刀剣と日本の民族舞踊

太刀振り・太刀踊り・大日堂舞楽

文字サイズ

刀剣は昔から、武器としてだけではなく神秘的な力を持つ物としても扱われてきました。神事で奉納される、「歌舞」(うたまい)・「神楽」(かぐら)や、伝統芸能や祭事で披露される「踊り」では、刀剣は神聖な物として使用されています。こちらでは、神事で舞う京都や兵庫の「太刀振り」、呪術から派生した高知や愛知などの「太刀踊り」、正月の舞台で披露される秋田の「大日堂舞楽」といった、刀剣を使用する祭事・民間の神楽をご紹介。全国各地の伝統的な民族舞踊をご覧下さい。

太刀振り

刀剣は、日本で古くから神事における神楽(かぐら)で使用されてきました。神楽の採り物として、錫(すず)や御幣(ごへい)などと同様に用いられ、奉納舞(ほうのうまい)の際に使用されたのです。

現在でも刀剣を使用する祭事、民間の神楽が継承されている地域が日本全国に点在し、人々に継承されています。

太刀振り

太刀振り

京都府の日本海沿岸、宮津市舞鶴市や隣接する兵庫県豊岡市では「太刀振り」という踊りが祭礼において披露されます。

宮津市の丹後一宮 元伊勢籠神社(もといせこのじんじゃ)は、創建が719年(養老3年)と古社ですが、この地に遷宮されたあと創建されたため、神社はそれよりもさらに長い歴史を有し、始まりは神武天皇の即位前、紀元前660年以前の神代からと伝えたものです。

元伊勢籠神社では、第4代の懿徳天皇(いとくてんのう)の御代(紀元前507年)に始められた「藤祭」を、第二十九代欽明天皇(きんめいてんのう)の御代に「葵祭」と改め、現在まで2500年以上継承して執り行なっています。

元伊勢籠神社の葵祭は、京都市の賀茂社で行なわれる葵祭と同じ名称ですが、賀茂社では祭りを補佐する祭員が葵の葉を付けるように、元伊勢籠神社では祭員が冠に御祭神である豊受大神様に縁のある藤の花を挿すのが特徴です。

元伊勢籠神社では例年、4月24日に葵祭が行なわれます。その中で披露される太刀振りは平安時代に始められたとされ、京都府の無形文化財に指定されている由緒ある奉納行事です。

太刀振りは葵祭の際に披露され、神様の誕生を祝福する踊りであるとともに、神賑わい(かみにぎわい)として祭礼を盛り上げるための行事。祭りが一番太鼓で始まり、宮司が祝詞を奏上する祭典、神霊をご本殿から鳳輦(ほうれん・天皇のお乗りになる神輿)にお遷しする御神祭、宮司や御幣などを捧げ持つ祭員が鳳輦とともに周辺を巡る御神幸(ごしんこう)といった一連の祭祀と同時に行なわれる奉納神事であり、3回披露されます。

太刀振りは御神幸の露払いとして行なわれ、厄災を祓う意味合いを持つのです。太刀振りの踊り手は、居住する地域ごとに揃いの襦袢(じゅばん)にたすき掛け、裾を細く絞った裁着袴(たっつけばかま)を履き、手には手甲、頭には白鉢巻きを付け、足もとは白足袋に草履履き姿で、小学生から青年までの男子が務めます。

採り物である太刀の形状は、白紙を細く切って作った紙垂(しで)を棒の両端に飾り付け、その先に刀身を付け、装束に身を包むのです。太刀を手にした踊り手達は、太鼓や笛の伴奏に乗せて長い棒に付けた太刀を力強く、そして勇ましく振り回し、跳躍します。

一方、舞鶴市では普通の太刀を使用した太刀振りが行なわれ、葵祭と同様に踊り手を努める少年達が互いに打ち合うなどして舞を披露します。

太刀踊り

高知県愛媛県などで継承されている民俗舞踊に、「太刀踊り」(たちおどり)という踊りがあります。踊り手が太刀を採り物として使用し、囃子や歌に合わせて太刀を打ち合うという勇ましい踊りです。持ち物を打ち合わせるというのは本来、悪霊や厄災を祓う際の呪術であり、それが踊りに取り入れられたものと考えられています。その後、厄除、豊作記念の奉納行事として継承されてきました。

