刀剣三十六遣使(室町時代)

~第2章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

文字サイズ

【あらすじ】地頭の子「武永百次郎」は、兄の「武永千一郎」とともに剣の稽古に励んでいたが、ある日紀伊国の前守護である畠山義就から兵を出せとの命があり、百次郎は都に向かうことになる。 百次郎は千一郎から授かった「国宗の太刀」を佩いて、都を目指し旅立つのだった。

目次

上洛

紀伊の国を出立した百次郎は、北上し河内国に入った。そこで畠山義就が招集した軍勢と合流、大和国を経由して都に入る。その後は義就の屋敷で何泊かした後、従者として将軍、足利義政との謁見に同道する運びとなった。

「紀伊国の田舎者からすれば、ここは毎日が祭りのように見えるだろう」

「はい、凄いですね。人がこんなに大勢いる場所を私は他に知りません」

「さもあろう、さもあろう」

馬に乗った義就は上機嫌のようだ。
国主と地頭は対等な関係のはずなのに、まるで主家のように呼びつけるとはどれだけ傲慢な男かと思ったが、意外にも根は悪い男ではないようだ。それに、百次郎が初めての上洛だと聞くと、将軍への挨拶の場に同席させてくれるよう計らってくれた。

「それにしても義就様は、なぜ私などを将軍様との謁見にお連れくださるのですか?」

「義政様は、絵画でも人でも新しいものがお好きでな。それにお前は見てくれも良い。ゆえに同席させても損はないと思ったまでだ」

どうやら親切心や出来心だけではなさそうだ。幾ばくかの打算が働いたとはいっても、将軍と会わせてくれるのだからありがたくはある。

「それにしても、大きな建物が多いですね。それにどれも豪華で立派で……」

「そうだろう。京はあらゆる意味で日の本の中心だからな。公家や武士の屋敷はもちろん、寺社仏閣も大がかりなものが多い」

義就はもっともらしく言うと、百次郎に含みのある笑みを向けた。

「だがな、この程度で驚いてはいかんぞ。いま向かっているのは、お前がこれまで見たいずれの建物とも比べようもない、とんでもない場所だからな」

ふたたび笑う義就。その言葉の意味は、すぐに分かった。

「これは……」

これまで見た建物とは別格の、巨大で壮麗な屋敷を前に、百次郎は思わず息を呑んだ。

「ははは、驚いたか」

「はい、とても……」

「ここが『花の御所』だ。将軍の屋敷で幕府の政庁とも呼べる場所だな」

室町殿、室町第とも呼ばれる花の御所は南北100メートル、東西200メートルとされる広大な敷地で、内裏の北に位置し、広さはその2倍を誇っていた。建てられてから80年を超えるだけに、いささか古びた感はあるものの、屋敷は門構えからして壮麗で、建物自体の巨大さもあってどこか偉容のようなものを感じさせた。

百次郎も上京してから、「知恩院」(ちおんいん)に「清水寺」といった名だたる仏閣を見て回ったものの、目の前の壮麗過ぎる屋敷には瞠目せざるを得なかった。

「いつまで惚けているつもりだ。中に入るぞ」

義就は、出迎えの小姓たちに連れられ屋敷の中に入っていく。このままでははぐれてしまいそうだ。百次郎は慌てて義就の後を追った。

御所に入る時は、帯刀が禁じられていると義就から聞いていた百次郎は、入口で太刀を下ろそうとしたが、役人に止められた。「本日は帯刀して参上するようにお達しが出ています」とのことである。

義就も怪訝な表情をしていたが、百次郎に「間違っても鞘から刀を抜くなよ」と言って進んで行った。

花の御所は屋敷というにはあまりにも広かった。一時は帝の御所として使われただけあって、内部も贅を尽くした造りで、百次郎は見るものすべてに目を奪われた。

だが、なぜだろう。国の中枢にもかかわらず、この広大な屋敷からは生気らしいものを感じない。
首をひねる百次郎だが、やがて広い板の間に通され、そこで待つように言われた。

