日本刀作りは、1,000年以上も前から多くの刀工によって洗練されてきた、日本が誇る伝統の技。そこには、「折れない・曲がらない・よく切れる」と言う、矛盾した条件に挑戦した刀工達のDNAが、しっかりと受け継がれているのです。ここでは、日本刀作りの工程を解説しながら、そこに潜む先人達の努力の足跡を辿っていきます。
水減し
炉で熱し、厚さ5mm程度に打ち延ばした玉鋼を水に入れます。
これは、炭素量の多い部分がボロボロと砕けると言う性質を利用した工程。
「水減し」(みずへし)と呼ばれるこの作業により、日本刀に適切な材料を選別するのです。
小割りした玉鋼を水で濡らした和紙でくるみ、「テコ台」の上に積み重ねます。
積まれた鋼の上から「藁灰」(わらばい:藁を不完全燃焼の状態にして作った灰)と泥水をかけます。
その理由は、空気を遮断して鋼が燃えるのを防ぐのと、全体を平均して加熱するため。また、泥に含まれる「SiO2」(二酸化ケイ素)が鋼の不純物を除去すると言う効果もあります。
炉の中でじっくり時間をかけ、赤くなるまで鋼を溶かすことを「沸かす」(わかす)と言います。「積み沸かし/積み沸し」は次の工程となる、日本刀を鍛錬する前の準備段階。
そのため、ここでの沸き具合が、日本刀の品質に大きく影響すると言われており、日本刀作りの工程の中でも、最も重要な作業のひとつです。
溶けた鋼を取り出し、金敷(かなしき)に乗せて大槌(おおつち)で叩きます。はじめは割れないように軽く叩き、鋼が安定したら再び灰をまぶして炉に戻すという作業を繰り返します。
炉の中で鋼が十分に沸いたら金敷の上に取り出し、長方形に打ち伸ばします。
中央に鏨(たがね)を打ち入れ、2つにして折り返し、再び炉に投入。
それを取り出して長方形に打ち伸ばし、先程とは反対の90°曲げた方向に鏨を入れて、2枚にして折り返します。この一連の工程が、「折り返し鍛練」です。
刀工は、この作業を15回ほど繰り返すため、2の15乗で、3万以上の層構造を持つ鋼になります。これも、日本刀の強さを生み出す、刀工の技のひとつです。
折り返し鍛錬の工程
素延べ
再び藁灰でくるんで沸かし、平たい棒状に打ち伸ばします。これを繰り返して完成寸法に近付ける工程が「素延べ」(すのべ)。
これによって不要な成分が除去されるため、最終的には、3分の2程度まで重量が減少します。
日本刀の長さに合わせて先端を「筋違」(すじかい:斜めの方向に入れられた鑢目)に切り取り、小槌(こづち)で叩いて、日本刀における「鋒/切先」(きっさき)の原型を作ります。
刀身を炉に入れ、鉄が柿色(約780~800℃)になるまで熱します。この色を正確に見極めるため、「焼き入れ」は、日が沈んでから行なうのが習わしでした。
刀身が良い色になったら、急いで炉から取り出して一気に水の中へ。大量の蒸気を発して鉄が冷やされた瞬間、土を薄く塗った部分に焼きが入り、鋼が硬い「マルテンサイト」に変性すると、それが美しい刃文になって現れるのです。
このとき、日本刀の姿の美しさを左右する部位のひとつである、「反り」(そり)も同時に生じます。
刀身を叩いて反りを補正し、全体を荒砥(あらと:粗目の砥石)で研ぎます。
刀身の完成後、「柄」(つか)に納まる「茎」(なかご)部分に「目釘穴/目釘孔」(めくぎあな)を開け、鑢(やすり)を掛けます。
「銘切り台」と呼ばれる木製の台に厚い鉛板を置き、その上に茎を固定。銘切り鏨(たがね)と小槌を用いて、刀工が銘を刻む工程です。これでようやく、刀工の仕事が完了します。
現代になっても多くの刀工が存在し、この伝統的な技法による日本刀の制作は、脈々と受け継がれています。その中でも特に優れた刀工は、日本における伝統文化の担い手として、高い栄誉が与えられてきました。
【主な帝室技芸員】
【主な重要無形文化財保持者(人間国宝)】
刀工になるには、文化庁主催の「美術刀剣刀匠技術保存研修会」の修了が必須です。
しかし、その研修を受けるには、文化庁からの作刀承認を取得した刀匠のもとで、5年間の修業が必要と定められているため、まずは刀匠に弟子入りする必要があります。
現代の日本で日本刀制作を本職とする人は、100名程度と言われています。
また、日本刀の売買は制限が大きいことから、その制作だけで生計を成り立たせている刀匠は、日本でもほんのひと握り。
そのため、刀匠に弟子入りするのは、なかなか難しいのが現状。刀匠との人脈や繋がりがない人は、「全日本刀匠会」が入門志望者向けに開催している研修会が便利です。この研修は年齢制限がなく、終了後の体験入門もできます。
修業期間中は、仕事を通して作刀技術を学ぶ時間であるため、基本的に給与はありません。家賃や食費などは、もちろん自己負担。入門先によっては、材料費や施設使用料などが、必要になります。
無事に入門を許され、厳しい修行の末に刀工になると、いよいよ独り立ちです。
しかし、独立するには、自身で使用する作業場を用意し、様々な機械を導入しなくてはなりません。また、膨大な材料費や、他の職人を雇う場合に支払う工賃も必要です。
作った日本刀が売れないと、生活できません。ましてや、今日(こんにち)の日本刀市場に、新米の刀工が入り込むのは、やはり難しいと言えるでしょう。
また、テレビや雑誌に登場する「名人」と呼ばれるには、想像もつかない時間と苦労が必須。決して憧れだけでなれる職業ではないのです。
日本刀制作を手掛けてきた刀工達は、1,000年以上も同じ手仕事を繰り返してきたはず。しかし、今でも刀工達は、「2つとして同じ日本刀は打てない」と口を揃えます。
日本刀を打つとは、それほど難しくて奥が深い世界。数年間の下積みを厭わない覚悟と興味がある方は、刀工になるチャレンジをしてみてはいかがでしょうか。