戦後生まれの刀剣小説家

青山文平

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『白樫の樹の下で』でデビューして以来、江戸中・後期を舞台にした時代小説を書き続ける青山文平(あおやまぶんぺい)。経済系出版社でコピーライターだったその作風は経済・時代小説とも呼べ、刀の時代から金の時代へと移り変わるなかでの武士の生き様が軸となっています。また物語の肝として、あまり知られることのない史実や江戸時代の制度が登場するのも特徴です。その静謐な文体は、山本周五郎や藤沢周平も想起させます。

松本清張賞受賞の経済・時代小説

青山文平は、影山雄作名義による、システムエンジニアと霊との交流を書いた短編「俺たちの水晶宮」で第18回中央公論新人賞を受賞し、デビューします(1992年)。

白樫の樹の下で

白樫の樹の下で

しかしその後は芽が出ず、年金生活の不安を意識した時期、再起をかけて時代小説に挑みます。そして青山文平名義『白樫の樹の下で』で第18回松本清張賞を受賞。63歳の年に再デビューしました(2011年)。同賞には青山文平受賞以前では、第11回山本兼一『火天の城』、第14回葉室麟『銀漢の賦』などの歴史・時代小説が受賞しています。

『白樫の樹の下で』は、江戸幕府第11代将軍・江戸幕府徳川家斉の時代が舞台です。

主人公は、江戸で提灯貼りの内職をする貧乏な御家人(*将軍に御目見えできない江戸時代の武士)・村上登です。村上登には2人の幼馴染の剣術道場仲間がおり、3人は御家人のなかで無役の者である小普請組(こぶしんぐみ)です。土木工事を司る役職で役所への勤務の必要はないものの、小普請金を上納する義務はありました。村上登は道場剣法の腕は立つものの人を斬ったことはなく、武士の時代は風前の灯火です。

名刀・一竿子忠綱の名声がもたらす謎

『白樫の樹の下で』では、一口(ふり)の名刀が物語の重要な要素です。

村上登の前にろうそく問屋の二男坊で剣術道場・錬尚館で町人でありながらも目録を取る巳乃介(みのすけ)が現れ、三口の刀の話をします。その巳乃介が最も大切にした一口が、一竿子忠綱(いっかんしただつな)でした。

老中・田沼意次の息子で若年寄の田沼意知(たぬまおきとも)は、旗本・佐野政言(さのまさこと)に斬られたことがきっかけで命を落とします。結果、佐野政言は世直し大明神とも称されました。

このとき佐野政言が使った脇差が一竿子忠綱でした。青山文平はこの史実に基づき、名声による一竿子忠綱の価格の急上昇を物語の肝としました。

青山文平は、そんな一竿子忠綱の良さを、金のなさから竹光を腰に差している主人公・村上登の内面を通して詳細に記しました。

黙って部屋の角に控えた巳乃介を確かめてから腰に差して、薄く吸った息を丹田に収め、切り手を柄にかけて、鞘の内を峰で滑らせてみれば、しかし、右手の小指と薬指が柄に吸い付くようで、水鳥が飛び立つように鞘を抜けようとする。その異様な速さに戸惑いつつ、左手を添え、手の内をつくると、柄はいよいよ諸手と一つとなり、肘を伸ばそうと思う間もなく、物打は、登が想った所よりも一尺先に悠々と届いていた。

『白樫の樹の下』より

在銘の日本刀を取り上げた短編たち

その後も青山文平は、あまり知られていない史実を巧みに取り入れ、江戸時代後期を小説の舞台にし、武士の生き様を書きます。

11代・徳川家斉の時代を舞台にした書き下ろし『かけおちる』(2012年)では、疲弊した北国の小藩を鮭の養殖によって救おうとする武士が主人公です。

主人公は、自身と出会う前に駆け落ち経験の過去を持つと噂される女性を妻に迎えます。そして妻との間に子を授かるも妻は駆け落ちしてしまい、主人公は自らの手で妻を討とうします。妻と密通した相手を討つ妻敵討(めがたきうち)を題材にしました。

10代・徳川家治の時代を舞台にした『流水浮木 最後の太刀』(2013年『波』連載。文庫化の際『伊賀の残光』改題)は、元・伊賀者で鉄砲百人組を勤めながら生活のためにサツキを育てる老年の武士が主人公です。

鉄砲百人組は、伊賀・甲賀・根来・二十五騎で編成され、江戸城の大手三の門などを守ります。その実態については歴史学者・磯田道史が、江戸に移住させられた甲賀忍者が隠密ではなく鉄砲隊にされ、江戸城の警備にさせられたことに不満を持っていたことを古文書から明らかにしています。

