日本刀鑑賞のポイント

日本刀鑑賞ポイント

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日本刀を鑑賞する際には、いくつかのポイントを知っておくと、より日本刀を楽しむことができます。観るポイントを押さえ、日本刀の美しさを体感しながら鑑賞することで、その深い魅力に気付くことができるのです。ここでは、そんな日本刀の鑑賞ポイントをご紹介します。

日本刀の美に癒される心

誰もが同じ思いに至ることはないかもしれませんが、日本刀の美しさに感動するのは、心も洗われるような、その静謐(せいひつ:静かで穏やかな様子)さにあるのです。

日本刀を静かに鑑賞していると、大自然の中で深呼吸しているような、爽やかな気持ちになり、いつの間にか癒されます。

しかし、日本刀の魅力はそれだけではありません。もっと複雑な要素があるのです。

日本刀を鑑賞していると、戦慄にも似た、ある種の怖さを感じます。それは、「生」と「死」を秘めた、ギリギリの緊張感を人に与えるからです。

日本刀に対し、「切る」という機能だけに目を向ける人が多いのは、合理的な現代人の特性とも言えますが、火縄銃を観ても、日本刀を観たときのような緊張感はありません。

秋霜烈日(しゅうそうれつじつ:[秋の霜と夏の日差しが厳しいことから]厳かで厳しいことの例え)の激しさを顕す日本刀、春風駘蕩(しゅんぷうたいとう:[春風がのどかに吹く様子から]ゆったりとのびのびしている様子)の穏やかな表情を見せる日本刀。

それぞれに豊かな個性を具えた日本刀達を、繊細な心の感性に身をゆだねて観れば、神聖な光輝に対する憧れが、心の裡(うち)から湧いて来るのを感じます。

また、日本刀の鋭利強靭さに勇気付けられ、静かに瞑想するように心に安らぎを感じたり、その美しさに心洗われたりするなど、思いは様々です。

日本刀は、単なる刃物ではありません。霊威に対する崇敬の念から、精神的象徴として生まれました。それを知ることで、古の人々の心と祈りが見えてきます。

神代の昔から日本人は、浄め(きよめ)の儀式に清浄な火と清らかな水を用いました。水に流し、浄火で焼いて、すべての物を浄めます。その清らかな水と浄火をもって作られ、神秘的な力を持つ神聖な宝器。それは日本刀と鏡でした。そのため、日本刀と鏡が神社の御神体に奉られているのです。

「三種の神器」として伝承される「八咫鏡」(やたのかがみ)は「伊勢神宮」の御神体に、「草薙神剣」(くさなぎのみつるぎ:「天叢雲剣」[あめのむらくものつるぎ]とも)は「熱田神宮」の御神体になりました。

  • 伊勢神宮

    伊勢神宮

  • 熱田神宮

    熱田神宮

一方、三種の神器でありながらも、火と水で作られていない「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)は御神体とはならず、皇居の「新吹上御所」(しんふきあげごしょ)の「剣璽の間」(けんじのま)に置かれています。

絵画や彫刻は、美術館で観れば充分鑑賞できますが、日本刀をはじめとする工芸品は、その感触を味わいながら観ないと本当の良さが分かりません。機会を見つけて、ぜひ手に取って鑑賞してみましょう。

日本刀鑑賞は何を知れば良いのか

日本刀を観て、心に響く静謐な美との出会いが確信できれば、あとはそれが何であるかを一歩一歩確かめながらその本質に近付いていくのですが、日本刀を鑑賞するには、3つの要素を知る必要があります。

日本刀の姿、地鉄、刃文

日本刀の見どころ

その1:日本刀の姿(すがた)
優美であったり、豪壮であったりと、時代背景の違いや戦闘法の違いにより、その姿は随分と違います。
その2:刃文(はもん)
刀匠の最も個性の発揮されるところであり、その変化の妙は、知れば知るほど興味の尽きない星空のような世界です。

その3:地鉄(じがね)
日本刀は、各時代の製鉄技術の違いにより、鉄色をはじめとする見え方が異なる物。

また、「折り返し鍛錬」によって地鉄の肌の層は、32,768枚になっており、鍛錬法の違いで、「杢目肌」(もくめはだ)・「板目肌」(いためはだ)・「柾目肌」(まさめはだ)などが複雑に織り成されています。

