刀剣と日本の民族舞踊
東北地方の鬼剣舞
刀剣と日本の民族舞踊
東北地方の鬼剣舞

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鬼剣舞(おにけんばい)の始まりには2つの説があり、8世紀初頭の大宝年間に修験道の祖とされる「役小角(えんのおづの)」が念仏を民衆に広めようと、念仏を唱えながら踊ったことが起源とする説。もう一説は9世紀初頭の大同年間に羽黒山の法印大和尚である善行院が荒沢鬼渡大明神にて悪霊を祓い、衆生済度(しゅじょうさいど)を祈念して踊ったことを所以とするものです。いずれにせよ、東北の鬼剣舞は8~9世紀頃から始められた念仏踊りを起源としています。

人々の暮らしが育んだ民俗芸能

世界各地に残る民俗芸能とは、人々が古代より暮らしの中で育んできた芸能を指します。民俗芸能の特徴は、その地で暮らす人々の習慣や信仰、自然環境がもたらす影響が反映されており、多種多様です。

人々はハレの日(祝祭日)や節目になると、集落ごとに代々伝えられてきた芸能を自ら演じ、楽しみました。民俗芸能には演劇、舞踊、音楽など様々な要素が盛り込まれ、地域の住民が演者となります。

日本における民俗芸能には、信仰の影響を受けたものが多く残されています。縄文時代末期、大陸から稲作が伝えられると、農耕が日本人の生業となり、豊作を祈念するための神楽や、収穫を祝う祭りで披露される芸能が育まれました。

他にも、死者を悼む行事である鎮魂(たましずめ)や盆踊りが行なわれ、神仏習合の習慣をもつ日本では、神に祈りを捧げる際には神楽(かぐら)、仏教では法会(ほうえ)のあとには僧侶や稚児による延年(えんねん)という舞踊芸能が催されたのです。

神楽や法会の舞踊では、しばしば厄災を祓う物として刀剣が使用されました。人々は刀剣を聖なる物、神聖な物として捉え、信仰における行事で使用したのです。

新年には言祝ぎ(ことほぎ)の話芸である萬歳(まんざい)や、囃子(はやし)と歌に合わせて踊る門付け芸・春駒(はるこま)、豊作を祈念した田遊びや、疫病・厄災を祓う芸能も行なわれました。

そして田植の季節には、作業前に田楽(でんがく)という歌舞を集落ごとに楽しむなど、人々は時節ごとに雨乞い踊りや念仏踊りなどを催したのです。

9世紀末には、民衆に念仏踊りという芸能が拡がります。これは、死者の供養や雨乞いなど様々な機会に、念仏を鉦(しょう・平たい金属の打楽器)や太鼓の合奏に合わせて唱えながら舞い踊るものです。

その後、生み出された念仏に加えて小歌などを取り込んだ風流(ふりゅう)、大念仏、小念仏、天道念仏などを総称して念仏踊りと言う芸能が生み出されました。

こうした念仏踊りのひとつとして、東北地方をはじめ各地で踊られる民俗芸能に、剣舞(けんばい)という踊りがあります。

鬼剣舞

鬼剣舞

岩手県宮城県には、鬼剣舞(おにけんばい)、念仏剣舞(ねんぶつけんばい)、鎧剣舞(よろいけんばい)、雛子剣舞(ひなこけんばい)などが伝えられています。

鬼剣舞、念仏剣舞は岩手県北上市周辺一帯で、鎧剣舞は岩手県大船渡市、雛子剣舞は北上川東部で今も継承されています。

いずれも囃子(はやし)に合わせ、飛び跳ねるように激しく舞い踊るもので、刀剣を小物として使用する民俗舞踊です。剣舞は、現在でも地域の祭りの他、初盆の家や墓地、寺院などで踊られています。

岩手県の鬼剣舞

岩手県の鬼剣舞は、主に北上市周辺に伝えられている民俗芸能です。江戸時代、北上地方は南部氏と伊達氏の統治下にあり、領地内には領境が引かれていました。双方の領民達は、領境によって経済や文化の交流を阻まれ、それぞれが独自の発展も遂げられています。

領境が引かれた南部藩(盛岡藩)・和賀、伊達藩(仙台藩)・胆沢の両郡はいずれも豊かな穀倉地帯であり、交通の要衝でもありました。また、郡内を流れる北上川が交流の道となり、隣接する和賀、胆沢の交流は制限されましたが、それぞれ北上川の上・下流の地域とは経済、文化の両面で交流を持つことができました。その影響が、川沿いの集落の民俗芸能に色濃く残されています。

その民俗芸能の代表的なものが「鬼剣舞(おにけんばい)」です。鬼剣舞の始まりには2つの説があり、8世紀初頭の大宝年間に修験道の祖とされる役小角(えんのおづの)が念仏を民衆に広めようと、念仏を唱えながら踊ったことが起源とする説。

もう一説は、9世紀初頭の大同年間に、羽黒山の法印大和尚である善行院が、荒沢鬼渡大明神にて悪霊を祓い、衆生済度(しゅじょうさいど)を祈念して踊ったことを所以とするものです。

