戦後生まれの刀剣小説家

山本兼一

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『いっしん虎徹』『おれは清麿』で実在した刀工も取り上げた山本兼一(やまもとけんいち)。42歳の年に作家デビュー後、病で早世するまでの15年間の作家生活のなかで20作以上の単行本を遺しました。その作品の多くでは技術者・職人への注目がなされ、道具に注目し続ける先輩作家・東郷隆も想起させます。そんな山本兼一は体験取材を重んじ、刀工小説では刀匠・河内國平への綿密な取材に基づいたうえで独自の美学が導き出されています。

織田信長の暗殺者の物語達

弾正の鷹

弾正の鷹

山本兼一は出版社勤務などを経て、故郷・京都を拠点にフリーライターとして活動します。

42歳の年、近江の守護大名・六角承禎(ろっかくじょうてい:義賢)に鉄砲撃ちを命じられる僧侶・杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅぼう)を主人公とした短編「信長を撃つ」(1998年『小説NON』掲載)で作家デビューします。そしてその翌年、同掲載誌が主催した小説NON創刊150号記念短編時代小説賞(選考委員・笹沢左保)で佳作を受賞しました。

受賞作は、織田信長に不満を持つ武将・松永弾正久秀の側女を主人公とした短編「弾正の鷹」(1999年『小説NON』掲載)です。殺された堺の商人の娘だった主人公が織田信長を親の敵とし、鷹匠の弟子となる物語です。師となる韃靼人(だったんじん:モンゴル系遊牧民族)の鷹匠は鷹による暗殺法を会得しています。

鷹匠の取材期間には3年かかったと言います。題材を選ぶにあたり山本兼一は、司馬遼太郎ら先人とは違うものをという考えから技術者・職人の世界を選び採ったと明かしています。

その後も山本兼一は同賞を主催した掲載誌で、織田信長の暗殺者を題材にした短編を発表し続けました。甲斐武田の乱破の草、鉄砲集団・雑賀党を率いた雑賀(鈴木)孫一傘下の鉄砲衆、室町幕府第15代将軍・足利義昭と契った遊び女が、それぞれ主人公です。

信長テクノクラート三部作を執筆

短編「弾正の鷹」の成果は長編のもととなります。

火天の城

火天の城

作者初の長編で書き下ろし『戦国秘録 白鷹伝』(2002年)です。主人公は、浅井長政・織田信長・豊臣秀吉徳川家康に仕えた実在の鷹匠・小林家次(こばやしいえつぐ:のち家鷹)です。

その2年後、織田信長の居城・安土城を手がけた熱田神宮の宮大工・岡部又右衛門(おかべまたえもん)親子を主人公にした書き下ろし『火天の城』(2004年)を発表します。

5年かけた取材に基づく短編「安土の城の草」(2000年『小説NON』掲載。短編集収録時「安土の草」改題)をもとにしました。『火天の城』は第11回松本清張賞受賞を受賞(2004年)。発表の5年後に映画化されるなど、山本兼一の最初の代表作となりました。

『火天の城』発表の4年後には、織田信長の鉄砲の師匠・橋本一巴(はしもといっぱ)を主人公にした書き下ろし『雷神の筒』(2006年)を発表します。『戦国秘録 白鷹伝』『火天の城』『雷神の筒』の技術者・職人を主人公にした3作は、「信長テクノクラート三部作」と称されます。

山本兼一以前には築城家については白井喬二『富士に立つ影』、鉄砲撃ちについては司馬遼太郎『尻啖え孫市』などの歴史・時代小説が先行しています。また、武具へのこだわりは東郷隆が先行しています。

刀工・長曽祢興里虎徹入道の生涯を描く

そして日本刀を取り上げたいと考え、江戸時代前期を生きた刀工・長曽祢興里(ながそねおきさと:入道名・虎徹)に注目します。

彼が慶長(1596~1615年)以前の古刀と慶長以後の新刀が生まれてくる移行期に生きたこと、彼が鍛えた虎徹の姿は新刀でも鉄は古刀の深い味わいがあり、新しいのに伝統の良さがあることから選択したと言います。

山本兼一は学んでいた居合術の縁を辿り、人間国宝の刀匠・宮入行平(昭平)の弟子・河内國平奈良県東吉野村)、研師・藤代興里、小笠原信夫(元・東京国立博物館刀剣室長・工芸課長)、たたら村下(むらげ)・木原明(日刀保たたらの技師長)に取材を行なっています。

いっしん虎徹

いっしん虎徹

3年の取材期間を経て、『いっしん虎徹』(2005~2006年『別冊文藝春秋』連載)の表題で長曽祢興里の生涯が描かれました。同じ題材は古くは柴田練三郎の短編「虎徹」などがあります。

同作では、越前での甲冑鍛冶から江戸に移って刀鍛冶となり、虎徹の銘を名乗り活躍した65年の生涯が描かれます。そこに、消えた藤四郎行光(鎌倉時代の刀工)の短刀の行方探しと、刀工・越前(下坂)康継家を長曽祢興里のライバルとする創作がなされました。