これら3点を、具体的に鑑賞できるようになることが目標です。ここからは、姿・刃文・地鉄を中心にご紹介します。

「刀剣・日本刀の鑑賞ポイント」YouTube動画

刀剣・日本刀の鑑賞ポイント

日本刀の姿から制作時代が分かる

一見すると同じように見える日本刀の姿は、時代によってかなり違う物。各時代の戦闘方法が異なり、それに最も都合の良い姿になっているので、各時代の姿の違いを覚えれば、姿だけである程度の時代が特定できます。

平安時代末期から鎌倉時代初期

上品な姿でありながら、安定感と力強さがある。

平安時代末期から鎌倉時代初期の太刀姿

平安時代末期から鎌倉時代初期の太刀姿

鎌倉時代中期

鋒/切先(きっさき)が詰まって猪首(いくび)になり、身幅広く、元先の幅に大差はない。

鎌倉時代中期の太刀姿

鎌倉時代中期の太刀姿

南北朝時代

身幅広く、重ね薄く、平肉(ひらにく)が少ない。長大な「太刀(たち)が多く、現在観る太刀は、短く磨上げた物が多い。

南北朝時代の太刀姿

南北朝時代の太刀姿

室町時代初期

鎌倉初期の姿に似るが、「腰反り」(こしぞり)でなく、「先反り」(さきぞり)である。

室町時代初期の太刀姿

室町時代初期の太刀姿

室町時代中期

2尺(約60cm)前後の「刀」が多く、集団戦の片手打ちに適している。

室町時代中期の刀姿

室町時代中期の刀姿

慶長時代

南北朝期の日本刀を短く大磨上げした刀姿に似る。

慶長時代の刀姿

慶長時代の刀姿

寛文時代

反り浅く、鋒/切先が小さく先幅が狭い。

寛文時代の刀姿

寛文時代の刀姿

  • 刀剣・日本刀写真/画像
    制作時代や刀の種類、鑑定区分などから刀剣を検索することができます。
  • 「日本刀の姿」をはじめ、刀剣に関する基礎知識をご紹介します。

刃文とは何なのか

刃文:刀身に現れる波のような文様

刃文:刀身に現れる波のような文様

刃文とは、刀匠の美と個性の表現を凝縮させ、実用をかねた美しい刀身の中に、真っ白に輝いて見える焼刃のかたちのこと。

初めて日本刀を観たとき、夜空に流れる天の川に輝く星々を見るようで、美しいと感じることでしょう。それは実用と美しさをかね備えた無駄のないスッキリとした刀身の上に、白くきらめく刃文のリズミカルな躍動感や、簡潔な緊張感に美しさを覚えるからなのです。

日本刀の刃文を生み出すには数々の秘密があり、不思議なエネルギーに満ちている刃文は、赤く熱した刀身を水に入れる熱処理の化学変化により生じます。日本刀の最も硬度の高い部分が刃文です。

刃文作りの基本は、刃文になる部分には薄く、地肌になる部分には厚く、「焼刃土」(やきばつち)という特殊な粘土を塗り、熱した刀身を水で急冷し、刃文を出現させます。

刃文とは光の芸術

刃文の一例

刃文の一例

刀身上に白く輝く、波状または直線状に見える物が刃文です。「鋼」(はがね)を焼いて水に入れ、急冷する「焼き入れ」(やきいれ)の際にできた粒子に光が当たり、乱反射して白く見えます。

そのときにできた粒子の大きい物が、お湯が煮えた際にできる空気粒のように見えるので「」(にえ)、粒子が細かく、匂うような状態で視認できない状態の粒子が「」(におい)です。

これは鼻で嗅ぐ「匂い」ではなく、例えば「青丹よし 奈良の都は 咲く花の 匂うがごとく 今盛りなり」([万葉集]巻三・32 8)にある匂いと同じで、花の色が鮮やかに美しく照り映えている様子を言い、視覚的な意味を持ちます。

