「伊達政宗」は、隻眼(せきがん)の戦国武将として知られ、戦国時代末期には東北地方において一大勢力を誇っていました。その後は「豊臣秀吉」、徳川家康に仕え、江戸幕府開府後は、初代仙台藩主として領国の開発に尽力。戦国時代末期から江戸時代を駆け抜け、後世において「独眼竜」と称されていました。
そんな伊達政宗の甲冑で特徴的なのが、黒塗りであることと、巨大な三日月の前立が施された兜です。ここでは、この黒甲冑を通して伊達政宗という武将を見ていきます。
伊達政宗
勇猛で名高い戦国武将伊達政宗が所用していたことで知られる黒甲冑「黒漆五枚胴具足」(くろうるしごまいどうぐそく)は、全体が黒で統一されていました。その中で、一際目を引くのが、兜に施された巨大な金色に輝く三日月の前立。
左右非対称な三日月の立物は、戦国武将がこぞって信仰していたと言われている「妙見信仰」(みょうけんしんこう)につながるもの。伊達政宗も例外ではなく、星や月に武運を祈願していたと考えられます。
妙見信仰は、不動の「北極星」を神格化して「妙見菩薩」とし、武運を祈願したことが始まりです。古来、わが国では、月についてもその神秘性から信仰の対象となっていましたが、妙見信仰が広まるにつれて、星だけではなく月への信仰も加速していきました。
伊達政宗から見て、自らの右が短く左が長い三日月の立物には、戦場において日本刀を使用したときに、邪魔にならないようにするためとも言われています。
また、金色に光る三日月の材質は木製で、これに金箔を貼って作られているのです。戦場で立物が何かに引っかかった場合に、折れやすい材料が選ばれたのでした。
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雪ノ下胴
伊達政宗の黒甲冑の特徴は、兜に施された三日月形の立物だけではありません。その機能面にこそ、最大の長所があったのです。
「仙台胴」と呼ばれている胴は、5枚の鉄板を蝶番(ちょうつがい)でつなぎ合わせた重厚な造り。伊達政宗が鎌倉・雪ノ下に住んでいた甲冑師・明珍を仙台に招いて作らせたことにちなんで「雪ノ下胴」とも呼ばれています。日本刀を振る際に邪魔にならないように、右側を小さくするなどの工夫が施されました。
漆黒を基調とした頑丈な甲冑は、華やかな装いを好んだと言われている伊達政宗の嗜好とは相容れないようにも思われます。
しかし、伊達政宗が生きたのは、戦乱の世の最終局面。鉄砲をはじめとする武器の発達によって、戦における防御の必要性も高まっていました。まさに、実戦志向の1領だったのです。
その後、漆黒の甲冑は、仙台藩における有事の際のユニホームになります。質実剛健を体現しているこの黒甲冑は当世具足の最終形と言えるのです。
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ダース・ベイダー
大きな三日月の前立を施した伊達政宗の兜。どこか他の場面で観たような気がするという方がいるかもしれません。映画「スター・ウォーズ」シリーズで人気の悪役キャラクター「ダース・ベイダー」のヘルメットとそっくりなのです。
ダース・ベイダーのヘルメットと伊達政宗所用の黒漆五枚胴具足の兜を見比べてみると、確かに似ているような気が。
スター・ウォーズの制作関係者から黒漆五枚胴具足を所蔵している「仙台市博物館」に写真の提供依頼があり、同館が送付したところ、ダース・ベイダーが誕生したと言われています。
一見、地味に見える黒甲冑の黒漆五枚胴具足ですが、時空を超え、エンターテイメントの本場であるハリウッド映画のキャラクターのモチーフとして用いられているのです。このことは、伊達政宗のセンスを証明していると言えます。