現在、日本刀を制作するためには、「都道府県公安委員会」に登録して許可を受けることが必要です。そのためには先輩刀匠に弟子入りし、日本刀制作の技術はもちろん、日本の歴史、文化などを深く学ぶことが求められます。
修行期間は最短で5年。日本を代表する美術工芸品である日本刀の制作を許された刀鍛冶は、鉄(玉鋼:たまはがね)を鍛える技術と科学知識を有するのみでなく、歴史・文化への造詣も深い、現代における「日本文化のプロフェッショナル」と言うべき特別な存在なのです。
ここでは、刀鍛冶という「職業」に着目し、そこに至る道のりをご紹介します。
日本刀を制作する人はと聞かれた場合、大抵の人は刀鍛冶と答えるでしょう。
では、「刀鍛冶」とはどのような存在なのでしょうか。刀鍛冶の数は、2017年(平成29年)現在で、188人と言われています。
日本刀制作は、平安時代に始まったとされる日本独自の伝統工芸。刀鍛冶は、日本が誇る美術工芸品制作の担い手なのです。
刀鍛冶
刀鍛冶は数々の名刀とともに、その名を馳せてきました。
例えば、「天下三作」(てんがさんさく)と称された「正宗」、「粟田口吉光」(あわたぐちよしみつ)、「郷義弘」(ごうのよしひろ)など、名工が制作した作品は時代を超えて受け継がれています。
すなわち、日本を代表する日本刀を制作していた刀鍛冶は、当代のみならず、日本を代表する芸術家でもあったと言えるのです。
明治時代の「廃刀令」や、終戦直後の「昭和の刀狩り」によって、日本刀文化は廃絶の危機に立たされましたが、そのたびに復活。1958年(昭和33年)に「美術刀剣類製作承認規則」が制定され、刀鍛冶という職業が法的にも認められたことで、新たに日本刀を制作することができるようになりました。
詳細については後述しますが、現代における刀鍛冶は、試験などに合格して、国から日本刀の制作を許可された「国家資格」を保有。
「無鑑査刀匠」を頂点とする現代の刀鍛冶は、平安時代から続く伝統工芸を現代へと承継する存在です。
大月源
「刀剣女子」という言葉が広く浸透しているように、近年、女性の間において日本刀の人気が高まっています。観るだけでなく、自分の手で日本刀を制作してみたいという刀剣女子がいても不思議ではありません。
もっとも、刀鍛冶は「玉鋼」(たまはがね)を熱し、槌で成形していくなど、灼熱の作業場で鉄を鍛え続ける体力勝負の仕事。それだけに、女性が刀鍛冶になるためのハードルは、決して低いとは言えません。
様々な世界に女性が進出している現代においても、女性の刀鍛冶はほとんどいないと言われています。
このように、男性が圧倒的多数を占めている刀鍛冶の世界において、歴史上唯一の女性刀鍛冶とされているのが、「大月源」(おおつきげん)です。
江戸時代に備中(びっちゅう:現在の岡山県西部)で活動していたこの女性刀工は、病身の夫が日本刀制作を行なうことができなくなったことを受け、流派存続のために制作を決意。
備中の刀工集団「荏原国重派」(えばらくにしげは)の流れを汲んでいたことから、「女国重」(おんなくにしげ)と呼ばれました。大月源の作品に「太刀」などはありませんが、数多くの「短刀」を制作。刀鍛冶として、男性と同等以上の技量を認められていたと言われています。
日本の伝統工芸の担い手である刀鍛冶には、それを目指す人のための「専門学校」のような組織はありません。
唯一の方法が、日本刀を制作している刀鍛冶に弟子入りして修行を積み、文化庁が主催する「美術刀剣刀匠技術保存研修会」に参加して修了することです。刀鍛冶の資格を得るための修行期間は最短5年。晴れて刀鍛冶となったあとも、厳しい道が続くのです。
刀鍛冶になるために必要な条件は、文化庁の許可。許可のない人が日本刀を制作することは禁じられています。
日本刀は、殺傷能力の高い武器でもあるため、責任を持って日本刀を制作し、発注者や制作数を明確に文化庁に届け出なければなりません。
刀鍛冶として活動するためには、こうした手続きを誠実に実行できる人格と常識、公正で健康な判断力を持っていると認められる必要があるのです。
美術刀剣類製作承認規則第2条には「刀剣類の製作につき承認を受けたことのある刀匠(承認を受けた刀剣類の製作を担当したことのある刀匠を含む。)の下で引き続き5年以上技術の練磨に専念して刀剣類の製作担当者として十分な技術を習得したことを、その刀匠が証明」しなければならない、という規定があります。
前述のように、刀鍛冶になるための学校はありません。
刀鍛冶を志す人は、文化庁から許可を得て刀工としての資格を持っている先輩刀匠に弟子入りし、5年以上修行に励み、刀工として一人前の技術を習得したと師匠から承認を得ることが必要。
その上で、文化庁が主催する研修会を修了することで、初めて自分の刀を鍛造する第一歩を踏み出すことができるのです。
一般的に、弟子である間は無給。そのため、まず住まいや食事、衣服などは自分で賄わなければなりません。加えて、修行で使用する鍛錬場や、材料の使用料を払わなければならない場合もあります。
修行に要するのは、平日の日中をフルに費やしての5年間で、この点は企業や店舗、役所などと同じですが、給料が出ないのが決定的な相違点。こうした経済的負担に耐えられるかは、大きな問題です。
現代においても、刀鍛冶についての情報は多いとは言えません。刀鍛冶を志したとしても、自分の近くに師匠となる刀匠がいるか否かの情報や、連絡先なども簡単に入手することはできないのが現状です。
