客人として招かれた際、座布団は家の人に勧められてから座るのがマナーなのはご存知でしたか。勧められる前に座ってしまうと、「家の人よりも自分の方が格上」という意志表示になり失礼にあたるためです。そんな座布団のマナーの根底にあるのが、格を重んじる武士道の精神。ここでは座布団と武士の関係性についてご紹介していきます。
古来日本では、板間が通常の部屋の造りでした。そのため、畳は寝床のスペースのみに使う物だったのです。座るときは、藁やイグサを編んで作った円座を使用していました。他にも茵(しとね)と言われる貴人が座るときに使う敷物があり、これは円座のような物を芯にして綿を入れた少しやわらかい物です。表面に綾織(あやおり)を用いた格式の高い物でした。
これらが、今日の座布団の原型であるとされています。現代のように座布団を使うようになったのは、江戸時代中期以降からです。それまでの座布団の使用は高位の僧侶や高貴な人に限られていました。
綾織とは斜文織(しゃもんおり)とも言い、織組織(おりそしき)のひとつです。織物は、編物(ニットなどのこと)と異なり、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交差させて生地にしています。これを織組織と言います。綾織は、糸の交差部分が斜めになるのが特徴で、伸縮性があり、しわがよりにくい利点があります。スーツやパンツなど生地厚が必要な織物に使用されます。
日本の建築文化の流れとして、書院造と言う建築文化が室町時代に興ります。武士が住む書院造は、部屋に畳を敷き詰めた書院と言う意味の座敷を備えていました。来客と対面することが多かった武士は、たくさんの人数に対応できるように書院に畳を敷き詰めたのです。畳が普及したことにより、板間に敷いていた円座や茵は必要なくなりました。畳だけで十分に座り心地が良くなったのです。
江戸時代には書院造が大名の間に広まり、部屋全体に畳を敷く習慣がつきます。畳を敷くのは贅沢とされていたので、さらに畳の上に茵を敷く習慣はありませんでした。
座布団
江戸時代中期には被服に使われる布が麻から綿へと替わっていき、綿の需要が一気に高まります。それにより、布の中に綿を入れた座布団が茵よりも主流になっていきます。
武家の家にも座布団はありましたが、病人や高齢者が使う物という意識があり、武士が日常的に使う物ではありませんでした。
江戸時代中期の庶民の絵を見ると、座布団に座っている様子がうかがえますが、江戸特有の文化であるらしく、地方に広まるのは明治時代以降です。
板間の歴史が長かった日本人には、正座と言う習慣はありませんでした。あぐらや立膝などが一般的だったのです。書院造の座敷が主流になっても、正座が正式な作法ではありませんでした。
徳川家光
正座が作法として取り入れられたのは江戸時代で、武士が将軍の前でかしこまった座り方をすることに適していたため、3代将軍・徳川家光(1604~1651年)に謁見する際、正座が適用され、武士の正式な作法として定着します。
江戸時代中期には、武士の真似をしたがる富裕層に広がっていきました。畳を敷き詰めることのできる裕福な身分の人達には、正座が一般的になっていきます。
明治維新後には綿が格安で輸入され始め、一般民衆にも座布団が使用されるようになります。それとともに、正座も庶民に取り入れられていったのです。
大名が江戸城に上がることを登城と言います。大名が登城するのは、年頭・五節句・月並みなどの決まった日だけでした。登城する部屋がそれぞれ割り当てられており、そこで将軍謁見のときまで詰めます。大廊下には徳川御三家、大広間には国主大名、帝艦の間には譜代大名などと決まっていました。
どの部屋にも畳が敷き詰められており、直接そこに座るのが礼儀となっていたのです。茵や座布団など使っている大名はいなかったのです。武士にとって座布団は、贅沢極まりないことでした。
武士にとって格式を明確にすることは重要で、自分の格式を間違えた行動をすると家の恥となります。その恥は一生の間消えず、屈辱的な思いを持ち続けなければいけません。
武士の住居である書院造の座敷は、座る場所によって段差を付け、格下の者ほど段の低いところに座ります。格上の者は最上段へ、それよりも格上を表したいときは茵を敷きます。ですから、江戸城では将軍のみが茵を敷いていました。最高位である将軍でも大奥にいる生母への挨拶伺いの際は、茵は生母に敷いてあり将軍は茵を外していました。
江戸城内では茵が無かった大名も領内に帰れば、自分が書院で茵を使う立場になります。社会的な立場としての格上、家内の立場としての格上など常に格上の人が使う物が茵だったのです。
現代における座布団のマナーとして、勧められてから座ることが一般的。主人がこないうちに先に座るという行為は「貴方よりも格上なのは自分」という意思表示になってしまうからです。
座布団の座り方
招いて貰った側が格下であれば、勧められるまで座布団に座らないのは当然ですし、自分より格上の人を招いたときは、すぐに上座に座って貰えるような配慮が必要です。
勧められて座るときは、横下からにじり寄り座布団の端に握りこぶしをついて、身体を持ち上げて座るのがマナー。下座から格をひとつ上がらせて貰う意味になります。
立ち上がって踏み付けながら座るのは大変失礼な行為です。「どうぞ格を上がってお座り下さい」と言ってくれている主人の好意を踏みにじることになります。また、勧められた座布団の位置を勝手に動かすのもマナー違反です。主人の配慮を無視する行為になるため、わざわざ場所を移動したり、手で引き寄せて座るなどしたりしてはいけません。
来客が分かっているときは座布団を敷いておくのが通常ですが、急な来客のときは座布団を運ばなければなりません。座布団を運ぶときにもマナーがあります。
手前が折り目になるように2つ折りにしてお盆のように運ぶのが、座布団の正しい運び方です。来客の横に来たら、ひざまずいて手の甲を下にして、そっと座布団を開きながら置きます。来客の目の前で座布団を開くのが礼儀となっており「座布団に何も仕掛けはありませんよ」という意思表示からきています。開いたら、しわを取るようにそっと撫で整えてから勧めるのです。来客の横に置き、下座から上座に上がるような位置に置くことが重要なポイント。床の間や部屋の奥が上座ですから、入口に近いところが下座となります。
畳の部屋を造る家も減り和室に座る習慣が減った現代ですが、日本には格式を重要視する精神が根底にあります。洋室であっても招かれた部屋の上座を見抜くことは、社会に出れば必要な能力です。
無神経に何も考えずに、入った部屋の上座に座ると教養の無さを露呈することになります。座布団ではなくソファであっても、すすめられる前に座るとマナー違反です。自分の立場をわきまえて座る位置を選ぶ行為が、相手に見せる誠意となります。このような格を重んじる武士の精神が、今もなお生きていると言えるでしょう。