現代のしきたり・風習

関伝古式日本刀鍛錬 打ち初め式

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現代においても「関の刃物はよく切れる」と評判であり、刀匠達の刃物づくりが受け継がれる関市。関市での刀鍛冶の歴史などを伝える関鍛冶伝承館で毎年正月に行なわれる「古式日本刀鍛錬打ち初め式・刀剣研磨外装技術仕事始め式」について、また関鍛冶ゆかりの春日神社についてもご紹介します。

関市で継承される刀鍛冶の年初めの行事

トンテンカン、トンテンカン…白装束の刀鍛冶が大槌を持ち、赤く熱された鋼を一定のリズムで打ち続ける日本刀鍛錬。リズミカルな槌音とともに火花が飛び散る様子は、迫力そのもの。

古式日本刀鍛錬打ち初め式

古式日本刀鍛錬打ち初め式

岐阜県関市にある関鍛冶伝承館の「日本刀鍛錬場」では日本刀鍛錬の実演が定期的に行なわれており、なかでも1月2日の「古式日本刀鍛錬打ち初め式・刀剣研磨外装技術仕事始め式」は毎年、多くの見物人で賑わいます。

関市は現在も刃物の街として知られており、これまでにも数多くの名匠を輩出してきました。

定期的に行なう古式日本刀鍛錬の実演も、普段は刀鍛冶に受け継がれてきた技術・文化を伝承するイベントですが、1月2日の実演は意味合いが異なります。「打ち初め、仕事始め」とあるように、刀鍛冶や技能師らが1年間の盛業と安全を祈る年始めの行事です。

刃物まつりと関鍛冶伝承館

刃物まつり

刃物まつり

関市では毎年11月8日を「いい刃の日」として刃物まつりが開催されており、関鍛冶伝承館ではこの日も日本刀鍛錬や刀剣研磨等外装技術の実演があります。

お祭りのメイン会場の本町通りでは刃物の名店がずらりと並び、刃物大廉売市ではここでしか購入できないアウトレット品などを求めて、お店の人と交渉をする愛好家の姿も見られるほどです。

関鍛冶伝承館では日本刀鍛錬の実演はもちろん、鎌倉時代から続く関鍛冶の技術や刀剣文化を伝えています。関を代表する兼元・兼定などの日本刀や、作刀の工程、歴史など様々な資料が展示。また、近現代の関市の刃物製品も展示されており、700年を超える関の刃物文化に触れることができます。

関の刃物文化の始まりは諸説あり、そのなかで元重という人物が関鍛冶の元祖という説があります。これまで元重のを打った刀身がなく、根拠となるのは文献のみでしたが、近年、元重の銘が入った刀が見つかり、2016年に関鍛冶伝承館で特別展示もされました。

関の刃物文化の始まりは鎌倉時代

元重翁之碑

元重翁之碑

関の刃物文化の始まりは鎌倉時代とされており、関鍛冶の元祖は刀鍛冶の元重であるという説については、次のような伝承が残されています。

かつて元重が関へ訪れた際に、日本刀の焼き入れ前に刀身へ塗る「焼刃土」(やきばつち)の良さを目の当たりにし、その土に惚れ込んで住み着いたとか。

その他炉に使う松炭や長良川の良質な水もあり、刀鍛冶にとって理想とする条件を備えた地域として知られるようになると、鎌倉末期から南北朝期にかけて各地の刀鍛冶達が関に移り住むように。

政情が不安定になってきた室町時代後半に日本刀の需要が伸びたこともあって、先に日本刀の産地として栄えていた山城国(京都府)、大和国(奈良県)、相模国(神奈川県)、備前国(岡山県)を追うように美濃国の刀鍛冶は隆盛期を迎えました。

室町時代に関鍛冶は300人を超えていたと言われており、彼らは自治機関として「鍛冶座」を結成。この鍛冶座の中心になったのが「関七流」と呼ばれる流派で、兼定派・三阿弥派・奈良派・徳永派・得印派・良賢派・室屋派のこと。各流派の頭領はそれぞれ子孫が世襲し、後世に伝えられました。

やがて関の日本刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」と全国に広まり、現代の刀鍛冶や刃物産業にも伝統技能が受け継がれています。

関鍛冶ゆかりの春日神社

春日神社

春日神社

現在、関鍛冶伝承館の隣にある春日神社は関の刀鍛冶との関係が深く、打ち初め式でも春日神社でお祓いを受けた刀鍛冶らが鍛錬を行なっています。台風などの影響で何度か再建されていますが、最初に建立されたのは1288年です。

刀鍛冶である元重の子や孫の代に、大和国(現在の奈良県付近)から兼永という刀工を迎えたとされており、信仰深い兼永が出身地の氏神であった春日大社を関へ勧請(かんじょう:神仏の分霊を請じ迎えること)したいと願い出たことが発端のようです。以来、関鍛冶の総氏神とされ、鍛冶座の拠点として、また刀鍛冶の守護神として親しまれてきました。

室町時代に入ると能舞台も造られ、江戸時代までは正月の例祭に奉能も続けられていたようです。上流階級しか振る舞えない能が行なわれたことからも、当時の関鍛冶の活躍が伺えます。現在も春日神社には国指定重要文化財の能装束類などが宝物として数多く保管されています。

刀鍛冶が1年の盛業と安全を祈る行事

研師・鞘師・白銀師らによる仕事始め式

研師・鞘師・白銀師らによる仕事始め式

日本刀ができるまでの工程として、刀鍛冶は砂鉄を玉鋼にし、積み沸かし、折り返し鍛錬、固め、素延べ火造、荒仕上げ、土取り、焼き入れ、荒研ぎするところまでを行ないます。

この次の工程は研師へ、さらに鞘師へと、1振ができあがるまでにはかなりの工程と日数、複数の技術師の手が必要となります。

古式日本刀鍛錬打ち初め式・刀剣研磨外装技術仕事始め式は全行程を行なうのではなく、刀鍛冶による日本刀鍛錬、研師(とぎし)による研磨、鞘師(さやし)・白銀師(しろがねし)・柄巻師(つかまきし)による外装を担う作業のそれぞれ一部が見られるようです。

当日はまず春日神社の拝殿にて修祓の儀(しゅうばつのぎ)から始まり、技能師らがお祓いを受けます。この日は、文化庁認定資格を所有する選ばれし刀工も烏帽子(えぼし)や直垂(ひたたれ)などを身に着けて儀式にあたります。

お祓いを受けると、鍛錬場へ移動して火入れ式へと進み、炉に火をおこして温度が上がるといよいよ日本刀鍛錬です。ここでは主に折り返し鍛錬の工程を実演。炎の色や火花などで温度を確認し、火花を散らしながらリズミカルに打つ様子は、たとえ短時間であっても息を呑む緊張感が漂います。

鍛錬の次は関鍛冶伝承館内の技能公開場にて、研磨や外装工程の仕事始め式と実演公開へ。普段はあまり目にすることのできない熟練の職人技が見られます。それぞれの実演が終わると、最後に関市の刃物が当たる福引きが行なわれて、お昼頃には行事が終了となります。

1年の盛業と無事を願い、技能の公開を行なうこの行事は、儀式に参加する技能師にとっては神聖な意味を持ち、愛好家にとっては五感を研ぎ澄ませた匠の技を間近に感じられる貴重な機会でもあるようです。

美濃伝の故郷 関市美濃伝の故郷 関市
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関伝古式日本刀鍛錬 打ち初め式

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