刀剣三十六遣使(室町時代)

~第3章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

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【あらすじ】畠山義就とともに都に向かった武永百次郎は、義就の計らいで将軍・足利義政への挨拶の場に同席することになる。その議会の場で、突然ひとりの武士に襲いかかられた義政を助けた百次郎は、義政に気に入られ、近習(きんじゅう/主君のそばに仕える者)に取り立てられたのだった。

都での日々

『闇の者』を退けてから二週間あまりが経過した。その間、百次郎を取り巻く環境は驚くほど変化した。義政は本当に義就から百次郎を引き取り、自らの護衛役に引き立てたのだ。

大変なことになった。
存外の名誉ではあったものの、百次郎は戸惑うばかりだ。しかも、しばらくの間、義政からお呼びがかかることもなく、代わりに周りから雑用ばかりを押しつけられてしまった。勝手が分からない百次郎は、すぐに混乱してしまい、半ば泣き出したい気持ちにもなった。これは新参者に与えられる試練なのだろうかと諦めていると、公家や武士が、百次郎の噂をするのが耳に入った。

「新しく入ったあの若造、一体何者だ」

「知らんのか? 義政殿を救った男だ」

「ほう、腕は立つのか」

「それなりにな」

「御所に配下の者を送り込みたい義就殿の仕込みとの噂もあるが?」

「それはあるまい。紀伊の田舎者丸出しの礼儀もわきまえぬ若造だ。間者がつとまるほどの頭があるとも思えん」

「要はガキなのだな?」

「その通り、多少は腕が立つだけの、ただのガキよ」

百次郎が聞いているとも知らず、公家や武士たちは笑いながら去っていく。
悔しい反面、確かにそうだと思った。百次郎は彼らにとってみれば、紀伊国から出てきたばかりの何も出来ない田舎者の若造に過ぎない。義政の引き立てのおかげで御所詰めの武士になれたものの、まだまだ学ぶべきものはあるのだ。

謙虚であり続けねばと百次郎は思った。一生懸命働けばそれだけ武永家のためになる。逆に揉め事でも起こそうものなら、郷里の兄に迷惑がかかるかもしれない。

百次郎はただひたすらに言いつけられる仕事をこなすようになった。将軍謁見の時に隣にいた親切な武士は、仕事をこなす上でも百次郎の手助けをしてくれた。明るく無邪気な百次郎は、同年代の小姓たちとも打ち解け、ときおり彼らとふざけては、目付役の武士に叱られる場面もあった。

無理を押しつけられても嫌な顔ひとつせず仕事をこなし、いつも笑顔を絶やさない百次郎は、いつしか周囲に受け入れられ、馬鹿にするような噂も聞こえなくなった。

そんなある日、百次郎は義政に執務室へ来るように呼び出しを受けた。そこは執務室とは名ばかりの、絵や書の山だと聞かされていたが、部屋に入った百次郎は、意外にも義政が政務に励む姿を目の当たりにした。

「畠山長政に自重せよと伝えよ。後日、俺が出向いて話を聞いてやるゆえ」

「はっ、かしこまりました」

「義就を畠山の当主と認めたからな。それで臍を曲げておるのだ。あー嫌だ、権力に血道を上げている輩は。それから山名宗全に先日の礼をせねばならん。急ぎ奴が欲しがるものを調べよ」

「は、すぐに」

「それから細川勝元に、詫びひとつも入れねばならんな。金で片を付けたいところだが、戦費に使われてはたまったものではない。何かよい手立てはないものか」

巷の噂だと義政は政治に関心がなかったはずだ。風聞とはまるで違う彼の姿に百次郎は目を丸くするばかりだ。
側詰めの武士たちにあれこれと指示を出していた義政だったが、ようやく百次郎に気づいたようだ、側に来るよう手招きすると、口元を扇で隠し小さな声で囁いてきた。