初代・越前(下坂)康継は、徳川家康二男・結城秀康越前北ノ庄藩初代藩主)に見出されます。そののち徳川家康と徳川秀忠(徳川家康三男)の初代と第2代の江戸幕府将軍の元で江戸幕府御用鍛冶を務めます。

『いっしん虎徹』では、その越前康継家の2代・3代によるお家騒動も重要な要素となっています。

刀でいちばん大切なのは品格

山本兼一は、長曽祢興里の刀剣観を次のように記しました。長曽祢興里は弟子の正吉に語ります。

「死と生。死ぬこと、生きること。刀は、死生の哲理をきわめる道具よ」
「死生の哲理……」
「殺すべきか、生かすべきか――。死ぬべきか、生きるべきか――。さらにいえば、人はなぜ生き、なぜ死ぬのか――。刀を手にした者は、かならず死と生を考える。どうだ、ちがうか?」
「たしかに……」
「ただ斬るだけが刀なら、美しい姿など必要ない。冴えた地鉄にこだわらずともよい。人の五人や十人、どんななまくら刀でも斬り殺せる。しかし、そんな刀を鍛えたいわけではない」
「それは……、その通りです」
「死生の哲理をきわめ、なおそのうえで、実際に人の生き死にをつかさどる道具であるならば、姿にも鉄にも刃文にも、気品がなければならぬ。尊厳がなければならぬ。刀鍛冶は、それを形にするのが仕事だ」
「気品と尊厳……、ですか」
「ああ、刀でいちばん大切なのは品格だ。それを打ち出そうと、日々、悪戦苦闘しながら刀を鍛えておる」

『いっしん虎徹』より

幕末の道具商・刀剣商を描く

狂い咲き正宗

狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎

また、信長テクノクラート三部作に取り組むなかで道具商にも注目します。

故郷・京都での大学生時代の古道具市場のアルバイト体験と、執筆にあたり取得した古物商鑑札の実績をもとにして、幕末の京の道具屋の夫婦を主人公とした連作短編『とびきり屋見立て帖』シリーズを執筆します(2004~2013年『オール讀物』不定期掲載)。

江戸時代後期、江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の時代を舞台に、芹沢鴨、近藤勇、土方歳三高杉晋作勝海舟坂本龍馬らも登場します。その第1話では、近藤勇が虎徹に合う鍔を求めて夫婦の道具屋を訪れます。

単行本化にあたり、『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』『ええもんひとつ とびきり屋見立て帖』『赤絵そうめん とびきり屋見立て帖』『利休の茶杓 とびきり屋見立て帖』としてまとめられました。

また、幕末の江戸の御腰物奉行の長男であったにもかかわらず、父と喧嘩して刀剣商に婿入りした主人公の連作短編も執筆します(2005~2008年『小説現代』不定期掲載)。

刀匠・河内國平との会話がきっかけだったと言う同作では、正宗、村正、清麿、康継、国広、助広、虎徹の日本刀を各短編で取り上げ、『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』として単行本化されました。

また同作はシリーズ化され、主人公が刀剣詐欺師を追って五箇伝の地(相州・美濃・山城・大和・備前)を巡る長編も書かれます(2008~2010年『小説現代』隔月連載)。

こちらは『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』として単行本化されました。

直木三十五賞受賞以前以後

山本兼一は『利休にたずねよ』(2006~2008年『歴史街道』連載)で第140回直木三十五賞受賞を受賞します(2008年)。千利休を題材にした歴史・時代小説は海音寺潮五郎『茶道太閤記』を筆頭に、野上弥生子『秀吉と利休』や井上靖『本覚坊遺文』らが先行しています。

利休にたずねよ

利休にたずねよ

『火天の城』に次ぐ題材として、豊臣秀吉と同じ時代を生きた茶人・千利休を見出したと山本兼一は言い、執筆にあたり表千家の稽古に数年参加しています。『利休にたずねよ』は連載終了の5年後に映画化(2013年)。『火天の城』に続く代表作となりました。

この時期、掲載誌、テーマも広がります。

小野鉄太郎(のちの幕臣・山岡鉄舟。江戸無血開城へ至る交渉に携わる)の生涯を記した『命もいらず名もいらず』(2006~2008年『京都新聞』他連載、2008~2009年『NHK出版 WEBマガジン』連載。単行本時『命もいらず名もいらず 幕末篇』と『命もいらず名もいらず 明治篇』に)。執筆にあたり、小川山岡鉄舟会の会員にもなっています。

続いて、大航海時代に日本にやってきた7人の西洋人を主人公にした連作短編集『ジパング島発見記』(2007~2009年『小説すばる』不定期掲載)、石見銀山が世界遺産に登録された年に連載の始まった冒険活劇『銀の島』(2007~2008年『小説トリッパー』連載。単行本時『ザビエルの墓標』改題)を発表します。

前者では戦国時代に来日し『日本史』を記したイエズス会宣教師ルイス・フロイスの書き残しという形式で書き、後者ではイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルと同時期に日本に潜入した架空のポルトガル人を主人公にするなど、西洋から見た日本に取り組みました。