板の間にはすでに多くの武士たちが集まっており、百次郎は上座から少し離れた下級武士が座る場所の、ちょうど真ん中あたりに座るよう促された。義就は百次郎たちとは違い上座の近くに場所が設けられているようだ。どうやら身分によって座る場所が違っているらしい。
腰を下ろして一息つくと、周りの武士たちの囁き声が聞こえてくる。

「あの方はまさか、伊勢貞親(いせさだちか)様では」

「まさか、伊勢様は執事職を罷免されたはず」

ふと前を見ると、渋い色の直垂を着た小柄な男が立っていた。年は50歳くらいだろうか、キツネのような細い目で左右に絶え間なく目配りしている。

「なぜ罷免された伊勢殿がこの場に? しかも我が物顔で取り仕切っているのだ」

「またなにか、我らの与かり知らぬ所で裏工作でもしていたのだろう」

「静かに、山名殿が見えられたぞ」

周囲の武士たちが次々に頭を下げる。百次郎もつられて頭を下げたものの、高名な武将を一目見たいと心が騒ぎ、こっそりと上目遣いで上座を見た。
あれが、山名殿……。

本名を山名持豊(やまなもちとよ)、後に出家して宗全(そうぜん)と号したその武士は、齢60を超えるとは思えない筋骨逞しい偉丈夫だった。深く被った頭巾の下から、板の間へと、鋭い視線を向けている。

「おい、お前、早く頭を下げろ」

隣に座る武士にそっと声をかけられ、慌てて頭を下げる百次郎。
その後も広間には管領(かんれい/将軍の補佐役)を三度務めた名門守護・細川勝元(ほそかわかつもと)に、越前の有力守護・朝倉孝景(あさくらたかかげ)といった紀伊国でも名を聞いた有力大名が続々と現れては上座の前に腰を下ろす。百次郎にはそれが現実離れしているように思えてならず、ただ、ため息をつくばかりだ。

室町時代イラスト2そのとき、パンパンと手を打つ柏手のような音ともに、しわがれていながらも良く通る声が響いてきた。

「おのおの方、しばしそのままでおられよ」

伊勢貞親の声らしい。貞親は武士たちが平伏したままでいるのを見ると、ふたたび声を張り上げた。

「将軍、足利義政様の御成である」

廊下に目をやると、奥の方から真っ白な直垂に烏帽子を被った痩身の男が歩いてくる。穏やかな目つきのその男は良くいえば柔和、そうでなければ何も考えていないようにも見えた。
百次郎は義政の姿を見た途端、雷に打たれたように動けなくなった。
あれが将軍、足利義政様……。

「お前、なにしてるんだ」

隣にいた親切な武士が袖を引いてくる。百次郎は急いで頭を下げた。そのとき義政がふと百次郎の方に目を向けた気がした。

危機

「お役目ご苦労にござる。本日の議題は、近頃都に大挙して集まった武士たちの件よ。その方らが集めた兵力があまりにも多く、禁中ではまたしても都で戦をするのかと心配の声を上げておられる」

義政が上座に着いたところで貞親が口を開く。途端に周りの武士たちが不満の声を上げ始めた。

「力ない貴族の分際で偉そうに」

「我らは都の平和を守らんと参じたまでのこと」

「その我らをまるで厄介者のように見るとは何事か!」

「おのおの方、控えられよ。将軍の御前であるぞ」

貞親がいっこうに収まろうとしない武士たちに向かい一喝した。さすが長きに渡って、幕府の執事を務めただけあって威圧感がある。武士たちは不満げな顔ながらも、一斉に押し黙った。

「では本題に入る前に畠山義就殿、これに」

貞親の声に合わせて、義就が義政の前に進み出ると、額を床につけんばかりにひれ伏した。

「義政様、並びにおのおの方、久方ぶりにお目にかかる。義就にござる」

「義就、久しいな。息災であったか」 

「はっ、もったいないお言葉にて」

「俺の機嫌など取らずとも良い。お前の顔には、俺の身勝手に振り回されるのは迷惑千万と書いてあるわ」

そう言って義政はニヤリと笑うと、「再び俺の力になれ」と義就に告げ、元の場所へと下がらせた。

その後は貞親の仕切りで議事が進み、細川勝元が畠山政長への肩入れを禁じられた上に、政長の管領職を剥奪、次の管領として宗全が押す斯波義廉の就任が取り決めとなった。
百次郎にはそれらの取り決めが、世の中にどのような影響を及ぼすかすぐに分かりかねた。だが何かしら上座で決定があるたびに、周囲が驚きの声を上げれば、すべてが大事であると察せられる。