刃文は大別すると、「直刃」(すぐは)と「乱れ刃」(みだれば)の2種類あり、直刃は直線状、乱れ刃は種々の曲線で構成された刃文です。刃文は非常に美術的であり、観る人を引き付ける魅力があります。刃文は、日本刀だけにある優れた特徴。

直刃は最初に出現した刃文で、古墳時代から見られ、刃幅の広狭によって、「広直刃」(ひろすぐは)・「中直刃」(なかすぐは)・「細直刃」(ほそすぐは)の種別があります。広直刃と細直刃は強度に欠点が出やすいため、ほとんどの刃は、中直刃に焼かれているのです。

乱れ刃には多くの種類がありますが、基本となる乱れ刃は「湾れ刃」(のたれば)・「丁子乱れ刃」(ちょうじみだれば)・「互の目乱れ刃」(ぐのめみだれば)の3種類。

湾れ刃は、波がゆるやかに起伏するように直刃がゆったりとうねったように見える刃文で、「大湾れ刃」と「小湾れ刃」に分けられます。

丁子乱れ刃の種類

丁子乱れ刃の種類

丁子乱れ刃は、丁子の実を並べたような刃文。熱帯産のフトモモ科の常緑高木である、丁子の実に似ていることから名付けられた刃文で、家紋にも使われているのです。

丁子乱れ刃の刃文には、乱れの高低の少ない刃文である「小丁子乱れ」、大きい乱れとなっている「大丁子乱れ」、乱れが八重桜のように重なり合った華やかな刃文の「重花丁子乱れ」(じゅうかちょうじみだれ)など、多くのバリエーションがあります。

丁子をベースにしながらも、その形状の違いから、「蛙子丁子」(かわずこちょうじ)、「拳形丁子」(けんぎょうちょうじ)などと名前が付いているのです。

互の目乱れ刃の種類

互の目乱れ刃の種類

互の目乱れ刃は、基石を並べて横から見た形に似て、乱れの頭が丸く揃った状態が基本の刃文。互の目乱れ刃も、「大互の目」と「小互の目」に分かれます。

これらの刃文には、乱れの山が尖っている「尖刃」(とがりば)や「鋸刃」(のこぎりば)、数珠を横から見たような「数珠刃」、互の目と丁字が判別しがたい「互の目丁子」など。

その他には、形の違いに数々の名前が付いた互の目乱れ刃がありますが、その種類は多岐にわたっていますので、その時々で覚えていきましょう。

また、「皆焼刃」(ひたつらば)と呼ばれる刃文もあり、こちらは、大乱れ刃が極端になり、刀身全体に飛び焼状になったものです。

「日本刀の刃文」をはじめ、刀剣に関する基礎知識をご紹介します。

「沸出来」の刃文と「匂出来」の刃文

「匂出来」と「沸出来」

「匂出来」と「沸出来」

刃文の種類は、熱処理温度の違いによって粒子の大きさが違うものに分かれており、高温で出現する沸と、低温度で出現する匂の2種類があります。

お湯が沸騰するときに出る空気の泡粒のように見える状態を沸と言い、匂は、香りが匂い立つ微細な状態を言います。沸と匂は本質的には同じ物で、雨と霧の違いのようなもの。

地肌と刃文の刃境に肉眼で粒々状に見えるのが沸で、霧のように細かく見えない結晶が匂です。

沸や匂は、刃境に多く現れるとされていますが、それは、やわらかい地肌と硬い刃部が、刃境で霜降り状に混じり合っていることに理由があります。

砥石で研磨すると、やわらかい部位は砥ぎ減りますが、硬い部位では入り組んだ刃文が粒状に浮き出て見えるようになり、これが沸や匂の刃文となるのです。

数え切れないほどの粒子が付いた沸や匂の刃文に光を当てると乱反射を起こすため、白く浮き立って見えます。

また、刃はスリ硝子状に表面がザラザラとしており、凹部と凸部が無数にある状態です。物を切ったときは、凸部にのみ物に接触するので摩擦が少なく、よく切れることになります。

