刀剣と日本の民族舞踊
アイヌ民族の剣の舞
刀剣と日本の民族舞踊
アイヌ民族の剣の舞

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アイヌ民族の剣の舞には、「イヨマンテリムセ」と「エムシリムセ」という、趣旨が異なる2種類の舞踊があります。現在、北海道の各地にある観光施設、資料館などでは様々なアイヌ民族の古式舞踊が紹介されており、この2種類の剣の舞もしばしば来場者に披露されています。

アイヌ民族の武器とは

アイヌ民族の古式舞踊にも、刀剣を手に舞う「剣の舞」があります。剣の舞の伴奏となる歌や舞い方は、居住エリアごとに異なるのが特徴です。アイヌ民族は、血縁によって形成されているコタン同士、またはコタンの内部で争いが生じた際には、暴力や戦いで衝突するのではなく「チャランケ」を行なって問題を解決しました。

チャランケとは、対立する者同士、またはコタンの首長達が問題の解決方法を模索するために「発言する」、「話し合いをする」ことです。互いの意見をすべて出し合った上で折り合いを付け、コタン内やコタン間の衝突を回避しました。チャランケは、アイヌ民族が社会の規範、秩序を守るために必要不可欠な手法だったのです。

そのため、アイヌ民族の歴史に残る大規模な戦いとは、和人=大和民族との間に生じたものを指します。自らの利益を優先し、アイヌ民族を抑圧しようとする和人に対して彼等は、武器を手に抗ったのです。

アイヌ刀

アイヌ刀

アイヌの人々の武器とは、狩猟にも使用された弓矢や槍、「アイヌ刀」と呼ばれる刀剣でした。アイヌ刀とは長さが50cmほどで、大きく反った刃を持つ刀剣です。

アイヌの人々は自ら刀剣を鋳造するのではなく、本州や大陸との交易で刀剣を入手し、アイヌ独自の彫刻を施した柄を付けて使用しました。

弓は本州の物より短く、湾曲した物を使用。アイヌの弓は武士達が使用した弓のように遠くまで矢を飛ばすことができませんでしたが、矢じりにトリカブトの毒が塗られていたので、致命傷を与えることができたのです。徳川幕府との戦いでは、中国との交易で入手した火縄銃も使用されました。

アイヌ古式舞踊には、彼らの武器であるアイヌ刀を使用する剣の舞が、2種類あります。アイヌの古式舞踊の踊り手は、ほとんどが女性ですが、剣の舞は主に男性が舞うもので、儀式や祭事において、神=カムイに感謝を捧げるために踊り、霊力を宿すという刀を小道具として使用していました。

こうした舞踊で使用されるアイヌ刀は、強さを表現するためではなく、美しく舞踊を盛り上げる演出のための道具として持ちました。アイヌ刀の鍔(つば)の部分を緩め、振ると音がするように細工してあったのも特徴です。

なお、剣の舞で使用するアイヌ刀には刃が付けられていない物が多く、あくまでも小道具として舞に使用されました。

また、儀式や祭礼の際には、和人や大陸の民族との交易で入手した木綿や絹、アイヌ民族の民族衣装である樹木の内皮で織った衣服に、地域ごとに異なる美しい刺繍を施した晴着を着用。さらに重要な儀式には、男性はサパウンベという冠と儀礼用の刀剣・エムシを帯刀し、女性は鉢巻きや首飾り、耳飾りなどを着けて正装します。

2つの剣の舞:イヨマンテリムセ

アイヌ民族の剣の舞には、イヨマンテリムセとエムシリムセという、趣旨が異なる2種類の舞踊があります。

イヨマンテリムセとは、イヨマンテという飼育した熊の霊送りの儀式で披露される舞踊です。霊送りとは獣の命を絶ち、その霊を神の世界に送り返す儀式です。アイヌ民族はすべてのものに霊魂があり、霊魂は輪廻転生すると考えていました。中でも、熊は肉や毛皮など多くの恩恵を人々にもたらすため、命を絶った際には霊魂に感謝しながら神=カムイのもとへと送り出す儀式を行なうのです。