そんな中、刀鍛冶を志す人達の思いに応えようという動きも出ています。
刀匠の統括団体である「一般社団法人 全日本刀匠会」は、美術刀剣作刀技術実地研修会を開催するとともに、後継者育成支援委員会を窓口として、研修会から数日間の体験入門、入門先の紹介、入門先との面談を斡旋。
研修会では、先に刀匠に入門して修行生活を送っている先輩から話を聞くこともできます。
もっとも、刀匠への弟子入りは、すんなりいくとは限りません。
そこはやはり、自分がどんな日本刀を作りたいのか、いろいろな日本刀を観て刀匠にも自分のやる気とともに、明確な将来像をアピールできるようにすることが大切です。
刀鍛冶志望者には、周囲に頼りすぎることなく、自分自身でアンテナを張り巡らせて調査し、どのような作風の日本刀を制作したいのか、目標とする刀匠や、目指すべき方向を見定めて人脈を開拓し、道を切り開いていく覚悟と努力が、求められます。
修行が5年目に入ると、文化庁が主催する「美術刀剣刀匠技術保存研修会」に参加できるようになります。
これは8日をかけて鍛造・研磨・外装など作刀行程全般について基本の技術を確認するもので、脇差を作る「鍛錬」、「素延べ」(すのべ:鉄を熱して平たい棒のように打ち延ばすこと)、「火造」(ひづくり:素延のあと、小槌やセンスキヤスリで形を整えていくこと)、「焼き入れ」(やきいれ:刃の部分に土を塗り、焼きを入れること)の工程で実際に作業を行なうのですが、これは研修とは言っても試験となっており、修行で得た基礎的な技術がまだ一定基準に達していないと判定されれば、再研修となってしまいます。
すなわち、この試験に合格し研修会を修了できなければ、刀工になる資格は得られません。
それまでの修行で身に付けた技能を、ここで充分に発揮できるかどうかが勝負です。
最短5年の修行期間をつとめあげ、研修会を修了し、師匠から独立を許されると、ようやく新米刀工としてのスタートラインに立つことができます。
独立した刀工ということになれば、当然、自分の仕事場(鍛錬場)が必要。美術刀剣類製作承認規則第1条第1項第7号でも、「製作の場所」を届け出ることが作刀許可の条件となっています。
作刀には、「火床」(ひどこ:日本刀の原料となる鉄棒を焼くなど、火を扱う場所)や、火床に空気を送り込んで火力を調整する「鞴」(ふいご)などの設備や、各種の槌、「ヤスリ」、「火箸」(ひばし)などの諸道具が必要です。
鍛錬場を新たに開設するためにかかる費用は、土地代を別として数百万~1,000万円とも言われています。
そしてもうひとつ、資金には開業資金だけではなく運転資金も必要。鍛錬場を開いて日本刀を制作するにも、発注者からあらかじめ前受金で費用をもらえるのなら良いですが、自費でまかない、納品が済んでから代金を受け取るケースであれば、その分が必要です。
1振の日本刀制作には、原材料となる玉鋼の代金を含めて数十万円というお金がかかります。そのため、ある程度まとまった金額を準備しておいた方が良いでしょう。
以上に述べてきたように、刀工としての仕事を始めるためには、いくつもの段階を踏まえていかなければなりません。
出発点に立てたとしても、本当に刀工として仕事を続けていけるか否かは、その後の努力と才能にかかっています。刀工になることができたことに安心せず、満足せず、緊張感と夢を持って精進することで、名匠への道が開けるのです。
【美術刀剣類製作承認規則】より抜粋
(承認の申請)
第一条 銃砲刀剣類所持等取締法第十八条の二第二項の承認の申請は、次に掲げる事項を記載した承認申請書により、行わなければならない。一 承認申請者の氏名または名称及び住所
二 承認申請者と製作担当者が異なる場合は、製作担当者の氏名及び住所
三 製作担当者の生年月日及び刀工歴
四 製作を依頼した者の氏名または名称及び住所
五 製作しようとする刀剣類の種別及び員数(影打ちの員数を含む。)
六 製作の目的
七 製作の場所
八 製作の着手及び完了の予定時期
九 その他参考となるべき事項2 前項の承認申請書には、副本二通を添付しなければならない。
(承認)第二条 文化庁長官は、製作しようとする刀剣類が美術品として価値のあるものであり、かつ、製作担当者が刀剣類の製作につき承認を受けたことのある刀匠(承認を受けた刀剣類の製作を担当したことのある刀匠を含む。)の下で引き続き五年以上技術の練磨に専念して刀剣類の製作担当者として十分な技術を習得したことを、その刀匠が証明し、かつ、登録審査委員二名以上が保証した者で、文化庁長官の行なう刀剣類の製作に関する研修を受けた物である場合には、申請に係る刀剣類の製作を承認するものとする。
2 都道府県の教育委員会(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三十一年法律第百六十二号)第二十三条第一項の条例の定めるところによりその長が文化財の保護に関する事務を管理し、及び執行することとされた都道府県にあっては、当該都道府県の知事。次項において同じ。)は、製作しようとする刀剣類が美術品として価値のあるものであり、かつ、製作担当者が刀剣類の製作につき承認を受けたことのある者(承認を受けた刀剣類の製作を担当したことのある者を含む。)である場合には、申請係る刀剣類の製作を承認するものとする。
3 文化庁長官または都道府県の教育委員会は、刀剣類の製作につき、承認を行う場合には、承認申請者に対し承認書を交付し、承認を行わない場合には、その旨を承認申請者に通知するものとする。