「沸出来」(にえでき)の代表が「正宗」(まさむね)、「匂出来」(においでき)の代表が「備前長船」(びぜんおさふね)の日本刀です。

沸と匂の必要性

日本刀の沸と匂の状態を鑑賞するには、光源に対して21°ほどの角度で、刀身を透かして観ます。これは、研師が「化粧研ぎ」という一種の化粧を施しているため、この化粧を消し、真の刃文を観るために行なう作法です。

女性の化粧は水で洗い流しますが、鑑賞の化粧は光で消し去ります。「マルテンサイト」と呼ばれる粒子が光を乱反射させ、沸と匂が白く輝いて見えるのです。

沸と匂は、美的要素のために考え出された物ではありません。あくまでも切れ味を良くするための物なのです。沸と匂があると、切った物と触れ合うのが沸と匂の頭頂部だけになり、接触面積が少なく、抵抗も低く通過できるのでよく切れます。

また、最もはっきりと沸と匂が認識できるのは、地鉄と刃文の境目です。ここは、地鉄の「トルースタイト」と刃部のマルテンサイトが霜降り状に混じり合っている部位であり、研ぎにより軟質のトルースタイトが沈み、マルテンサイトが乱反射するので、目立って見えます。この硬軟が混じり合うことが重要なのです。

なぜなら、物を切ったときの衝撃が、いきなり刃部から地部へ伝わると、刃と地に割れが生じやすくなりますが、硬軟入り混じった刃境は、衝撃を吸収する緩衝地帯の役目を果たします。刀匠は実用だけでなく、さらに美の極致を目指した結果、夜空にきらめく星々のように、神秘的な沸と匂の美を生み出したのです。

帽子は鋒/切先の刃文

鋒/切先の刃文を「帽子」(ぼうし)と言います。誰が言ったのか、帽子は日本刀の顔で、刀匠の技量がよく分かる所という解説が継続的にされていますが、帽子が上手で刀身の刃文は下手、などという刀匠はいません。刃文が下手な刀匠に、上手な帽子を焼けないからです。

上手と下手の差は、鋒/切先の重ねは薄く焼き入れが難しいところで、均一にむらなく焼けているかどうかの差となりますが、現在残っている日本刀のほとんどは名工の作であり、むらなく焼けています。帽子を観ることによって、所属する流派と時代が大まかに推測できるのです。

帽子の見方について、具体的に一例をご説明します。

「帽子」は峰/切先の刃文

「帽子」は峰/切先の刃文

関ヶ原の戦い」前後から200年ぐらいのあいだにできた日本刀を「新刀」(しんとう)と言いますが、新刀は例外を除き、刃文がどれほど乱れていても、帽子は直刃の「小丸帽子」(こまるぼうし)です。

これに対して「古刀」(ことう)は、乱れ刃の刃文のときには帽子も乱れ刃になり、古刀を理想とした「新々刀」(しんしんとう)も、それに倣っています。

焼き入れの秘密

たたら製鉄

たたら製鉄

日本刀の成立には、温度が決め手になります。世界に認められた日本刀の優秀性は、砂鉄を低温で製鉄する、「たたら製鉄」と呼ばれる日本独自の製法に由来しているもの。

洋鉄は、鉄鉱石をコークスで溶解するのに、1,500℃以上の高熱が必須であるのに対し、酸化鉄である砂鉄を還元するのには、木炭の遠赤外線の作用により、750℃ぐらいから還元が始まり、1,000℃以上で最高の温度となります。

砂鉄は、洋鉄より500℃も低温で還元できるため、硫黄や燐(りん)が溶け込まず、不純物の少ない良鉄になるのです。ちなみに硫黄が入ってしまうと暑いときに折れやすくなり、燐が入ると寒いときに折れやすくなると言われています。また、これらは錆びの原因にもなり、内部から崩壊する恐れも出てくるのです。

日本刀制作において、たたら製鉄の他に温度が重要となるのが、焼き入れという工程。これは、折り返し鍛錬を終えて、硬い「皮鉄」(かわがね)とやわらかい「心鉄」(しんがね)を組み合わせて刀身の姿に打ち伸ばしたあと、最後に行なわれるものです。

焼き入れのとき、冷却速度を速めて刃文と地鉄を分けるために、焼刃土を塗ります。刃部には薄く、地部には厚く塗るのですが、これは冷却時間に差を付けるためです。このことは、世界的に例がありません。

