戦後生まれの刀剣小説家

佐藤賢一

文字サイズ

『新徴組』であまり注目されていなかった故郷の史実を取り上げた佐藤賢一(さとうけんいち)。明治新政府の下で賊軍となった庄内藩への注目は、同じく賊軍となった会津藩を描き続けた早乙女貢と同じ志向です。
自身初の日本を舞台にした時代小説では織田信長は女性だったとした佐藤賢一。その刀剣世界には、歴史に別の角度から光を当てようとする視点が常にあります。

デビュー作はスペインに渡った武士の物語

ジャガーになった男

ジャガーになった男

佐藤賢一は山形県鶴岡市に生まれ育ちます。少年漫画に夢中の子供時代を経て、地元の大学入学後に文学に親しみます。

貧乏学生時代、安い文庫ばかりを手に取るなかでアレクサンドル・デュマ『三銃士』に夢中になります。こうして西洋史・フランス文学に目覚め、卒論では14世紀の百年戦争時期のフランスを題材にしました。

東北大学大学院文学研究科・西洋史学専攻修士課程修了後、同フランス語学フランス文学専攻在学中に応募した『ジャガーになった男』が第6回小説すばる新人賞を受賞します(1993年)。

同作は架空の人物、伊達藩藩士・斉藤小兵太寅吉が主人公です。藩主・伊達政宗の家臣・支倉常長(はせくらつねなが)率いる慶長遣欧使節に参加後、そのままイスパニア(スペイン)に残ります。

関ヶ原の戦い以後、戦場のなくなっていく日本ではなく、武士としての生き方をヨーロッパに求めます。

司馬遼太郎から学ぶ

国盗り物語

国盗り物語

佐藤賢一はデビュー後、研究者と小説家の二足の草鞋を履くなかで、改めて小説の勉強に取り組みます。そのとき、司馬遼太郎山本周五郎、同郷の藤沢周平などの日本の歴史・時代小説の魅力に気づきます。

なかでも司馬遼太郎の『国盗り物語』(主人公は斎藤道三織田信長明智光秀)から、歴史が持つダイナミズムを描く力に感銘を受けたと言います。

デビュー作以降は、専門の中世フランスを取り上げます。フランスとイギリスの百年戦争物を続けて発表します(『傭兵ピエール』『赤目 ジャックリーの乱』『双頭の鷲』)。

そして大学院を中退し、作家を専業とした翌年、フランス王ルイ12世の王妃ジャンヌ・ドゥ・フランスの離婚を描いた『王妃の離婚』で第121回直木三十五賞を受賞しました(1999年)。受賞後その名が広く知られるようになり、『傭兵ピエール』は宝塚歌劇団によって舞台化され、舞台化に合わせて漫画化もされました(2003年)。

その後も主にフランスを舞台にしたヨーロッパ物を数々発表していきます(『カエサルを撃て』、『カルチェ・ラタン』、『二人のガスコン』、『オクシタニア』、『黒い悪魔』、『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』、『剣闘士スパルタクス』、『褐色の文豪』、『カポネ』)。

フランスを中心としたヨーロッパを描くうえで佐藤賢一は、身近な人間らしさを描くことにこだわると述べています。

少女漫画『ベルサイユのばら』と宝塚歌劇団による舞台化によってもたらされたとする日本人が持つきらびやかなイメージとは異なるヨーロッパの姿を目指していると言います。

女性・織田信長を通して戦国時代を描く

女信長

女信長

作家デビューの12年後、自身初の新聞連載を執筆します。自身初の日本を舞台にした時代小説ともなった『女信長』(2005年『毎日新聞』連載)では、織田信長は女性だったという大胆なフィクションを描きました。

30代のうちに日本史に挑みたかったこと、挑むなら人気ジャンルの戦国時代か幕末のどちらかをと考えたと言い、書き尽くされたテーマでどれだけ新しいことができるかが課題だったと言います。

