戦後生まれの刀剣小説家

乙川優三郎

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中・短編集『生きる』で直木三十五賞を受賞した乙川優三郎(おとかわゆうざぶろう)。その静謐な文体から藤沢周平の継承者としても語られます。時代小説で初の山本周五郎賞を受賞、中山義秀文学賞も受賞した乙川優三郎の刀剣世界には、武家が抱える不自由さを女性を重んじることで解き放とうとする刀剣観が見出せます。

時代小説大賞受賞作・主人公は商人になった武士

霧の橋

霧の橋

乙川優三郎は、ホテル勤務や会社経営など様々な職に就くなかで、オール讀物新人賞、松本清張賞、小説現代新人賞などに投稿を続けます。そして43歳の年、投稿作の短編「藪燕」が第76回オール讀物新人賞を受賞します(1996年)。その同じ年、投稿作『霧の橋』も第7回時代小説大賞を受賞しました(1996年)。

乙川優三郎初の単行本となった『霧の橋』は、武家から商人となった紅屋惣兵衛(べにやそうべえ)が主人公です。彼は父の敵を討つため国元・陸奥国(現在の福島県宮城県岩手県青森県)の一関を出て10年をかけて敵討を果たします。けれども国元に帰るとお家は取りつぶしになっていました。

そんな所在なき時、江戸で乱暴されかかっていた商人の娘を偶然助けたことで結婚へ。名を変えて娘の家業だった化粧用の紅を扱う江戸の商人となります。紅屋惣兵衛は、献身的に尽くしてくれる商人の妻に感謝する一方で、時折顔を出す元・武家として過去に揺れ動きます。

商戦も果たし合い

乙川優三郎は、商人の世界に飛び込んだ紅屋惣兵衛の気持ちを次のように記しました。
 

商人には惣兵衛が考えていたよりも遥かに欲深い連中が多く、おのれの身代を増やすためなら仲間を蹴落としてでも伸し上がろうとする。もちろん武家の社会にも似たようなことはあったが、武家が決められた役職を争うのに対し、商人は金と知恵で自らの地位を築いてゆく。それが商人の面白みと言えぬこともないが、寄合では親しく酒を酌み交わし歓談する仲間が、陰では平然と足の引っ張り合いをしているのかと思うと、ひどく陰湿な世界へ飛び込んだような気もする。

『霧の橋』より

物語はやがて商人同士の対決に至ります。商売繁盛する小店の紅屋に大店の小間物問屋・勝田屋善蔵が巧妙な乗っ取りを仕掛けてきます。

乙川優三郎は、妻のためあくまで商人として生きようとする紅屋惣兵衛の姿を、商売の先輩・松葉屋三右衛門に次のように語らせて表現しました。
 

「要は果たし合いと思えばいいのです、もちろんひとり対ひとりの勝負です、しかし当日になり相手は卑怯にも鎖帷子を着込んできます、そのせいか自信満々のようです、一方紅屋さんは素手に小太刀のみですが、これがたいへんよく切れる業物です、勝負は果たしてどちらの勝ちでしょうか……」

『霧の橋』より

時代小説大賞の変遷

時代小説大賞は、朝日放送創立40周年を記念として創設(1990年)。受賞作はテレビドラマ化されました。乙川優三郎の『霧の橋』はテレビドラマ化にあたり、『霧の橋の決闘!みちのく紅花女と必殺男・江戸の中小企業がんばる!』と題されました。

乙川優三郎以前には、6名が受賞しています。

第1回は尾形光琳を慕う女性を主人公とした鳥越碧『雁金屋草紙』。以降、羽太雄平『本多の狐』(単行本時『本多の狐 徳川家康の秘宝』改題)、吉村正一郎『西鶴人情橋』、藤井素介『流人群像 坩堝の島』(単行本時『海鳴りやまず 八丈流人群像』改題)、大久保智弘『わが胸は蒼茫たり』(単行本時『水の砦 福島正則最後の闘い』改題)、中村勝行(のち黒崎裕一郎)『蘭と狗』(文庫化の際『蘭と狗 長英破牢』改題)が受賞しています。