仮に赤熱した刀身のみで水に入れると、水が直接刀身に触れて気化し、水蒸気になります。その水蒸気の空気泡が刀身を包み、水が直接刀身に接触しなくなるため、急冷することができません。これに対し、素焼状になった焼刃土には無数の細孔があるので、毛細管現象により、水が刀身に吸い込まれるのです。これにより、絶えず刀身が水で急冷されるので、焼き入れ効果が上がります。

そして、焼き入れを行なう前の日本刀の組織は、純鉄に近い「アルファ鉄」という状態になっていますが、その結晶は、9個の原子から成る1個の分子で構成。

このアルファ鉄を加熱して726℃に達すると、14個の原子から成る1個の分子で構成される「ガンマー鉄」に変化。この温度を「鉄の変態点」と言います。

日本刀に焼きが入り、刃文が出現するには、この「熱の変態点」である726℃以上に熱することが絶対条件。そこから温度の上昇にしたがって鉄の結晶が肥大していき、800℃を超えると、刃物として成立しない弱さになってしまいます。最良の温度は750~760℃であり、ここで焼き入れを行なうと、最も硬い刀身になるのです。

刀匠は、「ふいご」のひと吹きで100℃程度も変化する難しい温度管理を、経験と勘だけで行ないます。口伝では、「太陽が西の空へ沈む色に刀が焼けたら水に入れる」と伝えられていますが、温度計も使わずに目だけで温度を見るのは、現実の作業では神業に近いのです。

焼き入れでは、熱の変態点まで加熱した刀身を急冷する訳ですが、焼刃土を厚く塗った地部はややゆっくり冷えて硬度90のトルースタイトになり、薄く塗った刃部は、急冷により、硬度120の硬い組織であるマルテンサイトになります。

高めの温度で焼かれた日本刀は鉄の肥大化が進み、沸出来の刃文に変化し、やや低い温度で焼かれた物は、匂出来に変化。刃部のマルテンサイトの種類は、硬すぎて不安定な「アルファ・マルテンサイト」と、粘り強く靭性がある安定した組織の「ベータ・マルテンサイト」の2種類があります。

焼き入れの済んだ刀身には、多くのアルファ・マルテンサイトが含まれており、これをベータ・マルテンサイトにするために、刀匠は約400℃の熱で焼き戻しを行なうのです。

この作業によって刀身の弾力が大幅に増し、粘りが出て折れ曲がりも少なくなり、著しく切れ味が良くなります。昔から切れ味抜群と有名な刀匠の作は、焼き戻しの名人でもあった訳です。

「刀剣奉納鍛錬
(折り返し鍛錬・焼き入れ)」の
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刀剣奉納鍛錬(折り返し鍛錬・焼き入れ)|日本刀の作り方

地鉄とは何なのか

地鉄は、鋼そのものの材質と、鋼を折り返し鍛錬することにより現れる「鍛肌」(きたえはだ)の模様を総合した物のこと。

日本刀の制作には約10kgの鋼材を使い、完成時には10分の1以下、850~900gになります。日本刀は標準的に15回折り返し鍛錬を行なうのですが、これにより地鉄は32,768枚の薄い鉄層となり、衝撃抗力が増し強度は約2倍になるのです。ベニヤ板が折れにくいのと似ています。

折り返し鍛錬の効果はそれだけではありません。不均一に分布した炭素が均一化され硬度にバラつきがなくなり折れにくくなるのです。鉄素材のはじめは1.5%ほどの炭素量ですが、刀身の鋼として最適な0.7%ぐらいに鍛錬して調整します。具体的な衝撃抵抗力は、刃方からの衝撃には1t、横からの衝撃には250kgの圧力に耐える強度です。 

鉄素材には「鉄滓」(てっさい:鉄を製錬するときに出る不純物)が相当含まれており、それを折り返し鍛錬することで火花と共に叩き出します。その結果、鍛接面が「杢目肌」、「板目肌」、「柾目肌」、「綾杉肌」(あやすぎはだ)などが基本肌として現れますが、1種類だけの肌模様は少なく混在しているのが普通です。

