日本刀職人の仕事

彫師(ほりし)~日本刀に刀身彫刻を彫る~

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刀剣観賞を楽しむポイントのひとつに、「刀身彫刻」(とうしんちょうこく)があります。
これは、刀剣の刀身に、多種多様な意匠の文様が彫られており、そこには、様々な意味が込められているのです。古代から日本の刀剣に施されてきた刀身彫刻は、武器としての刀剣に願いや魂を吹き込み、美術品としての刀剣にある美しさを引き出してきました。
ここでは、刀剣が歩んできた歴史と共に、多彩な要素を取り入れてきた刀身彫刻について、その歴史と彫師の仕事について解説します。

刀剣に刀身彫刻を彫る理由とは

古墳時代に黎明期を迎えた刀身彫刻

日本における刀身彫刻の歴史は古く、今から約1,300年も前の古墳時代後期にまで遡ります。

当時の刀身彫刻は、現代に観られる繊細な彫刻ではなく、「象嵌」(ぞうがん:金属などの表面に文様を彫り、そのくぼみの中に、金や銀など、表面とは異なる素材をはめ込む装飾技法)の技法が用いられており、権力の象徴として、主に豪族達が自身の刀剣に施していました。

この頃には、両刃の「直剣」が廃れ、刀身に反りのない「直刀」(ちょくとう)が主流となっていた、いわゆる「上古刀」(じょうことう)の時代に当たります。

この上古刀期に、煌びやかな(きらびやかな)装飾が施された「装飾付大刀」(そうしょくつきたち)が流行したことで、刀身に装飾を加えたり、文字を彫ったりする文化が生まれたのではないかと考えられているのです。

武士の誕生で発展した刀身彫刻

平安時代中期になると、地方の豪族が武士となり、各地で戦いが巻き起こります。

この頃の刀剣は、直刀から弓なりに反った「湾刀」(わんとう)へと変化を遂げていきました。そして、湾刀が主流となった古刀期に入ると、刀剣は生死を賭けた戦いを左右する武器としての意味合いが強くなり、武士は刀身に自分の魂や神仏への祈りを込めるようになっていきます。

こうして、刀剣の精度を高めるために彫られた「」(ひ:刀身を軽くするために入れられた、溝のような彫刻)の他、武士の信仰対象である「不動明王」(ふどうみょうおう)や「倶利伽羅龍」(くりからりゅう)などの意匠が、刀身に彫られるようになったのです。

古墳時代後期に生まれた装飾的な刀身彫刻は、武士の誕生により、宗教的な意味合いと実用性をかねた、刀身彫刻へと発展を遂げていきました。

天下泰平の世で再び変化を遂げることに

平安時代から戦国時代にかけて、「密教」(みっきょう)などの宗教や、その信仰と強く結び付く意匠が施されていた刀身彫刻。

徳川家康」によって戦国の世が終わり、天下泰平の時代が続くと、戦いにおける武器であった刀剣にも、変化が見られるようになります。

江戸時代以降の「新刀期」(しんとうき)における刀身彫刻は、宗教的な要素が弱まり、再び装飾的な意味合いが強くなることに。こうして、新刀期には華やかな「刃文」(はもん:焼き入れの際、刀身に現れる文様)に合わせて、「松竹梅」、「花鳥風月」の意匠や、漢詩と和歌など、文字が彫られるようになり、刀身彫刻は芸術として価値を高めていったのです。