「少しばかり外に出るぞ。供をしてくれ」

「え!? 私が、ですか?」

「馬鹿者、声が大きい」

義政はしばし待てというと、昼間の執務はこれで終わりと居並ぶ武士たちを下がらせた。すぐにそそくさといった感じで軽装に着替えだす。

「あの、外ってどちらに行くつもりですか?」

「烏丸通りだ。人に気づかれるわけにはいかないからな。変装をするのだ」

着替え終えた義政は人目を避けるように廊下に出た。そして曲がりくねった御所の内部を迷わず進み、そっと裏口から外に出ようとした。

「義政様。またお出かけですか?」

出口番をしていた武士が義政に気づく、あきらめ顔で口を開く。

「まあな。誰にも言うなよ?」

「言いませんけどね、早く帰ってきてくださいよ。ばれたら俺たちクビになるんですから」

「わかっておる。すぐに帰ってくるゆえな」

義政は袂から小袋を出すと、その武士に握らせた。

「ほんの少しの間だ。これで美味いものでも食ってくれ」

「……ったく、解りましたよ」

武士はまんざらでもない顔で、渡された小袋を懐へと入れる。義政はにんまり笑うと、百次郎についてこいと告げて南へと歩き出した。

室町時代イラスト3義政が向かったのは烏丸三条の通りの一角だった。このあたりは饅頭通りと呼ばれる路地で、義政はその中の店のひとつに入ると、主人らしき男に告げた。

「邪魔するぞ」

男は義政に気づくと、慌ててその場にひれ伏した。義政はズカズカと中に入り、奥の板の間に腰を下ろす。

「義政様、ここは……」

思わぬ事態が連続し、百次郎は目を丸くするばかりだった。見知らぬ家の中で立ち尽くし、つい周りを見回してしまう。なんの変哲もない家ではあったが、土間からほんのりと漂う甘い香りに、どうしても注意を引きつけられた。

「饅頭屋だ。ここのは美味いぞ?」

すぐに先ほどの男が饅頭を盛った器を義政の前に置いていった。義政は盛られた中のひとつをつまむと、躊躇なく口に入れる。

「うん、美味いな!」

そう言って義政は、饅頭を百次郎に手渡した。おそるおそる口に入れると、軽い食感の皮の中に、しっかりと詰まった餡が、さらりと口の中に溶けていく。しばらく前に御所でもらった饅頭とは別次元の上品な甘さだった。

「とても美味しいです」

「それは良かった」

「この店にはよく来られるのですか?」

「たまに、だな。月1くらいか」

「ところで、なぜ私に供をさせたのですか? 他に腕の立つ方もいるでしょうに」

「いや、しばらくお前と顔を合わせていなかったからな。義就からもらい受けてそのまま放置していたのだから、さぞ退屈していると思ったまでよ」

義政は饅頭を食べながらそんなことを口にする。聞けばこの店をいたく気に入っているらしく、自ら看板すら書いたという。

「不思議ですね」

「何が?」

「先ほど初めて見るまでは、義政様は幕政にまったく興味がないという噂ばかり聞かされていたので、実際の姿を見ると、あちこちの大名に気を遣って、きちんと調整役を果たされているではありませんか」

「まあな、本当は政(まつりごと)など面倒でしたくはないが、信じて任せられる者がおらんからな。やむを得ないところだ」

饅頭を平らげた義政は、主人に水を持たせると一息で飲んだ。そして遠い目をしながら静かな声では語り出した。

「だがな、実をいうと、俺だってはじめから政治に興味がなかったわけではないのだ」

将軍・足利義政の苦悩

今でこそあちこちで幕政を顧みないと言われる義政だが、むしろ将軍に就任した当時は、祖父である義満の栄華を取り戻そうと、各地の内紛に積極的に介入し、乱の鎮圧に努めていた。さらには力を伸ばすばかりの守護大名に対抗すべく、側近に力を持たせ政治基盤の強化を図った。

それでも乳母や育ての親、さらには勘違いした側近が政治に介入。さらには妻の富子に細川、山名といった有力大名までがいちいち政治に口出しする。それをなんとか退けようと大名家に介入したが、それは更なる混乱を招いた。

