オカルティック戦国
徳川埋蔵金だけじゃない!戦国武将の埋蔵金伝説
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徳川埋蔵金だけじゃない!戦国武将の埋蔵金伝説

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テレビ番組で放送されているお馴染みの「徳川埋蔵金」。この名を聞くと、思わず番組に釘付けになってしまう。実は徳川だけでなく、戦国の世を生きた名将達にも埋蔵金の噂がまことしやかに囁かれている。さあ、一攫千金を夢見て、戦国のロマン・埋蔵金を追ってみようではないか!

ゴールドラッシュに湧いた戦国時代

戦国時代の日本は、まさにゴールドラッシュ。宣教師や商人によって、ヨーロッパから金を精製する精錬法がもたらされ、掘り出された金銀は、戦国大名達の領土を守る軍資金となっていた。

戦国時代最大の金山と言えば、越後金山。豊臣秀吉が日本を統一した頃にはこの金山から日本の金の3割を産出するほどであった。同じ越後にある佐渡金山も本格的な発掘は江戸時代ながら、戦国時代にはすでに砂金が取れていたと伝わる。

その他、北条の伊豆金山、武田の甲斐金山、秀吉の生野銀山、毛利の石見銀山など、日本は金・銀を海外に輸出していたほど豊かな土地であったのだ。

なぜ埋蔵金が必要だったのか?

埋蔵金

埋蔵金

戦国時代は、「国が取られても命まで取られることはない」ということは別段珍しいことではなかった。場合によっては、他の大名の配下になって再起を待つという手段も考えられた。

再起に必要な物と言えば、兵と兵を養う食料、そして戦うための武器。そのためには落ち延びるときに持ち出した軍資金を隠しておく必要があった。

要するに、再起のための軍資金を誰にも取られないようにするために隠した物が埋蔵金だったのだ。

戦国武将の埋蔵金伝説3選

甲斐金山の埋蔵金伝説―武田信玄

武田信玄

武田信玄

戦国最強と恐れられた風林火山の旗印でお馴染みの武田信玄。その武田軍団を支えていたのが、金山であった。

「黒川金山」や「梅ヶ島金山」などがあり、「金山衆」と言われる鉱山師達のもと、大量の金を産出し、信玄はその金の力をフル活用し、戦国一の騎馬軍団を率いて、信濃・駿河などを手中に収めた。

全国統一に最も近い武将のひとりとしても知られていた信玄だが、武田家はその息子である勝頼の時代に滅んでしまう。

武田家滅亡の前に埋蔵金を隠したという伝説が残り、その埋蔵金の隠し場所とされているのが甲州市の鶏冠山(けいかんざん)、諏訪湖中などと言われている。

1971年、日本ワインの産地である甲州市勝沼町にあるぶどう園のひとつから「ひるも金」と呼ばれる室町幕府時代の金貨2枚と甲州金(甲斐国で鋳造された金貨。粒状)18個が発見された。

武田信玄の埋蔵金ではないかと騒ぎになったが、武田氏家臣の勝沼氏の隠し財産であったという説が有力のようだ。

琵琶湖に眠る埋蔵金伝説―明智光秀

明智光秀

明智光秀

織田信長の信頼厚き部下であり、戦国時代の名将であった明智光秀と言えば、信長を本能寺の変で討った裏切り者のレッテルを貼られた武将だ。そんな光秀の埋蔵金伝説が、信長の本拠地・安土城にあった多額の黄金を琵琶湖に隠した、という説。

本能寺の変のあと、安土城を我が物とした光秀は、金銀の一部を朝廷や部下、味方になってくれた諸将に分け与えた。

しかし、安土城から近江の坂本城に金銀を運んだものの、「山崎の戦い」で秀吉に討たれる。そのときに坂本城を守っていた光秀の重臣・明智秀満(あけちひでみつ)が、それらの黄金を琵琶湖に沈めたと伝わる。

一方で、秀吉に討たれたのは影武者で、その後は天海と名を変え、僧侶として戦で死んだ人々を弔い、徳川家康に協力して早く平和をもたらせようとしたとも言われている光秀。

光秀の埋蔵金は「護法救民の宝」とも言われ、人々を救済する目的で使われるはずであったとか。

埋蔵量ナンバーワンの埋蔵金伝説―豊臣秀吉

豊臣秀吉

豊臣秀吉

戦国一の黄金好きだった武将と言えば、金の千成瓢箪、黄金の茶室、黄金のばら撒きなどで知られる、豊臣秀吉以外にはいないだろう。

秀吉には、自分亡きあと、息子秀頼のために大坂城にある財宝の一部を多田銀山に移したという伝説が残る。

兵庫県の川辺郡にある多田銀山が埋蔵金の眠る場所として知られたのは、昭和のはじめに豊臣家の家臣が埋蔵金を残したという文書が見つかったことに始まる。

その当時は、太閤秀吉の埋蔵金ブームが起きたほどの大ニュースだったとか。その額、4億5000両。現在の価値に換算するとなんと200兆円!に相当するとも言われている。

愛する淀殿が産んだたったひとりの息子のために、これだけの埋蔵金を用意できたとは、さすが天下人。あっぱれ!

埋蔵金伝説はロマンだ!

名古屋市昭和区の八事興正寺に隠された徳川埋蔵金や、ロマノフ王朝の秘宝が眠ると言われている宮崎県の変わり種埋蔵金など、不確かなところが多い埋蔵金伝説だが、そのロマンにこそ人は惹かれる。存在の有無がいかにせよ、黄金の国・ジパングには、まだ知られざるお宝が眠っているようだ。

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聖徳太子の予言書で未来を知った楠木正成

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「兼知未然」、かねていまだ然らざるを知る。これは「日本書紀」における聖徳太子に関する記述。聖徳太子は「まだ実現していないことを、あらかじめ知っていた」という。つまり聖徳太子は未来を語る予言者。その予言を記したとされる「未来記」(みらいき)は後世の人々も興味津々だったよう。現在未来記が実在したかどうかは謎とされているが、南北朝時代の終わり頃に成立した「太平記」には、聖徳太子の未来記を見た楠木正成のエピソードが紹介されている。

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