現代のしきたり・風習

熱田神宮刀剣ならびに技術奉納

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三種の神器のひとつ、「草薙劒」(くさなぎのつるぎ)が祀られている熱田神宮。そのご神前で、毎年7月に「刀剣鍛錬奉納」、そして8月には「刀剣研磨等技術奉納」が行なわれています。日本刀制作や熱田神宮での刀剣にまつわる行事、そして熱田神宮についても触れていきます。

日本刀制作や技術の伝承

儀式に使われる太刀として、また武器として発達してきた日本刀は、日本独自の工芸品です。形やあしらいなど時代とともに変化しながらも、素材や制作については歴代の職人達から受け継がれた技術が用いられています。技術のなかには弟子ですら観て学ぶしかないとされるものもあり、制作に携わった刀匠によって刀の持ち味が異なるのも刀剣鑑賞の魅力でしょう。

熱田神宮

熱田神宮

ただし、近年は日本刀を作る機会も少なく技術の継承者が減少しており、より広く技術の伝承をしようと熱田神宮での技術奉納が始められたようです。

熱田神宮は三種の神器のひとつ、「草薙劒」(くさなぎのつるぎ)が祀られる場所であり、日本を代表する御神前での技術奉納は文化的な意義も大きいでしょう。

熱田神宮では毎年7月に「刀剣鍛錬奉納」、8月には「刀剣研磨等技術奉納」が行なわれており、伝統的な技を間近で観られる絶好の機会となっています。

御神前で日本刀を鍛える刀剣鍛錬奉納

05_熱田神宮内の刀剣鍛錬奉納

熱田神宮内の刀剣鍛錬奉納

毎年7月7日に近い週末3日間、ご神前にある鍛錬所にて刀剣鍛錬奉納が行なわれます。初日、2日目、3日目と、それぞれ工程が異なり、2日目の午後には一般参拝者も槌を振って鍛錬が体験可能。毎年多くの方が参加されます。

まず初日は「火入れの儀」として御神火(ごじんか)を頂くところから始まり、火床で赤くなった玉鋼(たまはがね)を打って潰す「玉潰し」へ。そして「鍛錬」により、鉄を何度も折り返して鍛えて心鉄皮鉄を組み合わせながら延ばしていきます。

2日目はさらに工程が進み、刀身の形ができあがっていきます。赤めた鉄を水打(みずうち)により長さや幅、形や表面を整えていく「素延べ」、刃先を薄く叩き出すなどして細部を整えていく「火造り」、刀の厚みを揃えていく「生仕上げ」。

そして、刃先との焼きを調整するための焼刃土(やきばつち)を刀身に塗る「土置き」が行なわれ、日没後に「焼き入れ」へと進みます。熱した刀を急冷させて反り刃文が表れる大事な工程で、焼き入れ後の刀身を間近で観ることもできるようですが、刃文については研磨するまではっきりとは見えないようです。

3日目は(なかご)の形を整え、仕立てやすりをかけていき、たがねでを切ったら奉納奉告祭へと進みます。打ち上げられた日本刀を奉納して、7月の刀剣鍛錬奉納は終わります。3日間で一連の流れをじっくりと観られる機会は珍しく、鍛錬所は壁がなく冷房も効かないため真夏で蒸し暑いにもかかわらず見物人が入れ代わり立ち代わり訪れています。

研磨・白鞘・鎺(はばき)等の奉納

研磨・白鞘・鎺(はばき)の奉納

研磨・白鞘・鎺(はばき)の奉納

7月は鍛錬技術と作られた日本刀が奉納されますが、8月の奉納では日本刀制作にかかわる多様な職人数名がご神前に並び、一斉に技術奉納が行なわれます。このときに奉納される技術は、「研磨」、「白鞘」、「」(はばき)、「刀身彫刻」、「漆塗り」です。

研磨とは文字通り日本刀を研いで磨くことであり、切れ味や美しさを引き出すこと。白鞘は無加工の木材を用いて刀にあわせたを作ること。鎺とは鞘と刀身を固定するため、刀身の手元部分に嵌める金具を作ること。

刀身彫刻とは刀身の細い溝・(ひ)のように重量の調整という役割もかねながら、日本刀の持ち主の信仰心を反映して梵字(ぼんじ)、倶利伽羅(くりから)、神仏の尊像や昇り竜など様々な意匠を打ち込むこと。

そして漆塗りとは、(こしらえ)のひとつ。拵とは、刀の外装のことを言い、鞘(さや)、茎(なかご)を入れる(つか)、鍔(つば)を総称した言葉です。鞘には漆を塗りこめるだけでなく、金属、染色なども用いられており、技術奉納では漆がけをする様子が観られます。

タイミングによっては見物人も日本刀を持たせてもらえる、あるいは研ぐ体験をさせてもらえることもあるようで、一度に様々な技術が観られる貴重な機会です。

日本刀の原料と洋鋼材の違い

たたら製鉄 玉鋼誕生物語

玉鋼を作る「たたら製鉄」の歴史を動画にてご紹介します。

たたら製鉄 玉鋼誕生物語

日本刀の制作には、出雲地方の砂鉄が使用されてきました。その砂鉄を用いて低温還元精錬する「たたら製鉄」は、現在の鉄鉱石やコークスで製鋼された洋鋼材に比べて鉄の純度が高く、粘りがあり、折れにくくしなやかな日本刀に仕上がります。

現在でも日本刀を制作する際は、洋鋼材ではなく古式にのっとって作られた玉鋼が使用されています。ただし、現代では復元が困難な技術もあり、昔の刃物を再利用して刀の素材に用いられることもあるようです。

出雲地方と言えば、日本神話のひとつ・八岐大蛇(やまたのおろち)の退治と草薙劒の逸話が残されている地であり、古来より良質な鉄の産地としても知られています。そして草薙劒は現在、熱田神宮に鎮座しており、熱田神宮の設立にもかかわりがあるようです。

熱田神宮は草薙劒を祀ったのがはじまり

「日本書紀」によれば三種の神器は地へ降りるニニギノミコトへアマテラスが授けた物であり、「鏡を私だと思って祀りなさい」と伝えたということから常に天皇と共にある物とされていました。そのように大事な神器の本体が宮中に留め置かれていないのにはいくつかの事情があり、そのひとつは熱田神宮とかかわりがあるとされています。

八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉

八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉

草薙劒について、一説にはスサノオが八岐大蛇を退治した際に体内から見つけた物であり、のちに東征の守護剣としてヤマトタケルに授けられたと言われています。

しかし、あるときヤマトタケルは劒を尾張国の妻・宮簀媛命(みやすひめのみこと)に預けて出かけ、そのまま三重県亀山市能褒野(のぼの)で命を落として帰らぬ人に。残された妻がご神体として尾張の地に草薙劒を祀ったのが熱田神宮のはじまりと言われているそうです。

以来、熱田神宮は延喜式名神大社・勅祭社に名を連ねながらも地域から親しまれてきました。毎年70を超える祭典・神事が昔ながらの手振り(ならわしのこと)で行なわれており、近年は刀剣鍛錬奉納と刀剣研磨等技術奉納も尊い行事のひとつとして続けられています。

熱田神宮刀剣ならびに技術奉納

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