雁金屋草紙

雁金屋草紙

乙川優三郎受賞以後には、松井今朝子『仲蔵狂乱』、平山壽三郎『東京城の夕映え』(単行本時『東京城残影』改題)、押川國秋『八丁堀慕情・流刑の女』(単行本時『十手人』改題)が受賞しています。賞の性格からプロの脚本家の受賞者が多いのが特徴です(中村勝行、松井今朝子、押川國秋)。

同賞の選考委員には、尾崎秀樹 津本陽 半村良 平岩弓枝 村松友視が名を連ねました。選考委員で大衆文学の発展に大きく寄与した文芸評論家・尾崎秀樹が没した年、全10回で終了しています(1999年)。

それから10年後、マスコミ主催による時代小説を掲げる文学賞が新たに創設されています。朝日新聞出版の設立を記念した朝日時代小説大賞です(2009~2018年)。テレビ朝日が協賛しました。選考委員は、児玉清、縄田一男、山本一力、山本兼一、松井今朝子、葉室麟が務めました。

山本周五郎賞初の時代小説

その後、乙川優三郎の時代小説は賞候補の常連となります。

書き下ろし『喜知次』(1998年)が直木三十五賞の候補に。中編集『椿山』(1998年)が吉川英治文学新人賞を受賞。短編集『屋烏』(1999年)を経て、書き下ろし『蔓の端々』(2000年)が再び直木三十五賞の候補となります。

藤沢周平が逝去した翌年から直木三十五賞候補が続いた乙川優三郎作品では、身分違いの幼馴染との友情・藩内抗争を巧みにもちいる藤沢周平へのオマージュとも言える内容が続きました。

五年の梅

五年の梅

そして、短編集『五年の梅』(2000年)で第14回山本周五郎賞を受賞しました。選考委員を井上ひさし、田辺聖子、野坂昭如、藤沢周平、山口瞳が初期に務めた同賞では現代劇の受賞が続いたなかで、時代小説で乙川優三郎が初の受賞者となりました。

表題作の短編「五年の梅」(1998年『小説新潮』掲載)では、互いに想いを寄せあっていた男女の5年後を描きます。主人公の武士は、藩主を諌めたことで蟄居となります。その間に許嫁同様だった親友の妹は、家の借金を理由に他家に嫁ぐことになりました。

嫁ぎ先では高利貸しまがいの守銭奴の夫による苦労が絶えません。5年後に蟄居が解けたとき、主人公はかつての想い人を救うため、守銭奴の夫へ自身の大小の刀を30両での取り引きを申し出ます。

直木三十五賞受賞の中・短編集『生きる』

その後、書き下ろし『かずら野』(2001年)でも直木三十五賞候補に。江戸時代後期、借金のために妾奉公として商家に売られた真田家松代藩の足軽の娘が主人公です。そしてその翌年、中・短編集『生きる』(2002年)で第127回直木三十五賞を受賞しました。

生きる

生きる

単行本の表題作となった中編『生きる』(1999年『オール讀物』掲載)では、江戸時代初期の北国のとある藩を舞台に、高齢の家臣の苦悩を描きます。

主人公は、主君の死に殉ずる名誉の追腹を家老より禁じられます。江戸時代前期、江戸幕府第4代将軍・徳川家綱の時代に発布された殉死禁止令以前の時代設定です。当時の義を欠くことになった主人公は事情を知る妻を除いて、娘婿が追腹をした一人娘からも、当然周囲からも責められるなかで生きていくことになります。

短編「安穏河原」(2000年『オール讀物』掲載)では、江戸時代中期、娘を身売りした武士とその娘の行く末を書きます。武士は信州の小藩の郡奉行だったものの、藩の財政危機に対する意見が顧みられなかったことから退身。一家で江戸に出ます。武士としての信念を貫いた結果、貧しさを招き、娘を身売りすることになりました。

短編「早梅記」(2001年『オール讀物』掲載)は、妻子と疎遠になった晩年の武士がある女性のことを想う回想録です。主人公にはかつて妻同然だった女中がいました。出世が約束された縁談を選んだ際、その女中を妾にしようとするも潔く身を引かれ、女中は姿を消しました。

収録された3作で乙川優三郎は、武士の見栄と不自由さを描きました。

名誉の追腹か? 家の存続か?