春山入り

春山入り

そして、刀を巡る6作の短編集『約定』(2014年)を発表します(文庫化の際『春山入り』改題)。各短編では、越中則重、備前長船長重、備前長船祐定、相州住康国、埋忠明寿津田越前守助広などの刀剣・日本刀が登場します。

2つの表題作、短編「約定」では3年後に約束した果たし合いのすれ違いの謎を証明するものとして越中則重がかかわります。短編「春山入り」では津田越前守助広に対して無銘の長柄刀が武士としての感情を呼び起こす妖刀として登場します。

大藪春彦賞受賞の経済・時代小説

鬼はもとより

鬼はもとより

青山文平は書き下ろし『鬼はもとより』(2014年)で第17回大藪春彦賞を受賞します(2015年)。

江戸時代中期、江戸幕府第9代将軍・徳川家重の時代を舞台にした同作では、財政難の際に各藩が独自に発行した藩札を主題としました。北国の小藩で御馬回りだった主人公・奥脇抄一郎(おくわきしょういちろう)は、藩札による改革に携わることになるも藩は取りつぶしになります。

そして浪人として江戸にかけおちて万年青(おもと:観葉植物)売りとして暮らすことになります。そんな日々のなかで、北国の赤貧の藩に請われて藩札指南役としてかつての経験をもう一度試みることになります。

衰退する武士道を記す

梶原派一刀流の主人公・奥脇抄一郎の気分は、剣を通して次のように書かれます。

藩は武芸第一を繰り返していたが、それは内証が厳しい藩の常道で、武芸奨励には金がかからないからだ。おまけに、稽古で余計な力を使い果たせば、若さゆえの跳ね返りも防ぐことができる。誰もがそれを分かっているから、笛が吹かれても踊る者は稀で、けっして剣が嫌いでない抄一郎も、周りの空気と無縁ではいられなかった。

『鬼はもとより』より

直木三十五賞受賞以後の青山文平

つまをめとらば

つまをめとらば

青山文平はその後、独自の視点による江戸時代の夫婦の姿・不思議な女性を書いた6つの短編集『つまをめとらば』(2015年)で、第154回直木三十五賞受賞しました。このとき史上2番目の高齢受賞となる67歳でした。

続く、11代・徳川家斉の時代を舞台にした6つの連作短編集『半席』(2016年) は、おすすめ文庫王国2019にて国内ミステリー部門第1位を受賞しました。同連作では、旗本への出世を望む御家人・片岡直人(役職は徒目付:監察・内偵などを担う)が、出世に関心のなさそうに見える上役から頼まれた事件の動機を渋々調べます。

将軍の御目見を許される旗本は一代では継承性が認められない制度です。片岡直人の父は旗本に一度なったもののすぐに将軍の御目見を許されない御家人に戻りました。その片岡直人の状態を青山文平は「半席」と表現しました。

そして近年も同様の主題に取り組みます。

書き下ろし『励み場』(2016年)では、小作人以下の農民・名子(なご)を題材にしました 。江戸時代の厳密な士農工商のイメージは明治時代以降に広まったもので、実際は武家でも二男・三男は町人になる者もおり、庶民(町人・百姓)も江戸時代中期以降に始まった御家人株の購入やそろばんができれば勘定所から武士への道が開けました。

同作では、9代・徳川家重の時代、名子の家系から真の武家とならんとする江戸の勘定所普請役の夫とその妻の生き様を書きます。身分を上げて行くことが可能な勘定所を青山文平は「励み場」と表現しました。

その後も、江戸時代中期以降を生きる武家の女性を独自の視点で描いた3つの短・中編集『遠縁の女』(2017年)。貧しい架空の小藩が能を通じて将軍とのつながりを作り藩政改革を成すことになる『跳ぶ男』(2017~2019年『別冊文藝春秋』連載)を発表しています。

年金生活を意識したことにより時代小説で再デビューに至った青山文平。以来、あまり知られることのない史実や江戸時代の制度を登場させ、刀の時代から金の時代へと移り変わるなかでの武士の生き様を書き続けています。

著者名:三宅顕人

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時代小説短編集『本所深川ふしぎ草紙』『かまいたち』を皮切りにミステリー作家と同時に時代小説家としても活躍を続ける宮部みゆき(みやべみゆき)。捕物帳物の創始者・岡本綺堂や南町奉行・根岸肥前守鎮衛が書き留めた江戸時代の巷の奇談に大いに影響を受けました。地元・深川を拠点に生み出されるその時代小説では、恐ろしく妖しくも、どこか人情味あふれる日本刀が描かれます。

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