女性の織田信長は戦略的に斎藤道三、柴田勝家浅井長政、明智光秀と身体を交わし、浅井長政の継室とした妹・お市の方と浅井長政を時に奪い合います。

織田信長は女性だったからこそ前例に縛られずに鉄砲や商いに大いに関心を寄せ、豊臣秀吉を嫌い、徳川家康に恋心を抱かれていたとしました。

同作は単行本化の3年後に舞台化(2009年)、その4年後に天海祐希(宝塚歌劇団出身)主演でテレビドラマ化されました(2013年)。

もうひとつの新徴組を通して幕末を描く

新徴組

新徴組

その後も西洋を舞台にした小説を書くなかで(『アメリカ第二次南北戦争』、第68回毎日出版文化賞・特別賞を受賞することになる『小説フランス革命』)、2度目の新聞連載『新徴組(しんちょうぐみ)』(2007~2008年『山形新聞』他連載)を執筆します。

故郷の新聞で庄内藩(本拠地は現在の山形県鶴岡市)を題材にしました。

主人公は沖田総司の義兄、沖田林太郎(おきたりんたろう)です。

沖田林太郎は八王子千人同心(*八王子に配置された郷士集団)の家に生まれました。近藤周助(天然理心流剣術3代目宗家:4代目となる近藤勇の養父)の門人となり、天然理心流の三術(剣術・柔術・棒術)と気合術のうち剣術の免許を得ます。

沖田みつ(白河藩藩士の娘)と結婚し沖田家の家督を継いだことで沖田総司の義兄となりました。白河藩脱藩後、過激な尊王攘夷派・清川八郎(庄内藩藩士)が徳川家茂(江戸幕府第14代将軍)の上洛にあたり発案した将軍護衛集団・浪士組に参加します。

京都に向かうも浪士組は消滅。京都に残った近藤勇・沖田総司を含む面々は壬生浪士組(のちの新選組:京都守護職会津藩預かり)に、江戸に戻った沖田林太郎を含む面々は新徴組(庄内藩預かり)となりました。沖田林太郎は、江戸市中の警備を行なう新徴組で組頭となります。

『新徴組』では、天然理心流の江戸道場・試衛館での交流、新徴組の誕生、庄内藩家老の息子・酒井吉之丞了恒(さかいきちのじょうのりつね:のち玄蕃)との友情、江戸薩摩藩邸の焼討、鳥羽・伏見の戦い、庄内藩の江戸払い、会津藩との同盟、清川口の戦いにおける新政府軍撃退、奥羽越列藩同盟、離脱した新庄藩制圧、久保田藩(秋田藩)離脱、米沢藩仙台藩降伏、酒井繁之丞忠篤 (さかいしげのじょうただずみ:第11代庄内藩藩主)の投降などが描かれました。

沖田林太郎と沖田総司

『新徴組』では沖田林太郎は、沖田総司の憧れの存在とされます。

「ああ、そうさ。あの前のめりの構えから、飛び出したのが三段突きだった。タン、タ、タンてな奴。あれには痺れたね。うん、あれは真似しないでいられなかった。義兄さんみたいになりたくってね。あんな凄い剣法は他にないように思えてね」
林太郎は絶句した。三段突きと言えば、今や沖田総司の代名詞と言うべき必勝の剣である。それが俺を真似た物だったとは……。

『新徴組』より

もう1人の主人公・酒井吉之丞了恒(玄蕃)

第1部江戸編に続く第2部庄内編では、庄内藩の酒井吉之丞了恒(玄蕃)がもう1人の主人公と言える活躍をします。

庄内藩は地元の豪商・本間家を通じてプロシアから近代兵器の導入を図りました。奥羽越列藩同盟がことごとく新政府軍(薩摩藩・長州藩)に切り崩されていくなかで、最新兵器を駆使し庄内藩は負け知らずを誇ることになります。

『新徴組』ではその史実をふまえ、酒井吉之丞了恒(玄蕃)の外国へのまなざしが書かれました。

最近の吉之丞は、フランス語に凝っていた。そも蘭学に興味があり、オランダ語の心得ならあるのだが、それも江戸に出てみると、当世はフランス語だというのだ。幕府は軍事を洋式に変えつつあり、その手本と目しているのがフランスのそれだった。江戸には軍事顧問として、フランス人も何人かいた。フランス語で書かれた兵法書もあり、これが面白そうだったのだ。

『新徴組』より

明治新政府に逆らったフランス軍人を通して幕末を描く

ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ

ラ・ミッション
軍事顧問ブリュネ

佐藤賢一はさらに西洋を舞台にした小説を書くなかで(『象牙色の賢者』、『ペリー』、『黒王妃』、『かの名はポンパドール』)、『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』(2013~2014年『オール讀物』連載)を執筆します。