太刀踊りは、地域によって違いはありますが、若い青年の集団が踊り手となり、紋付にたすき掛けをし、股立(ももだち)を取った袴姿に白鉢巻きで、躍動感に満ちた動きを披露します。股立ちを取るとは、袴の左右を腰ひもに折り込み、裾を上げて着用することです。

踊り手達は向かい合い、太刀を抜いて激しく打ち合わせ、背中合わせや入れ替わったりしながら踊りを続けます。地域によっては、太刀の柄に紙で作った花を付け、互いに相手の花を切り付けたりすることもあるのです。高知県では、10を超える太刀踊りが県の無形文化財に指定されており、現在も各地の神事や祭礼で踊られています。

県指定無形文化財のひとつ、高知市蓮池に伝えられている「蓮池太刀踊り」(はすいけたちおどり)は、蓮池西宮八幡宮の秋祭りで奉納される民俗舞踊です。言い伝えでは、南北朝時代に武将が勝利を報告しに八幡宮に参った際に、即興的に奉納したことが始まり。11の演目があり、太刀以外に棒を採り物とする演目もあります。

同じく高知市の「大利太刀踊り」(おおりたちおどり)も県指定無形文化財に指定されており、こちらは源平合戦を踊りにしたものであると伝承されています。大利太刀踊りは大利新宮神社の秋祭りで奉納されるもので、伴奏には拍子木のみを使用するのが特徴です。

室戸市の「椎名太刀踊り」(しいなたちおどり)も県指定無形文化財に指定されている踊りで、室戸市にある椎名八王子宮に奉納され、椎名太刀踊りの伴奏も拍子木だけを使用し、太刀の捌き方が豪快なことで知られています。

一方、愛媛県では太刀踊りを「花踊り」、「はなとりおどり」と称して継承していますが、内容は同様の民俗舞踊です。

高知県の太刀踊りでは採り物としての刃物には太刀のみを使用するのに対して、愛媛県の花踊りでは鎌を使用する演目があるという違いがあります。

また、花踊りは厄除とともに豊作の御礼、追善供養、厄除祈願の願解き(がんほどき)の意味合いを持つ奉納行事です。

愛媛県でも、地元住民が組織する3つの保存団体が、県指定の無形民俗文化財に指定されています。

長宗我部元親

長宗我部元親

宇和島市三間町に継承される花踊りは、旧八朔(旧暦の8月1日、現在の9月1日)に天満神社に奉納されます。この花踊りは、天正年間(1573~1592年)に、土佐を治めていた「長宗我部元親」(ちょうそかべもとちか)に討たれた歯長(はなが)城主の霊を慰めるために始められたと伝わっているもの。

演目は14種あり、使用する太刀には長い柄を付け、柄には白紙の紙垂(しで)を付けており、太刀は真剣です。演目のひとつでは、この太刀で舞台に張られた注連縄(しめなわ)を断ち切ります。勇壮かつ豪快なその太刀さばきは、揺れる紙垂の美しさと相まって、壮麗な雰囲気を感じさせます。

大日堂舞楽

奉納行事でありながら、正月の舞台で披露される民俗芸能にも刀剣を手にする剣舞が取り込まれ、継承されています。

秋田県鹿角市の八幡平(はちまんたい)小豆沢地区にある「大日霊貴神社」(おおひるめむちじんじゃ)は通称「大日堂」と呼ばれ、秋田県の社殿建築物でも最大級の古社です。ここで、毎年正月2日に奉納される舞楽が「大日堂舞楽」(だいにちどうぶがく)。演者達は「能衆」(のうしゅう)と呼ばれ、大日堂の周辺住民が、神社の社前と社殿で音楽に合わせて踊りを披露します。

「大日堂舞楽」の歴史の始まりは718年(養老2年)。元正天皇の勅命により、大日霊貴神社が名僧「行基」(ぎょうき)により再建された際に、落慶(らっけい・神社が完成すること)の式典で催されたものが「大日堂舞楽」の起源であると伝えられています。「大日堂」の由来は、秋田県と岩手県に伝わる「だんぶり長者」の伝説です。だんぶり(とんぼ)のおかげで長者となった夫婦の娘が、両親を弔うために「大日堂」が建てられたと言われています。

