武士の芸事・吟剣詩舞
現代の吟剣詩舞
武士の芸事・吟剣詩舞
現代の吟剣詩舞

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誕生から120余年を経て現在も発展を続けている吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)。今日ではアニメや漫画を題材にした作品や、琴、尺八、三味線などの和楽器での演奏、シンセサイザーの演奏などが加わる演目なども増えてきています。

21世紀の吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)

明治半ば、日比野雷風(ひびのらいふう)を始めとする剣士達が創始した吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)は、誕生から120余年を経て現在も発展を続けています。

本来、吟剣詩舞は礼節を重んじる武士の精神、剣術の素養、和歌、漢詩の詩情に対する深い理解といった、武家社会の教養、精神性に端を発した伝統芸道であり、舞や舞台所作には厳しい作法が定められていました。

その後の発展とともに吟剣詩舞には数多の流派が誕生しますが、いずれの流派も礼節や芸道への真摯な姿勢については、同様の厳しさを重視していました。

しかし、近年では詞章となる詩文の選択や舞、舞台設定などに多様な変化が見られるようになります。

21世紀の吟剣詩舞

21世紀の吟剣詩舞

まず詞章では、吟剣詩舞においては和歌、漢詩の吟詠(ぎんえい)のみを詞章としていましたが、琴、尺八、三味線などの和楽器での演奏や、シンセサイザーの演奏などが加わる演目が増えてきています。

また、詩文にも大きな変化がもたらされ、小説の登場人物や実在した戦国武将が登場する物語や、古代ギリシャの哲学者と日本の思想家が語り合う物語などといった新作が数多く作られています。

なかには、アニメや漫画を題材にした新作も登場し、時代や背景に多種多様なテーマをもつ詩文が採用されています。

舞台の形式にも変化が見られ、多数の吟詠者が一斉に吟詠する合吟(ごうぎん)と、複数の演者が揃って舞いを披露する群舞(ぐんぶ)での演目が、大会やコンクール、クラブ活動の発表会などといった機会にしばしば選ばれています。合吟は詩吟道においてはかねてより採用されていましたが、併せて披露される剣舞(けんぶ)の群舞は近年増えてきたもので、観客を圧倒するほど迫力満点です。

そして、装束や舞台装置も変わってきています。本来の吟剣詩舞は、舞台では和服の礼装を着用し、日本刀(刀剣)やたすきなど、最小限の小物を使用して演目が披露されていましたが、昨今では演劇や歌舞伎にも劣らない装束、化粧を施した演者が増えているのです。

例えば、能や歌舞伎でも演目となっている義経、弁慶が登場する舞台では、武将姿の義経、法師装束の弁慶に扮した演者が舞を披露。装束だけでなく、鬘(かつら)、化粧も施しての剣舞は迫力満点、かつ勇壮で見ごたえある舞台となっています。

舞台装飾に関しても新たな手法が導入されており、大道具や背景の書割(かきわり)を使用する演目も増えています。従来の吟剣詩舞の舞台は、背景は緞帳(どんちょう)や屏風などを配しただけが主流でしたが、物語などを詩文とする演目では、各章に沿った背景や書割が舞台上に設置され、演者の舞を引き立てます。

他の舞台芸術と同様に、現代の吟剣詩舞でも照明の使用が一般的ですが、演目の起承転結に即した照明の切り替えを行ない、テーマの詩情、芸術性を補完する演出として舞台を盛り上げています。

海外で広がる吟剣詩舞

新渡戸稲造

新渡戸稲造

明治期に発刊された、「新渡戸稲造」(にとべいなぞう)の著作「武士道」を通じて、武士の社会倫理観、生きる姿勢を知り感銘を受ける欧米人は、現在も増え続けています。

加えて、1904年(明治37年)から1905年(明治38年)まで続いた日露戦争の際に、敵兵のロシア人捕虜を手厚く遇した日本国民、第二次世界大戦中に、撃沈した敵艦から脱出した兵士を全力で救出した日本海軍の艦長などのエピソードが諸外国で伝えられ、日本人の倫理観に対する関心を一層高めました。

