戦後生まれの刀剣小説家

木下昌輝

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デビュー作の中編『宇喜多の捨て嫁』を収録した単行本が直木三十五賞候補となるなど鮮烈なデビュー期となった木下昌輝(きのしたまさき)。その作風には司馬遼太郎を乗り越えるようとする強い意志があります。その際あまり知られることのない歴史の敗者に光を当て、骨太な歴史・時代小説の装いのなかに講談的な物語が描かれます。

司馬遼太郎からの影響

竜馬がゆく

竜馬がゆく

木下昌輝は奈良県で生まれ育ち、子供の頃は漫画家やアニメーターに憧れました。

吉川英治の『三国志』に基づいた横山光輝の漫画『三国志』に大きな影響を受け、その後、田中芳樹の大河ファンタジー『アルスラーン戦記』やSF『銀河英雄伝説』、宮崎駿のアニメーション映画『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』に夢中になりました。

そして高知県出身の母親の勧めで司馬遼太郎『竜馬がゆく』を読み、以後、『燃えよ剣』、『新選組血風録』、『関ヶ原』、『坂の上の雲』、『項羽と劉邦』などの司馬遼太郎作品を読んでいったと言います。

関西を拠点とした司馬遼太郎と同様に、筒井康隆や中島らもといった関西ゆかりの作家にも大いに親しみました。

初単行本『宇喜多の捨て嫁』が直木三十五賞候補に

宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

大学卒業後はハウスメーカーに就職し、退職後にフリーライターとなり、大阪文学学校に学びます。

同校は田辺聖子や玄月といった芥川龍之介賞受賞者や、直木三十五賞受賞者・朝井まかてなどを輩出しています。

在学中には、織田信長が三国志の時代にタイムスリップする小説を書いています。東村アキコの漫画『ひまわりっ 健一レジェンド』のなかで頻出する三国志ネタの影響を受けたことがきっかけでした。

在学中に『オール讀物』、『小説現代』、『小説 野性時代』の賞に応募。そのなかで中編『宇喜多の捨て嫁』が第92回オール讀物新人賞を受賞しました(2012年)。

同題材との出会いはフリーライター時代に知った古武道・竹内流 備中伝がきっかけだったと述べています。同流派の創始者・竹内久盛は宇喜多直家に滅ぼされました。

竹内流には下剋上時代ならではのなりふり構わず勝てさえすれば良い現実的な要素があったことから、木下昌輝は司馬遼太郎とは別のアプローチができると感じたと言います。

同中編を表題とした単行本はその後、多くの賞を受賞することになります。

中編『宇喜多の捨て嫁』と同じ掲載雑誌初出の短編1作と書き下ろしの短編4作を加えて単行本化した年、第152回直木三十五賞の候補(2014年)となります。

そして第2回高校生直木賞(2014年)、第4回歴史時代作家クラブ賞・新人賞(2015年)、第9回舟橋聖一文学賞(2015年)を受賞しました。こうした成果から第33回咲くやこの花賞[文芸その他部門・小説]も受賞しています(2015年)。

悪人の剣客の娘を描く

中編『宇喜多の捨て嫁』は宇喜多直家の四女・於葉(およう)を主人公に、悪人として語られる父のもとに生まれた娘の生き様が描かれます。

江戸時代初期に活動した儒学者・小瀬甫庵(おぜほあん)は『太閤記』で斎藤道三松永久秀、宇喜多直家の3人を主家を乗っ取った悪人としました。

江戸時代中期に記された備前国(岡山県)の地誌『和気絹(わけぎぬ)』によれば、宇喜多直家は気に入らない者は自身の娘や養女と縁組みさせるなどし、謀殺(ぼうさつ:計画的に人を殺すこと)を行なったとされます(祖父の敵・島村盛実、舅・中山信正、縁戚関係の松田元輝・松田元賢親子、金光宗高、後藤勝基など)。

また、主君・浦上宗景(備前国)を脅かした三村家親(備中国)を三村家の顔見知りを使って鉄砲による暗殺を行なわせもします。けれどもその主君・浦上宗景へ下剋上しました。

浦上宗景を1度目は赤松政秀(播磨国)と織田信長軍と組んで攻めるも敗北。2度目に毛利輝元(安芸国)と組んで主君・浦上宗景を打ち倒しました。晩年は悪性の腫瘍に悩み、その病がもとで亡くなったとされます。

