刀剣三十六遣使(室町時代)

~第1章~ がんばれ百次郎 将軍・足利義政を守れ!

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【あらすじ】舞台は室町時代、「応仁の乱」が起こる直前の時期である1467年。応仁の乱の背景となった足利家、畠山家の跡継ぎ問題に揺れる京都で、主人公「武永百次郎」は「遣使」(けんし)として「闇の者」の暗躍を防ぎます。
※本小説は、史実、及びゲームアプリ「武神刀剣ワールド」をもとにしたフィクション作品です。

プロローグ

時は応仁元年(1467年)5月10日。

畠山家の家督争いに端を発した混乱は、将軍「足利義政」(あしかがよしまさ)の後継者問題に、他の守護大名の家督争いまで巻き込み、激化の一途をたどっていた。都には大名達が領地から集めた武士達が次々と到着、いつ弾けるかも分からない不穏な雰囲気を漂わせている。

そんな異様な空気の中、「武永百次郎」(たけながももじろう)は、京郊外の街角で、まもなく訪れるであろうその時を、じっと息を潜めて待っていた。傍らにいるのはきらびやかな公家装束姿の中年男。風采の上がらない表情を見ると、誰も彼が時の将軍、足利義政本人とは思わないだろう。

時刻は寅の刻(午前4時)あたりだろうか。あたりにはうっすらと靄が立ちこめ、静まりかえった町並みを幻想的に浮かび上がらせている。

「なあ、百次郎」

義政は眠たげな顔で口を開いた。

「本当に神刀とその使い手とやらは、こんな場所に現れるのか?」

「義政様もあの声を聞いたじゃないですか。時間も場所もここで間違いありません」

「だが、何の予兆もないではないか。本当に現れるか怪しいものだ」

確かに不安はあった。
果たして神刀とその使い手は本当に現れるのだろうか?
現れたところで、彼らは本当に退治できるのだろうか?
将軍家に伝わる名刀、妖刀の類を持ってしても討ち取ることができなかった、あの恐るべき相手を。

いつの時代からだろうか、京には『闇の者』と呼ばれる妖(あやかし)が跋扈(ばっこ)していた。
歴史の節目に現れては時の権力者に近づき、この世を混乱に陥れようと暗躍する『闇の者』――その恐ろしさは実際に刀を交えた百次郎はもちろん、現場でその一部始終を目にした義政も骨身に沁みて分かっているだろう。

しかもこれまでに二度、討ち果たす好機があったのに、結果としていずれも逃走を許している。いつまでも『闇の者』の跋扈を許す訳にはいかなかった。
幸いにもこれから現れる神刀とその使い手は、これまでもいくつかの時代で『闇の者』を討伐した手練れの者だ。
きっとこの時代でも期待に応えてくれるに違いない。

「なあ、神刀が本当に現れたとして、本当に『闇の者』を討てるだろうか」

隣で義政が口にする。

「仮に倒せたとして、果たして戦を回避できると思うか?」

「義政様……」

義政の他人事のような口ぶりに、百次郎はため息をついた。
昨今、都を覆っている不穏な空気は、名門守護である畠山家のお家騒動に端を発していたが、問題を面倒にしたのは目の前の義政だったからだ。
それでも、天が義政に「偉人」の役割を与えていたのは間違いない。あとに残る業績がいかなるものかは、皆目見当がつかなかったが。

「心配しても仕方ないでしょう。『闇の者』は我々では討てない相手です。そして彼らを討ち果たさねばあとの世に大きな禍根(かこん)を残します。信じて待ちましょう。神刀とその使い手の到来を」

「そうだな」

義政は肩をすくめて頷いた。

「時に、百次郎はなぜ遣使(けんし)になりたいと思ったのだ?」

「なりたかった訳ではないのです。でもあらかじめ運命に決められていたようで――」

紀伊国の武永百次郎

武永百次郎は紀伊国出身の16歳。畠山義就(はたけやまよしなり)によって都に呼ばれた武士のひとりだ。地頭の子として生まれ、2年前に両親を病で亡くしてからは3つ上の兄、武永千一郎(たけながせんいちろう)ともども隠居していた祖父母の手で育てられた。

百次郎の父は近隣でも名の知れた日本刀の蒐集家で、伊勢や備前の刀工達のもとに出かけては、これはと思う日本刀を買い集めていた。そのため、家の暮らしは質素であり、生活の慎ましさは、周りの住人に哀れみをもって知られていた。

それでも兄弟は日本刀が好きだった。普段は口数が少ない父も、刀を話題にすれば饒舌になってくれたし、剣の腕を上げれば褒めてくれた。

父に褒められたい、兄より強くなりたい。百次郎はその一心で幼い頃から剣の腕を鍛えていた。兄も同じように考えていたようだ。兄弟は競うように稽古に励み、百次郎が14歳の頃には、近隣の荘園では同年代で相手になる者はいなくなった。