「これは勝元殿も政長殿も黙ってはおるまい」

「戦を未然に防ぐと言いながら、これでは助長しているようなものではないか!」

「とにかく将軍の方針が定まらぬのが問題だ。義就殿を見限ったかと思えば、今度は政長様を遠ざける。これでは大事になるばかりではないか」

武士たちがあちこちで不穏な声を上げ始める。貞親はそれらを遮ろうとせず、代わりに今日は終わったと散会を告げた。

「本日はこれまでとする。大儀であった」

奥に下がるつもりだろうか、義政がゆっくりと腰を上げる。そのとき、百次郎の近くにいた一人の武士が立ち上がると、ゆらゆらとおぼつかない足取りで義政の前に進み出た。

瞬間、その場にいたすべての者の動きを封じられた。
その中で、その武士は緩慢な動作で刀を抜くと、おもむろに義政へと斬りかかった。

「……足利将軍、お命頂戴」

とても人の発する声とは思えなかった。聞く者の心を震え上がらせる亡者の声だ。
その声は百次郎の頭に響くものがあった。
人のかたちをした人外の者。
この世に争乱を招く異形の怪物。
天に仇なし人界を破滅に導くその者の名は――『闇の者』。

気づくと勝手に体が動いていた。
諸侯の頭を飛び越え、腰に佩いた国宗の太刀を抜くと、百次郎は義政に振り下ろされた刃を逸らそうと、横から思い切り打ちすえた。
キーンと刀身の打ち合う音が耳を突く。並みの者ならそれだけで重心が崩れるはずだ。
 
だが『闇の者』は百次郎に向き直ると、横に刀を振り払う。百次郎は難なくその刃を受け止めたはずが、その馬鹿げた力に面食らった。

なんて力だ……。

それでも二、三度と打ち合えば、相手の技量を知ることもできる。
いずれの流派かは知らないが、これまで相手した夜盗とは違い、太刀筋は素直で、身のこなしも理に適ったものだ。
だが本当に凄まじいのは刀を打ち込むその膂力(りょりょく/筋肉の力)だ。それも打ち合った百次郎だからこそ分かるものの、傍から見ればそれほどの力は感じないに違いない。

それでも、勝てない相手ではなかった。
綺麗な剣術であるだけに見切りやすくもあったし、なにより相手の動きが緩慢で、次に何をしてくるか、百次郎には手に取るように分かる。

「鈍いな、あんた!」

百次郎は突き出された刀を捌くと、繰り出される斬撃を先回りするようにいなしていった。相手の攻撃がすべて分かる、この先読みの力は、遣使(けんし)に与えられた能力かもしれなかった。
だが本来かわすべき攻撃をすべて受け続けるのはそれなりの危険が発生する。それでも下手にかわせば、周囲に被害が及ぶと考えれば、下手に斬撃をかわすわけにもいかず、斬りつけられる刃を受け止め、力を逸らし続けねばならない。周りの武士たちを守りつつ戦う厄介な状況を考えれば、いかに攻撃を先読みできるとはいえ、甘く見るなどできなかった。

とはいえ、勝負を長引かせる気もまるでなかった。不用意な相手の振り下ろしを上に弾くと、即座に返す刀で袈裟斬りにする。

取った!
両手には確かな手応えがあった。肉を切り骨を断つ鈍い感触。なのに『闇の者』はすぐさま体勢を立て直すと、お返しとばかりに鋭く切っ先を突きつける。

「馬鹿な!?」

周囲の武士たちから驚愕の声が上がった。
百次郎はとっさに受け止めたものの、『闇の者』の力をいなしきれず、衝撃をまともに受けてしまった。吹っ飛ばされずに済んだのは奇跡だった。だが、その場に踏みとどまるのが精一杯で、大きな隙を生んでしまう。