宇喜多直家の四女・於葉は父の命で、後藤勝基(美作国武将)へ嫁いでいます。中編『宇喜多の捨て嫁』では於葉は武芸に秀でたとし、父への葛藤を武芸を通して描きます。

父・直家によって無惨に仕物(暗殺)された者たちの名前を思い浮かべた。
――中山“備中”信正。
――島村“貫阿弥”盛実。
――穝所“治部”元常。
――金光“与次郎”宗高。
そして、顔を覚える前に自害した母・富の名が、まるで寺鐘のように頭のなかで木霊する。
噛むようにして、木刀を握った。
息をひとつ長く吐き、於葉は木刀を構える。かるさんという洋風袴に覆われた足を前後に大きく開き、両腕を振り上げた。先程の言葉をかき消すように、木刀を打ち下ろす。
頭によぎるのは、父の諜略の犠牲になった姉たちの姿だ。自害した長女の初、気がふれてしまった次女の楓。そして主家に嫁いだ三女の小梅も浮かんでくる。木刀を打ち下ろすたびに彼女たちの姿が現れ、また打ち下ろすたびに消えていく。

『宇喜多の捨て嫁』より

戦人の最期の一日を描く

戦国十二刻 終わりのとき

戦国十二刻 終わりのとき

続いて、血気盛んな幕末の志士達は、じつは人魚の血肉を食べたことで血を求め不老不死を叶えようとしていたという着想の書き下ろし『人魚ノ肉』(2015年)を発表します。

同作のきっかけは第49作目・NHK大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)を観て司馬遼太郎の呪縛を感じ、それを乗り越えようと山田風太郎『魔界転生』などの伝奇的な世界観を導入したと述べています。同作は第6回山田風太郎賞の候補にもなりました。

同作では坂本龍馬・中岡慎太郎・岡田以蔵・芹沢鴨・近藤勇・土方歳三・沖田総司・斎藤一ら著名な人物だけでなく、平山五郎・佐野七五三之助・大石鍬次郎・沼尻小文吾・河合奢三郎といったあまり知られることのない新撰組隊士も取り上げています。

その翌年、関西・大阪21世紀協会のWEBサイト記事「なにわ大坂をつくった100人」への原稿をもとに、上方落語の祖・米沢彦八の生涯を描いた『天下一の軽口男』(2016年)を書き下ろします。のちに舞台化され、その年に第7回大阪ほんま本大賞(2019年)を受賞しています。

そして『戦国24時 さいごの刻』(2016年『小説宝石』不定期連載に書き下ろし。文庫化の際『戦国十二刻 終わりのとき』改題)では、戦人が亡くなるまで24時間を取り上げます。

豊臣秀吉の子かどうか疑われていた豊臣秀頼と母・淀の方の大坂夏の陣、その存在が曖昧とされる武田信玄の家臣・山本勘助桶狭間の戦いにて亡き兄・玄広恵探(げんこうえたん)が夢のなかに現れた逸話のある今川義元、塚原卜伝を剣術の師とする足利義輝室町幕府第13代将軍)が暗殺された永禄の変、『奥羽永慶軍記』においては伊達政宗仙台藩初代藩主)に射殺されたとされるその父・伊達輝宗、そして今際の際の徳川家康を描きました。

こうした手法は山本兼一関ヶ原の戦いの当日だけを取り上げた『修羅走る 関ヶ原』などが先行しています。山本兼一も司馬遼太郎を意識して乗り越えようとしていた作家の1人です。

新たな宮本武蔵像を描く

敵の名は、宮本武蔵

敵の名は、宮本武蔵

大きな影響力を誇る司馬遼太郎とは異なる独自の切り口を目指す木下昌輝は、『敵の名は、宮本武蔵』(2015~2016年『本の旅人』『小説 野性時代』掲載)を発表します。

講談で語られていた荒唐無稽な宮本武蔵像を吉川英治が『宮本武蔵』で1人の人間として大ヒットさせた題材を取り上げます。日中戦争へ向かうムードのなかで書かれた吉川英治版宮本武蔵では聖人君子として描かれたことに対して、司馬遼太郎は短編「真贋宮本武蔵」で士官を求め続けた人間味ある姿を採っています。

そんな宮本武蔵像を、木下昌輝は敗者の側から取り上げました。

有馬喜兵衛(鹿島新当流)、クサリ鎌のシシド、京の吉岡源左衛門(号:憲法)、大瀬戸と辻風(柳生新陰流)、幸坂甚太郎(円明流門下)、津田(厳流)小次郎、宮本無二(十手当理流)の面々を描きます。

独自の父殺しを創作

その際、吉川英治、司馬遼太郎に続き柴田錬三郎が『決闘者 宮本武蔵』で描いたのと同様に父の敵の物語を独自に導入します。

史実では宮本無二の養子ともされている宮本武蔵は、『敵の名は、宮本武蔵』では宮本無二の弟子・本位田外記(ほんいでんげき)の子としました。恋人を争い合う2人ではあるものの宮本家は本位田家よりも身分の低い複雑な関係です。