室町時代イラスト1「どうしたら、もっと強くなれるのかな」

当時、何気なく尋ねた百次郎に、千一郎はこう答えた。

「都に行けば、もっと強い奴らがいるらしいぞ」

「都ってどこにあるのですか?」

「ずっと北のほうさ」

「兄上は行かないの?」

「私は行く気はないよ」

「なぜです?」

「他にやるべきことがあるからな」

兄が何をしたいのか、百次郎にはすぐには分からなかった。
分かったのはそれからしばらくしたあと、両親が流行病に倒れてからだ。

「地頭のお役目は千一郎に引き継いでもらう」

祖父は父母が亡くなったその日、兄弟に告げた。

「儂が復帰する話もあったが断った。儂も千一郎の歳には、お役目を父から引き継いでいたからな。儂にできてお前にできない道理はない」

祖父はそう口にすると、父が所有する多くの日本刀で、最も価値が高いという「国宗の太刀」を千一郎に授けた。

百次郎は兄が羨ましかった。国宗は長さ2尺以上もある太刀。すらりと長い刀身は、流麗で美しく格好良かった。そして何より百次郎が密かに欲していた太刀でもある。
国宗を受け取った兄は喜色満面と思いきや、意外とそうではなかった。千一郎は顔をこわばらせ、唇をきつく噛みしめている。

「嫌なのか、千一郎」

「そうではありませんが……」

「冗談だ。お前は生真面目だからな。きっと重圧を必要以上に感じているのだろう」

そう言って祖父はにこりと笑うと、兄弟の肩をしっかりと掴んだ。

「百次郎、兄を助けてやれ。見事お役目を果たして、あの世に逝った両親を安心させてやるのだ。それが両親への何よりの供養となろう」

その日から兄は祖父の教えを受けながら、地頭の役目を果たすようになった。もともと物覚えの良かった千一郎は、必要な仕事をすぐに覚え、2ヵ月も経つ頃には周囲の地頭からも独り立ちのお墨付きを得るまでになった。

「どうして兄上は他の荘園のように税を多く取らないのですか?」

ある日、百次郎は兄に聞いたことがある。
周りの荘園では、地頭や守護が定められた以上に税を取っていた。必要以上に税を取ればそれだけ民は疲弊する。徴税する側は、領民の痛みなど分からないのだろう。私欲におぼれた地頭と守護の間では、領民などお構いなしに税収を巡って諍いを起こすくらいだ。
だが、千一郎はそんな醜い争いとは無縁だった。

「以前、お前にやるべきことがあると言ったな。そのためだ」

世の乱れが長く続けば、戦に負けた落ち武者や焼け出された民衆が、食うに困って夜盗となり、荘園や集落を襲うようになる。それは都から離れた紀伊国も例外ではない。兄はそのような無法者から領民を守り、ともに生きることが自らの役目だと思っていた。

「力を持つ者が、私欲のために力を振るえば世は乱れるばかりだ。私はただ平穏に暮らしたいだけだからな。力は領民のためにふるうと決めているのさ。剣の鍛錬を欠かさないのも、いざというときに備えるためだ」

「ご立派です、兄上」

「何が立派なものか。俺もお前も、領民とは持ちつ持たれつの間柄だ。作物を育ててくれる領民がいるから、我々武士は食っていける。私はやるべきことをやるだけだよ」

百次郎は兄の高潔さが羨ましかった。だからこそ兄の役に立ちたかったし、何かひとつでも超えたいと思うようになった。
だが、兄弟の努力にもかかわらず、夜盗の襲来は増えるばかりだった。

「遣使」の使命を受けた日を、百次郎ははっきり覚えている。
荘園が初めて被害を受けた何日かあとだった。
夜盗に襲われた領民に泣きつかれ、急ぎ現場に向かうとそこには10人近くの盗賊達が領民達の家を襲っていた。

焼け落ちる家に逃げまどう領民達、そして炎に照らし出された夜盗達の飢えた姿を目の当たりにすると、百次郎は急に恐くなった。これまで感じることのなかった「死」の恐怖に囚われてしまい、体が無様に震えてくる。
自分の無力を嫌というくらい味わったその時、頭の中に何者かの声が響いてきた。