ここまでか、と百次郎が覚悟を決めたそのとき、『闇の者』は突然動きを止めた。何事かを聞いているように、そのままの姿勢で微動だにしない。

「おのれ小僧、邪魔しおって」

すぐに総毛立つような声が響き渡った。再び刀を構える百次郎の前で、『闇の者』は後方に跳んで距離を取ると、動けない武士たちの間に着地した。そして、

「その首、胴に預けておく」

と言い捨てると、後方に大きく飛び退り、屋敷の外へと消えていった。

「お前が、俺を守ったのか?」

呆然とする百次郎に、義政が声をかけた。

「は、はい!」

「お前の名は?」

「その者の名は武永百次郎、我が配下の者にござる」

百次郎より先に義就が答えた。わざわざ自らの配下と主張したところに百次郎の功績を自分に付け替えようとする魂胆が透けて見えた。
だが義政は、

「ふむ、百次郎か……義就、この者はそちの配下と言ったな」

「左様にございます」

「俺に譲れ。近習(きんじゅう/主君のそばに仕える者)に取り立てる」

そっけない口調で義政は言った。

「え、なんですと……」

「お待ちください義政様! 勝手をされては困ります。そのような人事は私どもの方で身元の確かな者をあてがいますれば……」

その言葉に義就だけではなく貞親までが慌てだした。義政に迫りながら百次郎に「この場を去れ」と後ろ手を振る。だが義政は聞く耳を持たないようだ。

「うるさいぞ、貞親、もう決めたことだ」

目の前で自分の身がやりとりされる状況を、百次郎はただ見ているしかなかった。自分が何と言おうが、誰も聞く耳を持たないのは明らかだった。
ただ、将軍の近習というこれまで想像もしなかった立場を受け入れるには、それなりの時間は必要だった。

「ただ一人、あの場に飛び出したその勇気、誠に天晴れ」

いつの間にか隣に山名宗全が立っていた。大きな手で百次郎の頭をつかみ、グシグシと乱暴にかき回す。

「武永百次郎、名を覚えておくぞ」

初めは折檻(せっかん)のようにも思えたが、どうやら褒めてくれたようだ。宗全は百次郎の頭から手を離すと、配下の者たちに御所の警備を強化するよう命じた。

「なるほど、武永百次郎か。記憶に留めておこう」

「儂もだ」

細川勝元、朝倉孝景といったその場にいた有力大名も次々と賞賛の声をかけてくる。
いずれにせよ、この日を境に百次郎を取り巻く環境は一変した。

武永百次郎
武神刀剣ワールド武神刀剣ワールド
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」に偶然訪れた若者と「神刀・千歳丸」と共に、「闇の者」を討ち滅ぼすべく、様々な時代へと旅立つ育成「刀剣ゲーム」。
刀剣歴史漫画
刀剣が登場する漫画作品を、刀剣の描写とともにご紹介します。
刀剣歴史小説
著名な小説家の書籍を、特徴的な刀剣の描写とともにご紹介します。

~第2章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第2章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守...をSNSでシェアする

「刀剣三十六遣使(室町時代)」の記事を読む


~第1章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第1章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!
【あらすじ】舞台は室町時代、「応仁の乱」が起こる直前の時期である1467年。応仁の乱の背景となった足利家、畠山家の跡継ぎ問題に揺れる京都で、主人公「武永百次郎」は「遣使」(けんし)として「闇の者」の暗躍を防ぎます。 ※本小説は、史実、及びゲームアプリ「武神刀剣ワールド」をもとにしたフィクション作品です。

~第1章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第3章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第3章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!
【あらすじ】畠山義就とともに都に向かった武永百次郎は、義就の計らいで将軍・足利義政への挨拶の場に同席することになる。その議会の場で、突然ひとりの武士に襲いかかられた義政を助けた百次郎は、義政に気に入られ、近習(きんじゅう/主君のそばに仕える者)に取り立てられたのだった。

~第3章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第4章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

~第4章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!
【あらすじ】武永百次郎が義政に近習として取り立てられてしばらくしたある日、百次郎は義政のお忍びに同行することに。そこで百次郎は義政の苦悩を知り、義政との信頼関係を深めていく。そしてその夜、更なる襲撃者から義政を守るため、百次郎は義政から足利家伝来の名刀「髭切」を貸し与えられたのだった。

~第4章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

注目ワード
注目ワード