主人公は軍事顧問団の副団長として江戸時代最後の年に来日したジュール・ブリュネ大尉です。ハリウッド映画『ラストサムライ』のモデルになった人物です。フランス軍はナポレオン3世と徳川慶喜(江戸幕府第15代将軍)との結びつきから日本へやってきました。勘定奉行・小栗上野介忠順が後ろ盾でした。

第1部ヨコアマ編では、来日、武士以外の無頼漢を集めた幕府伝習隊へのフランス式大砲訓練、鳥羽・伏見の戦いの敗戦、江戸城無血開城、軍事顧問団の副団長解任までを描き、第2部アコダテ編では、明治新政府誕生後にフランス政府の意向に逆らい榎本釜次郎(武揚)に合流し、箱館戦争への同行、戦争終結後フランスへ帰国して亡くなるまでの半生が記されました。

ジュール・ブリュネと土方歳三

『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』で佐藤賢一は、ジュール・ブリュネが通訳の田島金太郎に『三銃士』の銃士の1人・アラミスのあだ名を付けていた史実などから、フランスロマン主義の全盛期を日本に見出し、武士の姿をジュール・ブリュネに見出します。

それはのちに箱館戦争で多くの時間を共にすることになる土方歳三との交流を通して描かれます。ジュール・ブリュネは来日してすぐに大坂城にて土方歳三と出会ったとされました。

みれば、男は日本の刀だけである。銃など担いでいなかったし、また銃を扱うにはダブダブの袖が邪魔になるだろうと思われた。戦場でも刀や槍だけだったということだ。
(中略)
いうまでもなく、政府軍も洋式の軍隊を採用している。が、規模が大きいだけに全軍ではない。支給が足りる足りないの問題を措いても、銃など使いたがらない輩は少なくなかった。ああ、日本人はそうなのだ。刀槍の力を信じて、それを手放したがらない手合いは、まだまだ多いというわけだ。しかし、もう骨身に沁みた。だから、なあ、あんた、唐人だろう。最新のことも分かってんだろう。
「この俺に戦争を教えてくれ」
そう続けたとき、男は目に悔し涙のような物を浮かべていた。
ジッタロウを介して、ブリュネは尋ねた。
「名前は」
「土方だ。土方歳三」

『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』より

『新徴組』の続編は西郷隆盛を通じて明治維新を描く

遺訓

遺訓

その後も西洋を舞台にした作品は続きます(『ハンニバル戦争』、『ナポレオン』シリーズ、サン=テグジュペリの生涯を描く『最終飛行』)。

そして『新徴組』の続編『遺訓』(2016~2017年『波』連載)を発表しました。

沖田林太郎の息子で『新徴組』でも活躍したもと・新徴組隊士の沖田芳次郎(おきたよしじろう)が主人公です。

戊辰戦争終了後、新政府軍に警戒されることとなった庄内藩の酒井了恒(玄蕃:大泉県参事)と庄内藩とつながりの深い西郷隆盛の警護役として創作され、西郷隆盛が自決する西南戦争終結までが描かれます。第57作目のNHK大河ドラマ『西郷どん』と同時期でした(2018年)。

表題は西郷隆盛が庄内藩に残した遺訓集『南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん)』から採られています。庄内藩は旧幕府軍として賊軍となった物の西郷隆盛の意向によって寛大な措置が取られます。

庄内藩から大泉藩・大泉県・酒田県などと変遷する明治時代初頭、前藩主・酒井忠篤と酒井了恒(玄蕃)らが鹿児島を訪れ、西郷隆盛に話をうかがった内容がまとめられています。

佐藤賢一の故郷の埋もれた歴史を掘り起こそうとする姿勢は、曾祖父が会津藩藩士だったことから会津藩に生涯取り組んだ早乙女貢や、故郷・加賀藩前田家に生涯取り組んだ戸部新十郎、故郷・陸奥を書き続ける高橋克彦などの姿勢に通じます。

戦国時代と幕末という2大人気ジャンルに挑戦し続ける佐藤賢一。書き尽くされたと語るジャンルに新しさをもたらすうえで、あまり知られることのない人物を発掘し、新しい歴史の見方を創出しようとしています。