その本位田外記の弟子を津田(厳流)小次郎とします。また、宮本武蔵門下の青木条(城)右衛門は、宮本無二の一番弟子で宮本武蔵の兄弟子としました。

史実では宮本無二は新免家の新免宗貫に仕えたとされます。その新免家は美作の後藤勝基に仕えていた豪族とされ、その後、宇喜多直家へと仕えたとされています。

『敵の名は、宮本武蔵』はデビュー作の中編『宇喜多の捨て嫁』と同時代の物語でもあります。

木下昌輝は『敵の名は、宮本武蔵』で独自の父の敵の物語を描くにあたり、宮本無二を自殺が罪とされるキリシタンとして創作しました。

武蔵の肩越しから射す夕陽に、無二は古流十手をかざしたのだ。十文字の刃が、強烈な陽光を反射させる。武蔵の顔面を四つに分かつ光が刻まれた。
武蔵が目を瞑る。無二は狂声とともに地を蹴った。
武蔵の二刀はまだ腰にあり、両手はにさえ触れていない。
無二の体に染みついた本能が、武蔵を殺すための自己矛盾の一撃を生み出した。右手の長刀を、無二は容赦なく武蔵へと打ち落とす。これ以上ないというほどの凄惨さで。
切っ先は、躊躇なく飛刀の間を越境した。 無二は後悔する。
こともあろうに、己を殺してくれる刺客を自身の手で殺めようとしているのだ。

『敵の名は、宮本武蔵』より

戦国本シリーズに参加

兵

2014年から複数の小説家が参加する「決戦!」を掲げたアンソロジーがシリーズで刊行されます(2014年~:関ヶ原、大坂城、本能寺、三国志、川中島、桶狭間、忠臣蔵、新選組、関ヶ原2、賤ヶ岳、設楽原)。

木下昌輝も数刊に参加し、それらを中心とした短編は『兵(つわもの)』(2018年)としてまとめられました。

毛利輝元の使僧・安国寺恵瓊(あんこくじえけい)、武田信玄と豊臣秀吉家臣・真田昌幸の子で真田信繁(幸村)、明智光秀の盟友・細川(長岡)藤孝(幽斉)、上杉政虎(謙信)家臣・甘粕景持(あまかすかげもち)、羽柴(豊臣)秀吉家臣・加藤虎之助(清正)を独自の視点で取り上げました。

単行本化の際、今川義元の家臣・岡部五郎兵衛元信に討ち取られた水野藤九郎(十郎左衛門)信近の短編も加えられます。

岡部五郎兵衛元信は桶狭間の戦いで敗れた主君の首を織田信長から取り戻した武勇を持ち、水野藤九郎(十郎左衛門)信近は今川義元と織田信長の両者に通じていたとされます。

さらに五摂家(*摂政・関白を独占した5つの公家)に入らない公家・菊亭晴季(きくていはるすえ)の下僕・道鬼斎が命を受け日ノ本一の兵を探し求める書き下ろしも挿入され、1冊の独自の物語に仕上げられました。

その後の木下昌輝

炯眼に候

炯眼に候

デビューから4年ほどで独自の作風を浸透させたあとも精力的に作品を発表していきます。

長編では、自身初の新聞連載で豊臣秀吉の生涯を描いた『秀吉の活』(2016~2017年『山口新聞』他連載)、宇喜多直家の子・宇喜多秀家の生涯を描いた『宇喜多の楽土』(2016~2017年『別冊文藝春秋』連載)、土佐藩のお抱え浮世絵師・弘瀬金蔵の生涯を描いた『絵金、闇を塗る』(2017~2018年『小説すばる』連載)、四天王寺の宮大工・金剛組を描いた『金剛の塔』(2017~2018年『読楽』連載)を発表します。

なかでも『絵金、闇を塗る』は単行本化の年、第7回野村胡堂文学賞を受賞しました(2019年)。

短編では、織田信長を取り巻く7人を取り上げた連作短編集『炯眼に候』(2016~2018年『オール讀物』不定期掲載)、『戦国24時 さいごの刻』から続く『はじまりの刻』(2016~2019年『小説宝石』掲載)を発表します。

『炯眼に候』では、荒川新八郎、毛利新介、杉谷善住坊、弥助、九鬼嘉隆、明智光秀、又助(太田牛一)とあまり知られることのない面々を取り上げました。

さらには新文芸雑誌の創刊企画「信長プロジェクト」で、天野純希『信長、天が誅する』との同時連載企画による連作短編集『信長、天を堕とす』(2016~2019年『小説幻冬』連載)も発表します。

現在は、松波庄五郎・斎藤道三・斎藤義龍の3世代を描く『蝮三代記』(2017年~『小説トリッパー』連載中)、戦国時代の小姓など衆道をテーマにした連作短編『戀童夢幻(れんどうむげん)』(2018年~『小説新潮』連載中)を執筆する木下昌輝。そこには司馬遼太郎を乗り越えようとするために、骨太な歴史・時代小説の装いのなかで歴史の敗者を含む人知れぬ人物に光を当て、講談的な世界が描かれています。

著者名:三宅顕人

木下昌輝

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