現在でも、新渡戸の著作は海外で広く読まれており、重版されています。

さらに近年では、日本の映画や文学作品を通じて、日本社会、日本人、武家社会に興味を抱く外国人が増えています。

個を抑え、社会との調和、為政者としての責任感、潔さと礼節を尊ぶストイックな武士の姿勢は多くの外国人にとって憧れを抱く対象であり、武士の社会倫理観を生み出した日本社会、武家社会とその文化に対する興味は、今日でも高いのです。

こうした外国人の意識に応え、1980年代より様々な吟剣詩舞の流派が他の日本伝統芸道と同様に、ヨーロッパや北米を中心とする海外での公演活動を始め、吟剣詩舞の存在、歴史、魅力を伝えてきました。

1909年(明治42年)に明治天皇の前で、日本初の展覧剣舞を披露した金房流剣舞術の宗家、金房冠一郎(かなぶさかんいちろう)の高弟が宗家となり、のちに創設された神伝真正早渕流剣詩舞道では熱心に海外公演が展開されています。現在では道場がイギリス、フランス、ポーランド、カナダ、アメリカなど世界各地に開設され、日々外国人門下生による吟剣詩舞道の鍛錬が重ねられています。

一方、日本から海外へ移住した日系人が、移住先に吟剣詩舞を伝播した国もあります。ブラジルには、日系移民の方が創立した吟剣詩舞の愛好会があります。この愛好会は現在も活動中であり、日系人以外の会員も増加しています。そして、日本の流派との交流や親睦などを定期的に行ない、積極的に活動を展開しています。

吟剣詩舞の鑑賞、体験を通じて日本の伝統、文化、日本人の精神が世界中で伝えられています。

吟剣詩舞から派生したもの

刀エクササイズ

刀エクササイズ

武士の嗜みから生み出された吟剣詩舞ですが、現代社会で新たな展開を見せています。「刀エクササイズ」という運動が考案され、若い女性の間で話題となっているのです。刀エクササイズは剣舞の宗家でもある剣術家が考案したもので、吟詠ではなく軽快な音楽に合わせ、模造刀を手に剣舞の形を取るという運動です。

刀エクササイズの情報は、瞬く間に各種メディアで紹介され、海外にも発信されました。

刀エクササイズに組み込まれている日本刀(刀剣)の捌き方、構え方などは剣術を礎とする剣舞の所作と同じなので、継続して行なうことにより、剣術の鍛錬と同様に体幹が鍛えられます。剣舞の修練を、軽快な音楽に乗せて行なうことが、刀エクササイズです。

エクササイズのプログラムは、体験者の習得段階に即し、バリエーションも豊富。なかには忍術の形を取り込んだものなどもあり、若い女性だけでなく、子どもにも人気です。

流派によっては、模造刀の重さを規定し、ほど良い負荷がかかるように設定してあります。エクササイズに使用する模造刀は、剣先がやわらかい素材で作られているため、身体にあたってもけがをする心配がありません。

1時間ほど続くエクササイズのプログラムは、理学療法士の監修を加味して無理のない構成が組まれているため、初心者や激しい運動が苦手な人にも継続しやすい運動となっています。

マシンなどを使って部分的に負荷をかける筋力トレーニングとは異なり、正しい剣舞の形を取りながら全身をバランスよく使う刀エクササイズの実践は、普段使わない身体の各部分をほぐすことができ、可動域を広げます。