結果、大名たちの制御はままならず、幕府の財政はかえって悪化と、さんざんな目に遭ってしまった。そこでどうせなら逆に混乱を広げようと、富子や大名たちには好きにさせた。そして自分は文化と芸術に金をつぎ込み、幕府の財政を傾けていった。

義政としては政治も財政も悪化しきったところで、当時すでに抱き込んでいた弟の義視と幕政を立て直すつもりだった。義視に将軍職を譲り、自らは後見人のような立場で、すべてを刷新しようと準備していたのだ。

だが息子である義尚の誕生ですべてが狂った。
義視には誓詞まで書いて将軍の位を約束したのに、富子が跡継ぎは息子にすべきと邪魔をする。このままでは大名たちの暴走が続き、世の中は混乱するばかりだ。

「なぜ、私にそんなお話をしてくださったのですか?」

「さて、俺にも分からん」

義政は自嘲するように笑った。

「分からんが、お前には他人を信頼させる何かがあるようだ。これからもその長所を生かす環境に身を置くべきだな」

もっともらしく口にする義政を、百次郎は不思議と信じるに足る男だと感じるようになった。
義政は腹に抱えるすべてを百次郎に話してくれたに違いない。ならば自分もこの人に打ち明けるべきではないか。

「実を申しますと、私にも義政様のお耳に入れたいことがあります」

百次郎は意を決し口を開いた。

百次郎は包み隠さず『遣使』(けんし)の話と、『闇の者』の存在、そして先日、花の御所で義政を襲った者こそが『闇の者』か、その配下だと打ち明けた。
思えば、都に来てから人に聞いたここ最近の政変も、人ならざる存在によって起こされた可能性もあるのだ。義政に死んで欲しくなかった。たとえ笑い飛ばされようと耳に入れておく必要はあった。

義政は初めこそ話半分に聞いていたが、百次郎の話が進むにつれて少しずつ眉をひそめていった。
話し終えた後、百次郎は無性に後悔した。
いくら義政が百次郎に好意的だといっても、いきなりこんな突拍子のない話をされて信じるとは限らない。百次郎の妄想と受け取ってくれるならまだしも、気が触れたと思われては、せっかくの警護役を解かれてしまう。

「あの……」

「待て」

慌てて取り繕おうとした百次郎を義政が止めた。

「お前がいま言った話は真実か?」

百次郎は迷いながらも、ゆっくりと頷いた。

「はい。すべて、私の身に起こったことです」

「そうか……」

「信じて、いただけるのですか?」

「信じる。というか、信じざるをえまい。実は俺も似たような夢というか、天啓らしき声を聞いた経験があってな」

義政に降りたのは、彼が未来に偉大な業績を残す「偉人」であるという啓示だった。
つまり幕府を混乱させるために進めてきた大規模な寺院の造営や、幕政を顧みず走った書や絵画などの趣味が、偉大なる業績として歴史に遺るということだ。

「信じられるか?この俺が偉人など、素で聞いたら悪い冗談でしかないわ」

自分の名が後世に残るという事実は、義政にとって喜ばしいだろう。だがそれは義政本来の意志ではない。幕府を立て直す偉業ではなく、世に混乱を招くかりそめの行いが公正に評価されるのは、義政にとっては皮肉でしかないのだ。

「でも、義政様が手掛けたものはどれも素晴らしいものばかりだと思いますが」

嘘偽りなくそう思った。もちろん義政が後の世に残す業績が、どれだけの価値を持つかは分からないが、それでも彼が手掛けた書や絵画は、心を落ち着かせる流麗なものだった。
義政は安心したような笑みを浮かべると、「そうか」といった。そして心から打ち解けたように、

