馬具ブランドには、長い歴史のなかで培ってきた技術力と深みがあり、それらを活かした商品は現在に至るまで高い人気を誇っています。例えば、世界的な高級ブランド「グッチ」や「エルメス」などは、もともと馬具メーカーから始まったのです。
馬に乗ることは高等な嗜みでした。馬具は、上流階級の人々のニーズも適していたため、馬具メーカーはそのブランド力を基礎としてファッションの世界へも進出していきます。それら馬具ブランドの歴史について見ていきましょう。
世界的な人気を誇る高級ブランド「グッチ」も、もともと馬具メーカーでした。
ブランド名のグッチとは、創業者の「グッチオ・グッチ」に由来しています。グッチオは、1881年(明治14年)にイタリアのフィレンツェで誕生。
グッチオの父親は、帽子の会社を営んでいましたが、経営が悪化して倒産。このことがきっかけでグッチオは1898年(明治31年)、17歳でイギリスのロンドンに移り住むことになります。
当時のロンドンは、貴族が多く住む街でした。彼はホテルで下働きをしながら、イギリス貴族の衣服から色使い、ディテール、素材などを学んでいきます。
その後、1921年(大正10年)に故郷に帰ると、鞄と馬具の製造を行なう会社(現在のグッチ)を創業することになるのです。
グッチは、起業から数年で急成長して、ブランド名は故郷のフィレンツェからイタリア中に広がっていきます。急成長できた理由のひとつは、当時のイタリアでレザー製品が流行していたこと。グッチは、鞄や馬具だけでなく、靴や小物も手がけるようになります。
しかし、時代は20世紀初頭の戦乱のなかにありました。グッチの経営も戦争の影響を受けることになります。イタリアへの経済制裁により、レザーを使うことができなくなってしまったのです。
そこで、グッチは発想の転換でキャンパス素材(帆布)を使用したアイテムを考案して製造販売を始めます。
グッチは、このような経営の危機に陥っても、発想の転換で困難を乗り越え、斬新なアイデアで世界中のセレブの心をつかんでいきました。
こうして高級ブランド・グッチが誕生したのです。そして現在も、馬具からインスパイアされたアイテムを展開し、世界中で支持されています。
フランスを代表するファッションブランド「エルメス」は、1837年(天保8年)に馬具メーカーとして誕生。
当時は、まだフランス国内で自動車や鉄道などの交通が発達していなかったため、昔ながらに馬が活躍していました。
現代において、高級車が運転手のステータスを表すように、19世紀当時では馬の装飾が持ち主のステータスを表していたのです。その装飾こそが馬具であり、重宝されていました。
エルメスの創業者である「ティエニー・エルメス」は、フランス・パリの「バス・デュ・ランパール通り」に工房を構えて、鞍とハーネスを作り始めます。
様々な馬具メーカーが競い合うなかで、ティエニーの馬具は優れた機能性だけではなく、「エルメスの鞍を付ける馬は、馬の持ち主よりも洒落ている」と称されるほど垢抜けていました。
ナポレオン3世の時代(19世紀中頃)になると、ティエニーは皇帝のお墨付きをもらい、皇帝御用達の馬具職人となります。
さらに、1867年(慶応3年)に開催された「パリ万国博覧会」では、エルメスの女性用の鞍が銀メダルを受賞、1878年(明治11年)のパリ万国博覧会ではグランプリを受賞しました。
これらの功績が認められ、エルメスの店舗は現在の本店がある高級ブランド街「フォーブル・サントノレ通り」に移ることになります。
世界最高峰の馬具を扱う高級ブランドとしての名声を得たエルメスは、馬具制作の技術力を活かして事業の多角化に着手。現在まで続く精巧でシックなブランドイメージが形成されていったのです。
「ダンヒル」は、男性からの人気が高いファッションブランド。創業者の「アルフレッド・ダンヒル」が1887年(明治20年)に、父の経営するロンドンの馬具メーカーで働き始めたことからスタートしました。
その後、1893年(明治26年)に21歳で父の会社を継ぐと社名を現在のダンヒルに変更。アルフレッドは、たった半年で売上を倍増させるという偉業を成し遂げます。
当初は、馬具を中心として販売していましたが、自動車の普及により、オープンカーに対応したコートやゴーグルなどの自動車関連製品を手がけて成功。また、たばこ関連の事業も成功し、現在でも「ダンヒルパイプ」として根強い人気があります。