それは故郷復興の視点によっても支えられています。

著者名:三宅顕人

佐藤賢一

佐藤賢一をSNSでシェアする

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

「戦後生まれの刀剣小説家」の記事を読む


宮部みゆき

宮部みゆき
時代小説短編集『本所深川ふしぎ草紙』『かまいたち』を皮切りにミステリー作家と同時に時代小説家としても活躍を続ける宮部みゆき(みやべみゆき)。捕物帳物の創始者・岡本綺堂や南町奉行・根岸肥前守鎮衛が書き留めた江戸時代の巷の奇談に大いに影響を受けました。地元・深川を拠点に生み出されるその時代小説では、恐ろしく妖しくも、どこか人情味あふれる日本刀が描かれます。

宮部みゆき

山本兼一

山本兼一
『いっしん虎徹』『おれは清麿』で実在した刀工も取り上げた山本兼一(やまもとけんいち)。42歳の年に作家デビュー後、病で早世するまでの15年間の作家生活のなかで20作以上の単行本を遺しました。その作品の多くでは技術者・職人への注目がなされ、道具に注目し続ける先輩作家・東郷隆も想起させます。そんな山本兼一は体験取材を重んじ、刀工小説では刀匠・河内國平への綿密な取材に基づいたうえで独自の美学が導き出されています。

山本兼一

真保裕一

真保裕一
『覇王の番人』『天魔ゆく空』で時代小説に挑んだミステリー作家・真保裕一(しんぽゆういち)。ミステリー小説と時代小説との両ジャンルの交点は、海外のミステリー小説の時代小説化のはじまりである捕物帳物の創始者・岡本綺堂に辿ることができます。明智光秀と細川政元を題材とした真保裕一の時代小説では、細川家を中心とした独自の戦国時代史観が見出せます。それは織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と語られる戦国三英傑と称される歴史の流れとは別の見方です。

真保裕一

乙川優三郎

乙川優三郎
中・短編集『生きる』で直木三十五賞を受賞した乙川優三郎(おとかわゆうざぶろう)。その静謐な文体から藤沢周平の継承者としても語られます。時代小説で初の山本周五郎賞を受賞、中山義秀文学賞も受賞した乙川優三郎の刀剣世界には、武家が抱える不自由さを女性を重んじることで解き放とうとする刀剣観が見出せます。

乙川優三郎

宇月原晴明

宇月原晴明
『聚楽 太閤の錬金窟』を含む戦国3部作を発表した宇月原晴明(うつきばらはるあき)。戦国3部作は山田風太郎、司馬遼太郎のオマージュであることを公言しています。歴史・時代小説と同時にフランスの異端文学にも傾倒する宇月原晴明の刀剣世界では、善と悪の二元論を錬金術や両性具有者によって乗り越えようとする幻想的な試みがなされています。

宇月原晴明

垣根涼介

垣根涼介
『光秀の定理』で自身初の時代小説を発表した垣根涼介(かきねりょうすけ)。歴史・時代小説への目覚めは司馬遼太郎でした。大手求人広告会社、旅行代理店での勤務経験を持ち、時代小説のなかでも人が働く、人が動く心理に注目します。そこでは定理や原理を掘り下げるなかで、無頼(アウトサイダー)や落ちこぼれの存在の重要性が見出されます。

垣根涼介

木下昌輝

木下昌輝
デビュー作の中編『宇喜多の捨て嫁』を収録した単行本が直木三十五賞候補となるなど鮮烈なデビュー期となった木下昌輝(きのしたまさき)。その作風には司馬遼太郎を乗り越えるようとする強い意志があります。その際あまり知られることのない歴史の敗者に光を当て、骨太な歴史・時代小説の装いのなかに講談的な物語が描かれます。

木下昌輝

冲方丁

冲方丁
『天地明察』で知られる冲方丁(うぶかたとう)。その時代小説では帰国子女だった冲方丁の視点による日本が描かれます。国と国やジャンルの違いのなかに共通点を見出し、日本の根源を見つめ、幕府と朝廷との融合に注目します。

冲方丁

北方謙三

北方謙三
『武王の門』で自身初の歴史小説に挑んだ北方謙三(きたかたけんぞう)。その初期作では、歴史学者・網野善彦による当時最新の中世研究が踏まえられました。後醍醐天皇を中心とした時代を舞台に、武力を有する公家と土地に縛られない武士(悪党)との拮抗を北方謙三はとらえようとしました。

北方謙三

注目ワード

注目ワード