中編『生きる』の主人公、年配の家老・石田又右衛門(いしだまたえもん)は現藩主に最も恩義のある家臣です。追腹禁止令の発案者、筆頭家老の梶谷半左衛門は、石田家の存続を保証する起請誓紙を持参したうえで、石田又右衛門と同じく現藩主に恩義のある年配の家老・小野寺郡蔵との2人を前にして次のように語ります。

「わしはな、小野寺、そなたにも石田にも生きてもらいたいと考えておる、禁令をもってしてもおそらく追腹はなくなるまい、逆に抗議の意味で腹を切るものが現れるかも知れん、うまく数が減れば減ったで他家の嘲笑を浴びるであろう、しかしそれでも追腹はなくしたい、同じ命を捧げるのであれば、まこと御家のためになることに捧げるのが家臣の務め、そのことを生きてその身で家中に示してもらいたいのだ」
「しかし、それでは……」
「卑怯もの、臆病もの、恩知らずと罵られるであろう、わしにはそれを止めることもたいした手助けもできぬ、それだけ二人にはつらく長い戦になるであろう、だが必ずや汚名を雪ぐ日は来る」
「………」
「どうであろう、今日ここで死んだつもりで生きてくれぬか、殿もそれでよいと仰せられるに違いない、いずれ宗之さまにもわしから事実を申し上げよう」

『生きる』より

けれども、そこには、筆頭家老の梶谷派と次席家老の深田派との派閥争いが隠されていました。追腹を抑えることで次期藩主・宗之の下でも多数派を維持しようとする梶谷半左衛門の思惑がのちに判明します。

物語の最後、藩を守るためではなく一筆頭家老の私利私欲のためであった追原禁止令の不条理さに、石田又右衛門の娘があるひとつの解決をもたらします。

中山義秀文学賞受賞以後

武家用心集

武家用心集

幕末を舞台に画家として生きようとする武家の娘を主人公とした『冬の標』(2002年『読売新聞』連載)を経て、現代にも通じる武家社会の不自由さを描いた8編の短編集『武家用心集』(2003年)で、乙川優三郎は第10回中山義秀文学賞受賞しました(2004年)。

その後は時代小説を10年ほど発表し続けたのち、現代劇へ移行します。その第1作、終戦直後の日本を舞台に木地師を主人公とした『脊梁山脈』(2012年『小説新潮』隔月連載)は、第40回大佛次郎賞を受賞しています(2013年)。

藤沢周平没後にその継承者として見出されていく乙川優三郎。また、時代小説で初の山本周五郎賞の受賞者となった乙川優三郎。その多くの作品では、武家が抱える不自由さを女性を重んじることで解き放とうとする刀剣観が見出せます。それは山本周五郎と藤沢周平が真摯に戦後に向き合った刀剣観と同質です。

著者名:三宅顕人

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山本兼一

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『いっしん虎徹』『おれは清麿』で実在した刀工も取り上げた山本兼一(やまもとけんいち)。42歳の年に作家デビュー後、病で早世するまでの15年間の作家生活のなかで20作以上の単行本を遺しました。その作品の多くでは技術者・職人への注目がなされ、道具に注目し続ける先輩作家・東郷隆も想起させます。そんな山本兼一は体験取材を重んじ、刀工小説では刀匠・河内國平への綿密な取材に基づいたうえで独自の美学が導き出されています。

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時代小説短編集『本所深川ふしぎ草紙』『かまいたち』を皮切りにミステリー作家と同時に時代小説家としても活躍を続ける宮部みゆき(みやべみゆき)。捕物帳物の創始者・岡本綺堂や南町奉行・根岸肥前守鎮衛が書き留めた江戸時代の巷の奇談に大いに影響を受けました。地元・深川を拠点に生み出されるその時代小説では、恐ろしく妖しくも、どこか人情味あふれる日本刀が描かれます。

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