直木三十五賞受賞後はさらにそれまでの山本兼一のイメージとは別の題材に取り組みます。

金貸し屋の夫が役者と心中した妻の死の謎を巡る時代劇ミステリー『心中しぐれ吉原』(2008~2009年『月刊ランティエ』連載)。修験道の祖・役行者が藤原京遷都を実行しようとする大和朝廷に挑む伝奇作『神変 役小角絵巻』(2008~2010年『Web小説中公』連載)。

本能寺の変における朝廷黒幕説にて正親町天皇(おおぎまちてんのう)を黒幕とした『信長死すべし』(2009~2010年『本の旅人』連載)。足利義輝・織田信長・豊臣秀吉の時代を生きた絵師・狩野永徳の生涯を長谷川等伯とのライバル心と共に描いた『花鳥の夢』(2009~2011年『別冊文藝春秋』連載)。エッセイ『利休の風景』(2010~2011年『淡交』連載)。

これらにはのちに友人となる作家・安部龍太郎(『信長燃ゆ』にて朝廷黒幕説を普及。『等伯』で直木三十五賞受賞)への対抗心がうかがえます。

刀工・源清麿の生涯を描く

そして、再び実在した刀工を書きます。幕末の刀工・源清麿(みなもときよまろ)です。

おれは清麿

おれは清麿

『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』の単行本の表紙に使用した7振の日本刀の1振の持ち主で長野県在住の源清麿の刀剣愛好家との縁がきっかけでした。

源清麿生誕200年(2013年)を念頭に執筆されることととなり、『破邪の剣』(2010~2011年『小説NON』連載。単行本時『おれは清麿』改題)と題されました。

山本兼一以前には、吉川英治『山浦清麿』や斎藤鈴子『刀工源清麿』(のち『幕末の刀匠 源清麿』改題)、源清麿の架空の弟子を主人公にした隆慶一郎『鬼麿斬人剣』などの歴史・時代小説が先行しています。

また評伝では、長曽祢興里(虎徹)、山浦清麿(源清麿)、そして宮入行平(昭平)については海音寺潮五郎が『日本の名匠』収録の「名匠伝」で取り上げています。

刀はおれだ。

源清麿は本名の山浦環から、旗本で兵法学者・窪田清音(くぼたすがね)の元で鍛冶名を山浦環正行・源清麿と順に名乗ります。

銘変更の間の長州藩・萩行きを経て、江戸での住まいにちなむ四谷正宗と称されるほどに高い評価を得るものの、42歳のとき謎の自死によってその生涯を閉じました。

『おれは清麿』ではその生涯に、源清麿の兄の刀工で信州松代藩などに仕えた山浦真雄の試し切りの史実、2代目水心子正秀(すいしんしまさひで)の弟子・大慶直胤(たいけいなおたね)、7代目山田朝右衛門・吉利など刀工や試し切り役が効果的に取り上げられます。

山本兼一は取材過程にて、源清麿の萩行きは借金の逃避行によるという定説ではなく、自筆文章を見出したことから長州藩の家老・村田清風(むらたせいふう)に招かれていたという発見をしています。

そんな源清麿の刀剣観を山本兼一は次のように記しました。

――刀はおれだ。おれ自身だ。
そう思えば、打つべき刀の姿がくっきりと浮かんだ。
男なら、大地を踏みしめる足もとから、脳天を突き抜けて天に突き立つ勇ましい心を持っている。
それをかたちにすればよい。
――おれの心を刀にする。
正宗ではない。兼氏ではない。康継でも虎徹でもない。相州伝でも備前伝でも、美濃伝でもない。誰に習ったのでもないこのおれの突き立つ志をかたちにするのだ。

『おれは清麿』より

刀匠・河内國平のノンフィクションを遺す

その後もテーマは広がります。

立花宗茂の妻で鉄砲隊を率いた立花誾千代(たちばなぎんちよ)の生涯を描いた『まりしてん誾千代姫』(2010年『文蔵』連載)と、石田三成を主人公に関ヶ原の戦いの当日1日を描いた『修羅走る 関ヶ原』(2011~2012年『小説すばる』連載)の戦国武将関連を。

仕事は心を叩け。刀匠・河内國平・鍛錬の言葉

仕事は心を叩け。
刀匠・河内國平 鍛錬の言葉

そして、江戸時代後期を生きた多彩な鉄炮鍛冶師・国友一貫斎の生涯を描いた『夢をまことに』(2012~2013年『京都新聞』連載)。肺の病が発覚してからは、平安京遷都にまつわる政争を題材にした未完の遺作『平安楽土』(2013年『中央公論』断筆)を執筆しました。

この間、河内國平への聞き書きをまとめます。その表題には『仕事は心を叩け。 刀匠・河内國平 鍛錬の言葉』(2013年)と付けられました。

徹底した体験取材に基づき、技術者・職人に注視し続けた山本兼一。その刀剣小説では、刀匠・河内國平との出会いをきっかけとする考えが至る所に息づいています。

著者名:三宅顕人

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