刀エクササイズのプログラムは、無理なく全身を使いながら有酸素運動を行ない、体形維持、体重管理などに効果が見込まれると若い女性の注目を集めています。

また、実践者のなかには、刀エクササイズを通じて剣舞を修得し、吟剣詩舞の舞台で舞を披露するほどに上達した人もいます。

現在では各剣舞の流派が自流のエクササイズを紹介するなどして、様々な種類の刀エクササイズが誕生しています。

武士の嗜みから生み出された吟剣詩舞は、現代社会では女性の健康法、美容法という新たな分野で注目を集め、愛好者を増やしています。

現代の吟剣詩舞

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謡と剣舞:吟剣詩舞とは

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武士の嗜みは剣術、弓術といった武道だけではありませんでした。日本刀(刀剣)を手に舞う「吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)」とは、古武道を芸術に昇華させた芸能であり、武家社会の生み出した舞踊です。

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剣舞とは

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明治期以降に旧武士階級の人々を中心に盛んになった剣舞(けんぶ)。その実践、鍛錬を通じて、青少年の体力はもちろん、精神力の修練も行なえると考えられていました。

剣舞とは

吟剣詩舞の精神

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古武道の鍛錬とは、剣術など古武道の技術だけでなく、武術を行なう者=武者としての心構えや精神性も修養することだとされています。剣舞(けんぶ)における演者にとっても、ただその型を真似るのではなく、精神、技術ともに詩の主人公を体現することが優れた表現なのだと考えられています。

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吟剣詩舞を確立した日比野雷風

吟剣詩舞を確立した日比野雷風
元治元年(1864)、薩摩国(現在の鹿児島県西部)の刀鍛冶・日比野源道義の息子として生まれた日比野雷風(ひびのらいふう)は、神刀流剣武術と武道の精神を広めるべく日本各地を精力的に訪問し、普及活動を行ないました。

吟剣詩舞を確立した日比野雷風

吟剣詩舞の吟詠

吟剣詩舞の吟詠
幕政時代の末期には、漢詩を教育する際に節を付けて聞かせることが行なわれており、これが吟詠(ぎんえい)、詩吟の原型だと考えられています。吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)においての吟詠は舞の詞章、ストーリーを詠ずる伴奏となります。

吟剣詩舞の吟詠

吟剣詩舞の衣装と小道具

吟剣詩舞の衣装と小道具
吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)は、演劇とは異なり、凝った衣装や化粧などで詩文の世界観を演出することはありません。小道具としては打刀を主に使用しますが、詩文によっては脇指、薙刀、長巻、槍、二刀流などの様々な日本刀(刀剣)や、それに加えて扇や丈(じょう)という長い木の棒を用いることもあります。

吟剣詩舞の衣装と小道具

吟剣詩舞の流派

吟剣詩舞の流派
明治末期から大正にかけて、古典芸道である吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)にも次々と流派が誕生しました。新しい流派は、吟剣詩舞が芸道として確立される前から剣舞(けんぶ)を伝えてきたもの、居合術、剣術の流派から生み出されたもの、神刀流剣武術や水心流の門下生が創設したものなど多種多様でした。

吟剣詩舞の流派

吟剣詩舞を鑑賞できる場所

吟剣詩舞を鑑賞できる場所
明治時代、吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)は神社での奉納公演、武道場での大会、劇場などで披露されました。また、時の天皇陛下や政治家、軍の高官、外国の来賓、実業家などの主催する舞台などでも吟剣詩舞は披露され、日本武道を礎とする芸道として鑑賞されたのです。

吟剣詩舞を鑑賞できる場所

吟剣詩舞の演目

吟剣詩舞の演目
吟剣詩舞(ぎんけんしぶ)が開眼された初期には、藩政時代の大名、学者、江戸末期から明治初期にかけて活躍した学者や軍人の詠んだ漢詩が詞章とされ、吟詠(ぎんえい)、剣舞(けんぶ)で表現されました。水戸藩の2代目藩主「水戸光圀」の詠んだ漢詩「詠日本刀」や9代目水戸藩主「徳川斉昭」作の漢詩「大楠公」は、詩吟や吟剣詩舞の演目として有名です。

吟剣詩舞の演目

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