関市における刃物の催事・祭事
刃物の日・刃物供養祭
関市における刃物の催事・祭事
刃物の日・刃物供養祭

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刃物の町として知られる岐阜県関市では、毎年11月8日に「刃物供養祭」を開催。この日、刃物業に携わる人々は鋼や火をつかさどる神々に祈りを捧げます。かつてこの時期に鍛冶師の伝統行事「鞴祭」(ふいごまつり)が行なわれていたことと、「いい刃」の語呂合わせで、11月8日は「刃物の日」。そんな刃物と深いかかわりを持つ関市ならではの記念日「刃物の日」について、その由来や歴史などを詳しくご紹介します。

刃物の日とは?

「刃物の日」とは、生活に欠かせない身近な道具である刃物に感謝し、その大切さを知ってもらいたいと作られた記念日です。

岐阜県関市にある岐阜県関刃物産業連合会を中心に、新潟三条庖丁連、堺刃物商工業協同組合連合会など、全国の主要刃物産地の関係者によって1996年(平成8年)、日本記念日協会に刃物の日が登録されました。「いい刃」という語呂合わせが良い日であったこともありますが、そのルーツは「鞴祭」(ふいごまつり)。

鍛冶師や製鉄業など、鞴(ふいご)を使う人々により伝承されていたお祭りが、毎年旧暦の11月8日ごろに行なわれていたことがその由来となっています。

鍛冶師の伝統行事 鞴祭(ふいごまつり)

刃物の日の起源である鞴祭とは、鞴を使って仕事をする人々が鉱山の神「金山彦神」(かなやまひこのみこと)や、火をつかさどる「お稲荷様」を祀るために行なっていた祭事のこと。

鞴とは日本刀(刀剣)など金属を鍛錬するときに用いる風を送る道具で、火を扱い仕事をする鋳物や鍛冶職人、刀工には欠かせない物です。昔は獣の皮で作られていましたが、中世ごろから木製の箱型になった吹差鞴(ふきさしふいご)が主流になります。柄を抜いても押しても常に風が起こる仕掛けになっていて、風の調節もしやすい道具だったため、鍛冶仕事で使われるようになりました。

別名でたたら祭り、火焚祭(ひたきさい)、鍛冶屋祭りなどとも呼ばれている鞴祭。この日になると、鍛冶に携わる人々は仕事を休み、鞴を清め、神々に感謝し祈りや供物を捧げます。金属加工業を営む会社などでは現在も行なわれていることが多い、仕事の無事と安全を祈願する大切な行事です。

鞴祭と蜜柑のかかわり

鞴祭に欠かせない供物に、蜜柑があります。鞴祭の歴史を語るときによく引き合いに出される話が、江戸・元禄期に活躍したと伝えられる伝説の豪商、紀伊国屋文左衛門の出世話です。

ある年、天候不良で船が出られないため、鞴祭に供するための蜜柑が江戸で品薄になり、値段が高騰したことがありました。そのことに目を付けた紀伊国屋文左衛門が嵐の中、命がけで紀州から船を出し紀州蜜柑を江戸に運んで大儲けをした、という話です。

これにより紀伊国屋文左衛門は江戸っ子から人気を集め、豪商に成り上がったとも。この伝説の虚実は定かではありませんが、当時江戸では鞴祭がさかんに行なわれていて、鍛冶屋が蜜柑を子どもたちに配り与えていたという文献も残っています。豪商・紀文の伝説は、鞴祭に蜜柑が欠かせなかったことを物語っている話と言えるでしょう。

ではそもそも、なぜ鞴祭に蜜柑を供えるのでしょうか?これについては諸説あり、鞴の神が蜜柑の木に宿った、蜜柑の木に登って鞴の神が難を逃れた、などといった伝説が全国各地に残っています。蜜柑の色が、日本刀(刀剣)作りなどの肝である焼き入れをする直前の鉄の色と同じで、そのタイミングの見極めに例えられていたからとも。