長い歴史の中で時代や流行に合わせて、さらなる進化を遂げた刀身彫刻。現在も刀身彫刻は、日本が誇る伝統美術として、その技術が多くの彫師達に受け継がれています。

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刀身彫刻の基礎知識

刀身彫刻は、主に「鏨」(たがね:金属の加工に用いる工具)と「福鎚」(ふくづち:鏨を打つ金鎚)と言う道具を用いられています。

  • 鏨

  • 福鎚

    福鎚

鏨を刀身に当て、福鎚で叩きながら彫り進めていくのが基本的な方法で、この2つの道具がなければ、刀身彫刻は始められません。

また、意匠や彫り方によって異なる形状の鏨が用いられ、それらに合わせて、大小様々な福鎚が使い分けられています。

彫師は、自身が使用する鏨を自ら作ることが基本。そのため刀身彫刻は、数種類の鏨作りを行なうところからスタートするのです。

刀身彫刻の具体的な種類や、刀身彫刻の工程をご紹介します。

刀身彫刻の工程

刀身彫刻は、いくつかの工程を重ねて作り上げられています。ここからは、刀身彫刻が完成するまでの基本的な工程をご紹介します。

1.絵付け
絵付け

絵付け

まずは、和紙に鉛筆で下絵を描きます。

思い通りの下絵が完成したら、刀身に直接墨で下絵を描き写します。

2.アタリ
彫りを行なう様子

彫りを行なう様子

松脂を塗った専用の台の上に刀身を固定。刀身彫刻の作業は、すべてこの台の上で行なわれます。

刀身が完全に固定されたら、いよいよ鏨を打ち込む作業へ。刀身に描いた下絵に沿って、鏨で輪郭線を彫っていくのです。

このように、刀身に初めて彫りを入れて、輪郭を描く工程を「アタリ」と言います。

彫師にとって、刀身彫刻との戦いが始まる瞬間であり、最も緊張感が漂う作業です。

3.荒彫りと上彫り
アタリで彫った輪郭に沿って、立体的に肉付けしていく工程です。

ここからが本格的な彫りの作業となり、大まかな形作りを「荒彫り」、繊細な技巧を施す工程を「上彫り」と言います。

4.磨き
磨き

磨き

彫りの工程を終えたあと、刀身彫刻の仕上げとして行なわれるのが「磨き」です。

「金剛砂」(こんごうしゃ)と呼ばれる磨き粉などを使い、鏨で彫った部分を磨き上げていきます。

ひとつひとつ丹念に磨きを行なうことで、より立体感のある刀身彫刻に仕上がるのです。

これらの工程を経て、ようやく完成となります。刀身に彫刻を施すことは容易ではなく、その難しさは、1本彫り上げると1年寿命が縮むとさえ言われているほど。刀身彫刻は、まさに刀身と彫師による戦いであると言えるのです。

名刀に観る刀身彫刻の種類

「明石国行」に彫られた「三鈷柄剣」

明石国行の刀身彫刻

明石国行の刀身彫刻

鎌倉中期以降の山城国(やましろのくに:現在の京都府南半部)で活躍した「来派」(らいは)の実質的な開祖・「国行」(くにゆき)の名刀の中にも、刀身彫刻を施した刀剣が残されています。

それは、明石藩(あかしはん:現在の兵庫県明石市)の歴代藩主を務めた「松平家」(まつだいらけ)に伝来し、国行の会心作として知られる「太刀 銘 国行」(号:明石国行)。

いつ誰によって手掛けられたのかは定かではありませんが、この名刀には、「三鈷柄剣」(さんこつかけん)と呼ばれる「浮彫」(うきぼり:樋の内部に彫られ、その表面の高さが刀身と同様である彫刻)が施されているのです。「三鈷柄剣」とは、インドの神様の武器を模した意匠で、密教の儀式で用いられる法具であり、不動明王を表しています。

現在、明石国行は国宝に指定されており、「日本美術刀剣保存協会」に寄贈され、「刀剣博物館」が所蔵している1振です。

明石国行

明石国行

「古今伝授の太刀」に彫られた刀身彫刻

太刀 銘 豊後国行平作の刀身彫刻

太刀 銘 豊後国行平作の刀身彫刻

平安時代末期から鎌倉時代前期に豊後国(ぶんごのくに:現在の大分県)で栄えた刀工「行平」(ゆきひら)の作刀である「太刀 銘 豊後国行平作」は、その号を「古今伝授の太刀」(こきんでんじゅのたち)とし、表裏に様々な刀身彫刻が施されています。

「古今伝授の太刀」とは、戦国武将で当代一流の文化人でもあった「細川幽斎/藤孝」(ほそかわゆうさい/ふじたか)が、歌人の「烏丸光広」(からすまるみつひろ)に「古今伝授」(こきんでんじゅ:「古今和歌集」の解釈などの秘伝を授受すること)をした際に授けた太刀であることから、この号で呼ばれるようになりました。

この刀身の表には、「陰刻」(いんこく:刀身の表面をへこませて彫る技法)による「梵字」(ぼんじ:サンスクリット語を表す文字)、浮彫による「倶利伽羅龍」が施され、裏にも陰刻での「梵字」、浮彫での「神像」が観られます。

永青文庫

永青文庫

この梵字や倶利伽羅龍は、多くの刀身彫刻で観られる代表的な意匠。梵字は、1字で諸仏諸尊を表しており、倶利伽羅龍は不動明王を表す剣を飲み込もうとしている龍が描かれています。

行平は、湾刀に刀身彫刻を施した刀工としては最も古く、これらの彫刻は行平の典型的な作風だと言われているのです。

現在、古今伝授の太刀は国宝に指定されており、東京都文京区にある「永青文庫」(えいせいぶんこ)が所蔵しています。

太刀 銘 豊後国行平作

太刀 銘 豊後国行平作

現代における彫師

刀剣の彫師になるためには

現在、日本に数名しかいないと言われている刀身彫刻の彫師。

刀剣を鍛える刀工とは違い、免許や資格がなくても、彫師を名乗ることができますが、一流の彫師として認めてもらえるようになるまでは、最低でも5年の修行が必要であるとされています。

彫師に弟子入りをして最初に行なうのは、鏨などの道具作り。

そして、銅板や鉄板に、簡単な模様を鏨で打ち込みながら、彫りの練習を重ねていきます。このような修行が、刀身彫刻の原点となるのです。

彫師に必要な勉強

刀身彫刻には古くから宗教的な要素があるため、彫師は技術だけでなく、宗教についての深い知識も持っていなければなりません。

そのため、宗教にかかわる文献を読んだり、独学で分からないところは、神社の神主や寺院の住職などに、お話を伺ったりして勉強するのです。

また刀身彫刻は、宗教に関することだけではなく、季節に咲く花々や木の幹などを題材にした意匠も多く用いられているため、彫師にとっては自然からの学びも重要。

一流の彫師になるためには、修行を積み重ねて技術を磨くことはもちろん、様々な分野について自ら学ぶことが大切なのです。

刀身彫刻の種類や技法、ルーツをご紹介します。

彫師(ほりし)~日本刀に刀身彫刻を彫る~

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