武士と日本のマナー

握手の文化と日本

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海外の一般的な挨拶は「握手」ですが、日本の一般的な挨拶は「お辞儀」です。日本に握手の文化が入ってきたのは幕末から明治にかけてと言われていますが、なぜ日本では握手が定着していないのでしょうか?握手の歴史や現代で握手を行なうケースなどを解説し、握手の文化と日本の関係性について掘り下げていきます。

世界に通用する握手という挨拶

右手で握手

右手で握手

握手は世界共通の挨拶マナーとして、右手と決まっています。敵意のないこと、武器を持っていないことを表しており、相手と心を通わせる意味もあります。

攻撃用の手を相手に預ける行為は、まさに敵意のないことを表す重要な意味が含まれているのです。

世界共通の認識では右手が利き手ですが、右利きが多い理由として、心臓に近い方の左手が防御の役目をするため、右手は攻撃用の手であったからと言われています。左手が不浄の手とされる国(インドなど)では、左手での握手が相手に対して嫌悪感を示すことにもなります。このように握手は敵対心がないことや親近感を表す、世界共通の挨拶マナーとして定着しているのです。

日本人と握手の歴史

日本に握手の文化が入ってきたのは、幕末から明治にかけてです。日本の風習として比較的新しい習慣となります。それまで日本人にとって、挨拶としての握手は習慣ではありませんでした。

日本人にとっての挨拶とは、お辞儀です。お辞儀の種類は身分の違いや状況に応じて変化はありますが、スキンシップを含むお辞儀はありません。古来日本人には、他人との最初の挨拶でスキンシップを取る行為は考えられませんでした。

挨拶としての意味を持たない手を握り合う行為から見るならば、「手と手を取って喜び合う」という表現方法が古くからありました。「古事記」に史料として見ることができ、また軍記物にも家臣の労をねぎらって手を取る行為が記されています。

これは形式的な挨拶ではなく、かなり親しい間柄で深い人間関係が根底にあってこその喜びの表現。または恋愛感情を持っている者同士が、愛情表現として両手を握り合うという行為が握手に近いものになるのです。

歌舞伎などを観ると、古来の日本人として両手を握り合って愛情表現をする行為が見受けられます。衆人環視のもとでの挨拶ではなく、人目につかない所で行なうお互いの愛情確認。これらから、江戸時代まで日本人の手を握り合う行為とは、喜びや愛情を表現する究極のスキンシップだったと言えるでしょう。

武士が敵意のないことを示す仕草

武士が挨拶として利き手を相手に預けるのは、江戸時代では考えられないことでした。では、相手に対して敵意がないことを示すにはどうしていたのでしょうか。

日本刀を置く

日本刀を置く

主人と座って対面するときには、大刀の刃を自分の方に向けて右側に置きます。日本刀で攻撃するときは、左に帯刀して右手で抜刀するため、刀を右側に置くことは敵意がないことを表していました。

さらに、右側に置いた日本刀の刃を自分の側に向けると、刀の反りの関係上なおさら抜刀しにくい形になり、攻撃のできない状態であることを相手にアピールできます。

手を握るほど近い距離は、武士にとって間合いが近すぎて無防備。しかも、大小の刀を左腰に差していますから、人に近づくと日本刀同士が相手にぶつかるなど、危険で無礼な行為になってしまいます。

江戸時代の日本人文化では、近すぎる間合いとスキンシップは初対面の挨拶では行ないません。日本人にとって敵意がないことを示す行為は、刀が抜けないような場所に置いて座ることと、刀の届かない間合いを取ることになります。

本来はお辞儀も、大事な頭を相手に向かって下げるという敵意のなさを表す行為。視線を相手から外して無抵抗な状態であることを示すお辞儀は、古くは「魏志倭人伝」(ぎしわじんでん)の記録に見ることができます。

日本人はお辞儀と言う挨拶を1,600年以上続けていました。鎖国をしていたせいもあったでしょうが、明治維新による文明開化の急激な変化は、挨拶の方法をお辞儀から、握手へとそう簡単には切り替えることはできませんでした。

握手をするのは芸能人と政治家だけ!?

現在の日本での握手と言えば、芸能人の握手会や、政治家が選挙活動のときにする挨拶回りなどが思い浮かびます。これらは親しみやすさを表すためのパフォーマンスの要素があるのです。

芸能人の握手会には、日頃触れ合えないファンと交流すると言う意味があります。テレビや遠くのステージでしか見ることができない芸能人が、ファンへの感謝の気持ちを込めて行なうのが握手会です。しかし、握手をする文化が浅い日本人にとっては、いつもは遠い存在の芸能人との間合いが近過ぎます。残念なことに、近すぎる間合いの握手によって、一部の攻撃的なファンによる芸能人を傷付ける事件が起きています。

本来、芸能人側にとっては敵意のないことを表す握手でも、ファン側に敵対心があった場合は、近すぎる間合いが危険なことも。握手は敵意のなさを表す挨拶であるという認識が、日本人の文化に欠けているのではないでしょうか。

政治家が握手をするようになったのはロバート・ケネディの影響

政治家が選挙のときに握手をする行為は、現在では当たり前のように映りますが、1962年に来日したアメリカのロバート・ケネディの影響を受けたという現代史実があります。

ロバート・ケネディは自分を見ようと沿道に集まっている日本人に近寄り、気軽に握手をするパフォーマンスをしました。今ではよく見かけるこの行為は、当時の政治家達に大変なショックを与えたそうです。そして、その後の政治家達は積極的に有権者と握手をするパフォーマンスを真似していきました。

それまでの政治家は、壇上から見下ろすように演説をするお高くとまったような存在。そのような高い目線で国民を見ていた政治家が車を降りて握手を求めてきます。知り合いでもない大人と握手をする機会はそうありませんから、最初の頃の有権者は大変驚いたことでしょう。敵意がないことを示すという段階を飛び越えて、親近感を表す行為へと意味合いが変わってきており、今では日本人にとって握手をする=国民と向き合う・積極的に国民と触れ合う=親近感を感じる政治家という構図ができあがっています。

日本人にとって握手とは

明治維新から150年を迎えますが、現代の日本でも握手は一般化したとは言い切れません。特別な存在である芸能人や政治家のパフォーマンス的要素を強く感じます。日本人はお辞儀と言う挨拶を1,600年以上歴史のなかで培ってきました。日本人にとっての「挨拶はお辞儀である」と言う習慣は簡単には抜けません。現在の日本では、敵意のないことを示す挨拶はお辞儀であり、握手は親近感を表すツールとして定着しているのが現状でしょう。

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