬具の種類と歴史
馬を制御する道具「馬具」には多くの種類があり、歴史の中で様々に変化し、その時々における創意工夫は非常に優れています。馬具の誕生は紀元前にさかのぼり、乗馬の文化と共に日本に伝来しました。伝来した馬具は、日本国内の戦や長距離移動のなかで発展し、現在も競馬用や馬術競技用として、形も用途も変えながら進化を続けているのです。ここでは、馬具の名称と馬具ごとの歴史について迫っていきます。

馬具の種類と歴史

騎馬隊と流鏑馬

騎馬隊と流鏑馬
「騎馬隊」と言えば、「武田信玄」の「武田騎馬軍団」が有名で、戦国時代に活躍したと言われています。一方の「流鏑馬」は、「やぶさめ」と読み、疾走する馬上から矢が放たれるときの迫力は圧倒的です。 ここでは、流鏑馬をより楽しむことができるよう、騎馬隊と流鏑馬の歴史を詳しく解説していきます。

騎馬隊と流鏑馬

弓術とは

弓術とは
日本では、縄文時代から弓矢が使われていました。のちの戦国時代を経て、火縄銃が登場するまで武器の主流として戦術の要を担ってきたのです。その歴史の中で、様々な「弓術」(きゅうじゅつ)も誕生。流派や理念も多彩に広がっていきました。現代に伝えられる技術も少なくありません。 ここでは、日本の弓術における歴史を紐解き、理念や流派などを併せて解説します。

弓術とは

火縄銃の普及と甲冑の変化

火縄銃の普及と甲冑の変化
戦国時代に伝来した火縄銃。火縄銃が合戦に与えた影響は大きく、それまでの騎馬戦主流であった戦闘様式を大きく変えました。火縄銃の登場により、中世(平安時代から鎌倉時代)から戦国時代でどのように合戦が変化したのかをご紹介します。

火縄銃の普及と甲冑の変化

鉄砲伝来の諸説

鉄砲伝来の諸説
火縄銃は、1543年(天文12年)に種子島に漂流したポルトガル人によってもたらされた武器と言うのが定説です。一方で、種子島伝来以外にも様々な過程を経て日本にもたらされた説や、種子島へ伝来する以前から日本に伝わっていた説など、鉄砲伝来についてはいまだに議論の余地が残されています。日本における合戦のあり方を根本から塗り替えた火縄銃とは一体どのような物なのか。また、火縄銃伝来に関する諸説と、戦国時代に鉄砲が広く浸透した理由についてご紹介していきます。

鉄砲伝来の諸説

火縄銃とは

火縄銃とは
日本の戦のあり方を根本的に変えてしまった武器「火縄銃」(ひなわじゅう)。そもそも、火縄銃とはどのような火器で、他の鉄砲とどのような違いがあるのでしょうか。その伝来や銃の内部構造など、火縄銃の基本を見ていきます。

火縄銃とは

陣羽織とは

陣羽織とは
陣羽織は、戦国時代に登場したと言われ、戦場において武将が鎧の上から羽織りました。着物型の羽織やマント形式など、武将のセンスが光る陣羽織が数多く存在。その豪華絢爛さもあいまって、百花繚乱の様相を呈しました。ここでは、陣羽織について概要をご説明したあと、戦国武将がこだわり抜いたオリジナルの陣羽織の一部をご紹介します。

陣羽織とは

注目ワード
注目ワード