「大日堂舞楽」では、「小豆沢」、「大里」、「長嶺」、「谷内」の4つの集落から集まった踊り手によって7つ舞を披露。小豆沢が、権現舞(ごんげんまい)、田楽舞(でんがくまい)、大里(おおさと)が、駒舞(こままい)、鳥舞(とりまい)、工匠舞(こうしょうまい)、長嶺が、烏遍舞(うへんまい)、そして谷内が、五大尊舞(ごだいそんまい)を担当しています。各集落の踊り手達は、「大日堂舞楽」前に厳しい精進を行ない舞台に臨むのです。

五大尊舞

五大尊舞

「大日堂舞楽」の演目のうち、「烏遍舞」(うへんまい)、「五大尊舞」(ごだいそんまい)の2つの演目では、踊り手が太刀を手に舞いを披露。いずれの演目でも踊り手は面を着けるのが特徴です。

始まりから1300年以上を経た「大日堂舞楽」は、1976年(昭和51年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、2009年(平成21年)にはユネスコ無形文化遺産に登録されています。

  • 刀剣にまつわる神事・文化・しきたり

    刀剣にまつわる神事・文化・しきたりなどをご紹介します。

  • 古武道と現代武道

    古武道の歴史や由来、主な各流派についてご紹介します。

太刀振り・太刀踊り・大日堂舞楽

太刀振り・太刀踊り・大日堂舞楽をSNSでシェアする

「刀剣と日本の民族舞踊」の記事を読む


鬼剣舞の装束

鬼剣舞の装束
現代に伝わる鬼剣舞(おにけんばい)の装束は昭和初期に確立された物であり、それ以前は組ごとに多種多様な装束をまとって踊られていました。今でも地域によって神様への捧げ物である御幣(ごへい)をかたどった物や、幣(ぬさ)という紙や麻の紐や布を垂らした物を使用する地域、太刀ではなく長刀(なぎなた)を使用する地域、竹や木などを重ねて作った楽器・簓(ささら)などを小道具として持つ地域、鎧を身に付けて踊る地域など、鬼剣舞には多種多様な様式が存在しています。

鬼剣舞の装束

アイヌ刀

アイヌ刀
和人との戦いにおいて、アイヌ民族は弓矢、槍、エムシと呼ばれるアイヌ刀を手に戦いました。エムシが本来は儀式用であったことからも分かるように、アイヌ民族は刀剣には霊力があり、厄災を祓う力を持つ物と考えており、持ち主の男性が死んだ際には墓に副葬品として納められることもありました。

アイヌ刀

鬼剣舞

鬼剣舞
民俗芸能ながら、バラエティに富んだ演目を持ち、踊り方に技量を要する鬼剣舞(おにけんばい)は、全国各地に残る芸能の中でも特筆すべき存在であり、現在も多くの人々に愛され、次世代へと継承されています。そんな鬼剣舞の演目には、勇壮で力強い踊り、優雅で格調高い踊り、軽快でアクロバティックな踊り、集団で賑やかに踊る群舞など、様々な形式の踊りが取りこまれているのです。

鬼剣舞

アイヌ民族の剣の舞

アイヌ民族の剣の舞
アイヌ民族の剣の舞には、「イヨマンテリムセ」と「エムシリムセ」という、趣旨が異なる2種類の舞踊があります。現在、北海道の各地にある観光施設、資料館などでは様々なアイヌ民族の古式舞踊が紹介されており、この2種類の剣の舞もしばしば来場者に披露されています。

アイヌ民族の剣の舞

アイヌ古式舞踊

アイヌ古式舞踊
儀式や祭礼で舞われるアイヌ古式舞踊には、選択無形民俗文化財に指定されている釧路市春採地区と阿寒湖畔地区以外にも、地域ごとに様々な舞が伝えられ残っています。現在、北海道のコタンがある各地域には保存会などが置かれ、観光客などに紹介されるとともに、次世代への継承が行なわれています。

アイヌ古式舞踊

注目ワード
注目ワード