イヨマンテは、アイヌ民族が数多く催す祭礼の中でも重要で、イナウと呼ばれる供え物や食事、酒も豊富に揃えられる盛大なものでした。多くの人が集まり、前夜祭から2日目の終了時まで時に厳かに、その後賑やかに催されました。

供え物であるイナウは、熊の魂が土産として神の国へ持ち帰る物で、多く作り並べることで、魂を盛大に送り出そうと考えたのです。儀式のあとは、一同で飲食を楽しみ、歌い、リムセを踊ります。

こうした熊にまつわる祭礼は、アイヌ民族以外にも、東北地方のマタギ、海外では北方ユーラシアや北アメリカ北部の狩猟民においても行なわれていました。

イヨマンテでは、儀式の最後に男女が輪になって踊ります。徐々に早くなる歌と手拍子に合わせて一同は舞い踊り、途中から男性は弓を手にしたり、刀を振りかざしたりして踊ります。この刀を手にした舞がイヨマンテリムセ=剣の舞であり、刀の刃は相手、外に向けて持たれるのではなく、自らに刃を向けて持ち、踊ります。カムイは血を嫌うため、刀の刃を自分に向けて舞うことで、傷つけようとしていないことを表現したものです。

また、刀の鍔(つば)を緩めてあるので、舞に合わせて振ると鍔が音を鳴らし、舞をさらに盛り上げます。刀は楽器のような役割を果たしていました。

2つの剣の舞:エムシリムセ

エムシリムセ

エムシリムセ

アイヌ民族の、もうひとつの剣の舞エムシリムセは、男性の踊りです。エムシとは、アイヌ語で刀剣を意味します。エムシリムセとは、儀式において剣を携えた男性が、悪いカムイや厄災を払うための踊りなのです。

踊り手は、霊力を宿すと考えられている刀剣=アイヌ刀を使用して、見えない敵に向かって足を踏み鳴らし、魔を払うために力強く刀を振ります。

エムシリムセでは、男女による歌と手拍子を伴奏として、剣を手にした男性2人が向かい合い、リズムに乗りながら剣を交しつつ踊ります。舞い手の男性はリズムを膝で取りながら、膝を屈伸させ足を踏み鳴らし、動きを繰り返しながら手をすり合わせつつ移動するのです。

そして剣は、振付に則って幾度か鞘(さや)から出し入れされたあとに、少しずつ抜かれます。鞘から抜かれた刀は、引き寄せられたり掲げられたりするのです。次に「オンカムイ」と呼ばれる、お辞儀をするような姿勢を取ります。オンカムイとは祈りのことで、厄災を自ら払い除けられるよう、カムイへの感謝とともに祈る思いを表しています。

その後も、刀を手にしたひとりでの舞が続き、最後に向き合う男性達の剣が、力強く交わされ、男達が真摯に舞う様は勇壮で、次第に早まる歌声とともに人々に高揚感を与えます。屋内で舞われるエムシリムセでは、居住エリアによっては刀で家の梁を叩くこともあり、一層勇壮さを高めています。

最後に、再びオンカムイを3方向に向けて行ない、舞踊は終了。

男性が舞う間、女性達は舞い手の男性の後ろで歌い、手拍子を取りながら付き従います。

イヨマンテリムセとは異なり、エムシリムセでは刀の刃を相手に向けて持ち、見えない魔物や厄災を追い払うように振り、交されます。そして、この舞に使用される剣は、研がれた光り輝く物ではなく、くすんで錆びたような剣。アイヌ民族の価値観では、錆びた刀剣の方が強い霊力を宿していると考えられているのです。

現在、北海道の各地にある観光施設、資料館などでは様々なアイヌ民族の古式舞踊が紹介されており、この2種類の剣の舞もしばしば来場者に披露されています。

アイヌ民族の剣の舞

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