いずれにせよ、東北の鬼剣舞は8~9世紀頃から始められた念仏踊りを起源としており、賑やかに奏でられる囃子に合わせ、刀剣を手にした剣舞が舞われるようになりました。

鬼剣舞は、集落ごとに囃子や踊り方が異なり、昔から各地域で代々継承されてきた庶民の伝統芸能なのです。

現在でも、岩手県北上市を中心とした周辺地域では「鬼剣舞連合会」が組織され、12団体が会員として活動しています。

源義経

源義経

その中で、北上市にある連合会で和賀地方の鬼剣舞の祖とされている岩崎鬼剣舞と、明治時代に岩崎鬼剣舞から派生した滑田(なめしだ)鬼剣舞、源義経の鎮魂を祈念する奥州市の朴ノ木沢(ほうのきさわ)念仏剣舞、亡霊から民衆を守った猿の舞を模した川西大念仏剣舞の4つの連合会は、国の重要無形民俗文化財に指定されており、熱心な継承活動が展開されています。

宮城県の鬼剣舞

岩手県に隣接する宮城県にも、様々な民俗芸能が伝えられています。

鹿踊

鹿踊

その種類は多く、田植踊(たうえおどり)、神楽(かぐら)、鹿踊(ししおどり)、虎舞(とらまい)、剣舞(けんばい)など、県指定として37もの無形民俗文化財が存在。これらのうち、神楽や剣舞では刀剣が使用されます。

その中に、仙台市で継承される3つの鬼剣舞が含まれています。青葉区で継承される川前(かわまえの)鹿踊・川前剣舞は、鹿踊と剣舞が一体化した民俗舞踊です。

広瀬川の上流部にある川前地区は、仙台藩の初代藩主である「伊達政宗」(だてまさむね)が川狩りを楽しんだ地域でもあります。

ここに伝わる鹿踊とは、害虫が発生した際に10頭の鹿が現われて害虫を駆除し、豊作をもたらしたと言う伝説をもとにしたもので、五穀豊穣を祈って踊られる芸能です。

鹿踊で人々は、鹿の頭部を模して口がカタカタと鳴るように作られた被り物を着け、九曜紋(くようもん)が染め付けられて五行色の横縞の入った絹の幕を垂らし、鞨鼓(かっこ)という打楽器を打ち鳴らしながら踊ります。九曜紋とは、中央の円の周囲を8つの小さな円が囲んだ図柄の紋で、円は9つの星を表しています。

剣舞の踊り手は「阿(あ)・吽(うん)」の面を着けて左腰に剣を差し、毛采(けざい)と呼ばれる頭髪を模した物を頭に被って踊ります。鹿踊と剣舞は、一対のものと考えられており、常に一緒に踊られてきました。

九曜紋は伊達家の家紋ですが、5代藩主・伊達吉村(だてよしむら)が川前の鹿踊、剣舞の優美さを称え、家紋の使用を許可して以降、豪奢な絹に染め付けられて使用されています。

仙台市泉区の福岡の鹿踊、剣舞も、古くから寺院によって保護されてきた民俗芸能です。旧家に残されている古文書によると、藩政時代には、八幡町の龍宝寺の塔頭(たっちゅう、脇寺のこと)・東光院が鹿踊と剣舞をはじめとする民の芸能を管理していたと記されています。塔頭とは、禅宗の寺院において、祖師や高弟が亡くなったあとに、弟子達が師の徳を慕い、その寺の近辺に建てた庵や塔のことです。

この八幡町で踊りの大将を努めていた藤九郎という人物は鹿踊、剣舞の始祖とされています。福岡の鹿踊も五穀豊穣を祈念するもので、剣舞は厄災を退け、天下泰平を祈念して踊られました。

同じ泉区に伝えられる上谷刈(かみやがり)の鹿踊・剣舞も、福岡の鹿踊・剣舞と同じ八幡町の藤九郎を始祖とされており、慶安年間(1648~1652年)にその近隣地区に伝承されました。

その後、上谷刈の鹿踊・剣舞は幾度か衰退と復興を繰り返しますが、1957年(昭和32年)に復興し、1964年(昭和39年)には保存会が結成され、今日まで脈々と継承されています。

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現代に伝わる鬼剣舞(おにけんばい)の装束は昭和初期に確立された物であり、それ以前は組ごとに多種多様な装束をまとって踊られていました。今でも地域によって神様への捧げ物である御幣(ごへい)をかたどった物や、幣(ぬさ)という紙や麻の紐や布を垂らした物を使用する地域、太刀ではなく長刀(なぎなた)を使用する地域、竹や木などを重ねて作った楽器・簓(ささら)などを小道具として持つ地域、鎧を身に付けて踊る地域など、鬼剣舞には多種多様な様式が存在しています。

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民俗芸能ながら、バラエティに富んだ演目を持ち、踊り方に技量を要する鬼剣舞(おにけんばい)は、全国各地に残る芸能の中でも特筆すべき存在であり、現在も多くの人々に愛され、次世代へと継承されています。その演目には勇壮で力強い踊り、優雅で格調高い踊り、軽快でアクロバティックな踊り、集団で賑やかに踊る群舞など、様々な形式の踊りが取りこまれているのです。

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