その後もダンヒルは万年筆、化粧品、ライターなどの商品をヒットさせ、男性を中心に多くの支持者を獲得していきました。
歌志内市は、かつて炭鉱で栄えた町で、一時期は人口が4万6,000人ほどでしたが、1960年(昭和35年)代に入ると石油が石炭に代わる燃料となり、炭鉱は次々と閉山してしまいました。
炭鉱に従事していた炭鉱夫達が職を失い、炭鉱に支えられていた歌志内市も危機に瀕します。
そこで、地方再生を実現するために1964年(昭和39年)に創業されたのが、馬具メーカーのソメスサドル(当時の社名はオリエントレザー社)です。創業後は、北海道内の馬具職人や元炭鉱夫を歌志内に集めていきました。
馬具職人を集めることができたのには、理由があります。1960年(昭和35年)代前半の北海道には、馬具職人が多く残っていました。
それは、広い北海道内で荷物の運搬や農耕などに使用される「使役馬」(しえきば)が多かったため、馬具を作る職人が必要とされていたからです。
集められた馬具職人は、農耕系の使役馬の馬具作りに長けていました。この農耕馬具は、明治時代の北海道開拓以来、磨かれてきた優れた技術の賜物です。
このような技術を受け継ぎ、世界に通用する製品を目指して鞍など馬具の製造に着手します。
会社を創業した1964年(昭和39年)当時、1ドル360円の固定レートで、極度の円安状態でした。
これは輸出産業にとっては好機となります。輸出品の海外での価格が安くなり、売りやすくなるためです。
輸出産業は活性化し、企業にはお金が流れ込むようになります。ソメスサドルもこの円安のチャンスを逃さず、馬具のほとんどをアメリカへと輸出していました。
しかし、1973年(昭和48年)のオイルショックで打撃を受けたため、馬具の輸出を断念、国内での馬具販売へと切り替えます。
その後、ソメスサドルは自社の生き残りをかけて、馬具の製造ではなく革製品の生産に力を入れるようになりました。この時期に生産していたのは、ペンチケースや電工バンドなどの工業用品。
また、警官が装備するピストルホルスターの製造も手がけました。国内で会社が生き残れるように工夫を凝らし、革製品を生産していったのです。
1980年(昭和55年)代前半からは、馬具の鞍をモチーフとしたバッグを開発・販売するようになります。
1985年(昭和60年)には「最高の鞍を創りたい」という思いのもと、フランス語の「ソメス」(sommet:頂点)と英語の「サドル」(saddle:鞍)を組み合わせた現在の社名へと変更しました。
ソメスサドルは、生き残りをかけて革製品へとシフトしたのですが、「あくまで馬具メーカー」という誇りを忘れずに、現在も馬具メーカーとしてメイド・イン・ジャパンの質の高い馬具を生産しています。
障害鞍
「シルデリック」は1991年(平成3年)創業。トレーニング用の鞍や、馬術競技で使う障害飛越用の障害鞍(しょうがいあん)に力を入れている馬具メーカーです。
フランスを拠点に鞍をメインに生産して、初心者からプロ騎手までレベルに応じた様々な鞍を販売しています。
「ディオン」は、一部の馬具で特許を取得している馬具メーカー。ベルギーを拠点に、最高級のイングリッシュ・レザーをふんだんに使用した革の品質に定評のある世界的な馬具ブランドです。
「ホースパイロット」は、乗馬ウェアメーカーで、ジャケットやキュロットが有名。フランスを中心に、自社の技術を活かした機能性とデザイン性の高さを追求し続けています。
「オグルヴィ」は、カナダを中心に展開し、サドルパッドやゼッケンなどを生産しているメーカーです。馬が走る際に発生する鞍の動きを最小限にして、騎手への負荷を抑える技術が特徴的。
乗馬用ヘルメット
「カスク」は、2004年(平成16年)にイタリアのベルガモで創業。
先進的で大胆なデザイン性と最善のフィット感を提供する乗馬用ヘルメットのメーカーです。
モデル開発から生産まで、すべてイタリアで行なっています。
「ファブリ」は、イタリアの乗馬用ブーツメーカーです。1924年(大正13年)から世界中の騎手に愛用されるブーツを生み出しています。
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