――『遣使』となって民の役に立ちなさい。

遣使……
その意味をただす間もなく、百次郎は意識を失った。

気づくと、床の上に寝かされていた。
一体どれくらいの間寝ていたのだろう。領民達が心配そうな顔で見つめている。

「おい、百次郎様が目を空けたぞ」

「こっちも千一郎様も目覚めてくれた。よかった……」

隣には千一郎が寝かされていたようだ。領民達の安堵した声が聞こえてくる。

「あの、僕達はどうしてここで寝ているのですか?」

「覚えてらっしゃらないのですか?」

聞けば百次郎と千一郎は突然、夜盗達の前に姿を現し、獅子奮迅の活躍で領民たちを救ったという。
感謝を口にする領民達の声を百次郎は他人事のように聞いていた。
彼らが嘘をついているとは思えなかった。単に意識を失っただけなら、自分達がここにいるはずがなかった。

あのとき頭の中に響いた声は、千一郎にも聞こえていたようだ。そのあとも兄弟の頭に響いては、歴史の真実や都に蔓延る『闇の者』の存在を知らせてくる。はじめは気のせいだと思い込もうとした兄弟も、何度も聞こえれば信じるようになった。

百次郎の出立

紀伊国の前守護である畠山義就から書状が千一郎へ届けられたのは、その1ヵ月後だった。

義就はこの年30歳。先々代の守護である畠山持国(はたけやまもちくに)の実子であり、かつては持国の後継として河内、紀伊、山城、越中と広大な領地を有していた。さらに将軍義政の後見もあり、幕府内でも強大な権力を握っていた。

だが康正3年(1457年)に大和国で起きた争乱の際、義政の意志を偽り己の意のままに領地を切り取ろうと兵を派遣してから、肝心の義政に疎まれてしまった。お家騒動のライバルである畠山政長(はたけやままさなが)にその場を奪われてしまい、そのあとは長く吉野あたりに息を潜めていたが、7年前に日野重子(ひのしげこ:足利義政の生母)の死去による赦免で中央政界に復帰。山名宗全(やまなそうぜん)や斯波義廉(しばよしかど)の助力を得て急速に勢力を伸ばしていた。

書状を受け取ったあと、千一郎はしばし何事かを考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げると、傍にいた者に百次郎を連れてくるよう指示を出した。

「何用ですか、兄上」

百次郎はその日、さらなる夜盗の襲撃に備え、近隣の集落を柵で囲う作業に追われていた。
夜盗どもが次にいつ、荘園を襲いに来るか分からない。
いざそのときに備え、作業を急がねばならないのに、どうして兄は急に自分を呼び付けたりするのだろう。
百次郎が板の間に入ると、千一郎はすぐに口を開いた。

「百次郎、お前には都に行ってもらう」

「何があったのですか。藪から棒にそんな話をするなんて」

「畠山義就殿から兵を出せとの書状があった…」

畠山家は義就と政長の間で家督を争い、決着が付いていない。当時の紀伊国守護職は畠山政長ではあったが、守護は将軍・義政の一貫しない政策によって入れ代わるため、御家人としては領地の安泰を図るためにどちらか一方に荷担するわけにはいかなかった。なぜなら、今後政長からも同様の書状が届く可能性もあるからだ。
武永家の生き残りを考えれば、苦渋の選択ではあったが、双方に顔と名前を売っておく必要があった。
最悪の場合、再び畠山家の内乱があり、兄弟が戦場で相対する可能性もある。

「仮にそのような自体になったなら、どちらかが生き残れば済む話だ。むろん私とお前の双方が生存できれば、それに越したことはないが」

そう言って笑う千一郎に、百次郎は頷くしかなかった。

百次郎の出立準備は翌日から始まった。父が残した兜と胴丸は千一郎が引き継いでいるため、百次郎には新しい物が用意された。
だが問題は刀だ。
父親の遺品にはいくつかの銘入りがあった。しかし、それらは本来、大名や御家人が持つ物であり、百次郎のような地頭の息子、しかも次男が持つべき物ではない。百次郎は、蔵に残った数打ち物の中から、見栄えの良い太刀を1振選び、それを佩いていくことにした。

そして出立の日。屋敷を出る百次郎を見送ろうと集まった領民達の前で、千一郎が1振の日本刀を差し出した。

「百次郎、これを持って行け」

百次郎は思わず瞠目した。それは、兄が父の跡を引き継ぐ際に、祖父から渡された国宗の太刀だった。

「こんな立派な物を受け取るわけにはいきません。私には打ち物を1振でも拝領すれば充分です」

慌てて返そうとする百次郎に、兄は優しく笑いかける。

「よいから持って行け。それがあれば父上がお前を守ってくれよう。これからお前が相手にする輩にはこれでも力不足かもしれん」

兄は暗に『闇の者』を指して言っているのだろう。直接口にしないのは周囲にいる見送りの者達を気遣ってのことだ。

百次郎は兄に深く頭を下げると腰に国宗を佩き、都を目指して旅立った。

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