また、蜜柑をはじめとする柑橘類は常緑の木であることから、不老長寿の果実として尊ばれてきた歴史があるということもその理由のひとつと考えられます。

刀祖元重も祀る関の鞴祭

元重翁慰霊祭

元重翁慰霊祭

岐阜県関市にある千手院の境内には、この地に刀鍛冶の技術をもたらしたと伝わる、刀祖・元重を祀る「元重翁之碑」があります。

鞴祭の日には元重に感謝し、その御霊を祀る「元重翁慰霊祭」をこの碑の前で開催。刀祖・元重の偉業を称え感謝する行事が催され、毎年刃物業者を中心に多くの参詣者が訪れます。

この日は他にも、お火焚き・餅投げ・千手院本堂の供養祭が行なわれます。これは関市で大正時代から行なわれてきた「刀祖祭」(とうそさい)と呼ばれていた祭りが受け継がれたもので、関鍛冶による鞴祭として長年続けられているものです。

慰霊祭の中でも特徴的な行事が「お火焚き」です。元重翁之碑前で松割木を積み上げて櫓(やぐら)を作り、下から火を入れ焚き上げます。その一番上には蜜柑がひとつ乗せてあり、この焼けた蜜柑を食べると、夏病みをしないという言い伝えが残っているのです。行事が終わると供えられた蜜柑や餅が参列者や見学者に振る舞われます。

お火焚きとは?

鞴祭で行なわれるようなお火焚きは、飲食店や風呂屋といった火を使う商売に携る人はもちろん、かつては竈(かまど)で火を焚いていた一般家庭でも行なわれていました。

しかし、昭和に入ると太平洋戦争による物資不足の影響もあり、次第に途絶えてしまうことに。今では関鍛冶をはじめとする鍛冶師や金属加工業など一部の業種と、京都を中心とする寺社などでお火焚きが伝統行事として続いているのです。

伏見稲荷大社

伏見稲荷大社

特に京都では、11月に入るとあちこちの神社でお火焚きが行なわれ、この時期に立ち上る煙は冬の風物詩となっています。

なかでも最大の規模を誇るのが伏見稲荷大社の「火焚祭」。火床(ほど)で稲の藁を燃やすことで、五穀豊穣をもたらす神を山に送るという意味があります。願い事が書かれた火焚串もここで焚かれ、古式ゆかしい神楽舞も披露。

これは一年の収穫に感謝する新嘗祭の一種と言われ、太陽の力が一年で最も弱まる冬至に合わせ、その復活を願うために行なわれていたとも。

御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)や貴船神社など、京都の多くの寺社でお火焚きが行なわれていますが、神社によっては神事で焚いた炉の上に蜜柑を置き、蜜柑が落ちた方角でその年の吉方位を占います。焼けた蜜柑を風邪薬として参詣者が持ち帰るというのが慣わしとなっている神社もあります。

刃物に感謝する「刃物供養祭」

刃物供養祭

刃物供養祭

刃物の日に合わせて関で行なわれているのが、刃物供養祭。破損したり錆びたりして使われていない刃物を集め、リサイクルする取り組みの一環として実施している行事です。

岐阜県関刃物産業連合会が主催しているこの刃物供養祭のために、関では刃物を回収するボックスが市役所や保健センター、関鍛冶伝承館など、市内20カ所以上に設置されています。

また全国のホームセンターや刃物店などに協力を募り、刃物回収ボックスを設置してもらっているので、刃物の日には全国500ヵ所以上の場所から刃物が集められ、その数は毎年3万本以上。祭り当日に刃物を直接持参しても供養をしてもらうことができます。

鋏(はさみ)や包丁、鉈(なた)など、集まった大小様々な刃物は、関鍛冶伝承館にある刃物供養塚の前にずらりと並べられ、その前で神官が祝詞(のりと)を上げる神事が執り行なわれるのです。御神酒、餅、蜜柑、野菜等を供え、役目を果たした刃物たちに感謝を捧げます。

またこの日は関鍛冶伝承館の無料開放も実施されるので、多くの人が訪れ賑やかに。供養が済んだのちには、餅と蜜柑が振る舞われます。供養された刃物は金属メーカーの協力でリサイクルされ、新しい金属製品の原料になるか、まだ使える物は選り分けられ、メンテナンスされたあとに災害時用のナイフなどに生まれ変わるのです。

刃物の日・刃物供養祭

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