「しかし、百次郎がそんな天啓を受けていたとはな。普段ならそんな話を聞いても、法螺話か妄想か、気が触れたかと思うぞ」

「ですよね……」

「だが、お互いに似た体験をしたもの同士だ。俺は百次郎の話を信じる。お前も俺の話を信じるだろう?」

「もちろんです」

「ゆえに、しばらくはお互いに役割とやらを果たそうじゃないか」

義政は人を食った笑顔を見せた。百次郎もつられて笑う。

「だが、ひとつだけ、お前の話に聞き捨てならぬ点がある」

「と、仰いますと?」

「その『闇の者』という奴らよ。百次郎と初めて会ったあの日の狼藉者も、『闇の者』とやらの手の者だろう?」

百次郎は小さく頷いた。
あの時の『闇の者』は、国宗の太刀で斬りつけられて退きこそしたものの、致命傷を受けてはいないようだった。『闇の者』を討ち取るには、国宗の太刀を上回る尋常ならざる太刀が必要だ。

「確かに、あの異様なる者の戦いざまからすると、生半可な刀では太刀打ちできまい」

義政は、改めて深夜にでも寝所に来るよう百次郎に告げた。

『闇の者』への対策

その日の夜、百次郎は義政の言い付けに従い寝所を尋ねると、すでに小姓や側詰めの武士たちは人払いされていた。

「義政様は不用心ですね。この隙に『闇の者』が襲ってきたらどうなさるおつもりです」

「大丈夫だ。そのためにお前がいるんじゃないか」

義政は不敵に笑うと、百次郎を寝所の中に招き入れた。

「これは……」

百次郎は思わず息を詰まらせた。板の間にはずらりと太刀が並べられており、いずれも鞘に収まっていながらも、うっすらと妖気じみた気配を漂わせていた。

「驚いたか?」

部屋に入った義政が得意げに笑った。

「足利家伝来の名刀、宝刀の類だ。といっても祖父・義満の代から財にまかせて買い集めてきたものだろうが」

「すごい、としか言い様がありません」

「さもあろう。尋常ならざる者を切るなら、こちらとて尋常ではない武具を用意せねばならんからな」

義政は「これなんかどうだ」と気軽な様子で口にすると、手近な一振を手に取った。すらりと鞘から引き抜くと、身幅が広いその太刀は、見る者を切り裂きそうな鋭利な光を刀身から放った。

「それは?」

「大典太光世。あまりの切れ味に置いた蔵にとまった雀さえ切ったという。本当かは知らんが、邪気まで切れるという話だ」

義政は刀を鞘に収めると、百次郎に聞いた。

「どうだ、これはという刀はあるか?」

「どれも凄い刀過ぎて目移りしてしまいます」

「だろうな。これほどの名刀を目の当たりにするなど、二度とはないかもしれんからな」

実際そうだと思った。目の前にあるのはいずれも名の知れた名刀ばかりだ。しばし迷った百次郎だが、ふと吸い寄せられるようにその中のひとつを手に取った。

「でもこの中であえて選ぶとすれば……」

「ほう、それを選ぶか」

義政はニヤりと笑う。
鬼丸国綱。またの名を「髭切」というその刀剣・日本刀は、刀身全体にうっすらと霜が降りたような冷気をまとっていた。

「髭切」を手にしたのは直感だった。これなら国宗よりも確かなダメージを『闇の者』に与えられるように思う。
だが、この太刀を持ってしても本当に切り伏せられるかどうかまでは確信がなかった。

「確かに、この鬼の腕をも断つ妖刀であれば、『闇の者』がいかなる剛の者といえど、なますのように切れるだろう」

「でも……」

「なんだ、『髭切』でも勝てぬと言うのか?」

「わかりません」

「それはお前の腕――」

義政は言いかけて、ふと百次郎と「髭切」に目をやった。そしてそっとため息をつくと静かな声で口にした。

「そうか。きっとお前だけが感じる何かが『闇の者』にはあるのだろう」

「すみません、上手くご説明できなくて……」

義政はうつむいた百次郎の肩に手を置き、気にするなと軽く叩いた。

「仕方ない。このたびの件は分からぬことばかりだ。『髭切』はひとまずお前に貸し与えるゆえ、それで俺を守ってくれ」

義政はそう言って百次郎を部屋に戻らせた。そしてひとりになると、視線を庭に向けてため息をついた。

「だが、もし『髭切』で斬れなければ、どうすればいいのだ?」

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