地鉄の種類①

地鉄の種類①

鍛肌は各流派の鍛錬の相違により、鑑賞するための重要な見所のひとつ。鍛着がはっきり出ている肌合いを「肌立つ」(はだたつ)と言い、鍛え目がより密着している肌合いの物を「肌がつむ」と言います。

板目肌は日本刀に一番多く見られる肌模様で、大模様の肌を「大板目肌」(おおいためはだ)、小模様を「小板目肌」(こいためはだ)、さらに細かくきれいにつんだ肌が「梨子地肌」(なしじはだ)です。

各肌の作例として「相州伝」(そうしゅうでん)の作刀には大板目肌が交じり、よくつんだ小板目肌は鎌倉時代の「山城伝」(やましろでん)の刀工によく見られます。

杢目肌は、この肌模様のみの日本刀はほとんどありません。通常は板目肌に交じって杢目肌が現れ「備前伝」(びぜんでん)の日本刀や「備中青江派」(びっちゅうあおえは)の日本刀に多く見られます。

柾目肌は最も古い鍛肌であり、日本刀以前の「上古刀」(じょうことう)の多くが柾目肌で、日本刀の一番古い流派である「大和伝」(やまとでん)がこの作風を継承。綾杉肌は柾目肌の変形であり、奥州の「月山」(がっさん)や奥州と深い関係が考えられている薩摩の「波平」(なみのひら)などに多く見られます。

次に、鍛肌とは別に地鉄には各種の働き(地肌や刃中に動きや変化のあること)が見られ、中でも最も見極めが難しいのが「地景」(ちけい)。黒光りする細い線が地肌模様に寄り添って黒く観える硬度の異なる鋼線のことで、大肌目に鍛えた日本刀の場合は観えやすく、肌目が細かい鍛えの日本刀は認識しにくい働きです。この働きが刃部に現れるのが金筋「稲妻」で、炭素量が周囲の地鉄より0.1%ほど多くなっています。

また「湯走り」(ゆばしり)の働きは、「地沸」(じにえ)が一部分だけに強くついている所で、輪郭がはっきりせず星屑の集まりのように観えるのです。

地鉄の種類②

地鉄の種類②

地鉄には、もうひとつ重要な「映り」と言う働きがあります。それは、かすかにおぼろげに観える部分で、特に備前刀に多い働きです。

映りの解釈には、刃文の影が映ったように黒く現れて観えるのが映りだと言う見解と、息を吹きかけたように白く観える部位が映りだと言う2つの異なる見解があります。

黒く観えるのは刃文寄りすぐ上部、白く見えるのは「鎬」(しのぎ)寄りの状態を説明した物。映りが刃文の影と考えると、黒く観えるところが映りと考えるのが適当です。

黒く観える映り部は、堅いトルースタイトの地鉄の中にやわらかいガンマ鉄粒子が混在しており、研磨によりやわらかいガンマ鉄粒子がへこみ、刃部にマルテンサイトの粒子がないので、白く光らずに黒く観えます。

白い映りの部分には、トルースタイトの中にやわらかいアルファ鉄の粒子が混在し、研磨するとやわらかいアルファ鉄がくぼみ、淡い光を放って白く観えるのです。

トルースタイトの中にマルテンサイトの硬い粒子が混在する場合は「沸映り」(にえうつり)となり、これは山城系の日本刀に多く見られます。

日本刀は曲がったら、曲がりを直して使うことができますが、折れたら命取りです。折れを防止するため、備前の刀匠達が考え出したのが映り。映りは比較的やわらかいトルースタイト中に、純鉄に近いアルファ鉄が微細に混在しているので、全体に柔軟性が増し。折れることがなくなります。

関東大震災のとき、天井から落ちて柱の下になった「備前長船長光」(びぜんおさふねながみつ)の日本刀が「くの字」に曲がりました。折れずに曲がったのは、柔軟性が高かったためだと考えられています。

その後、研師「吉川恒次郎」(よしかわつねじろう)の手によって、曲がった刀身はもと通りに直されました。現在は名物「大般若長光」(だいはんにゃながみつ)という有名な国宝として東京国立博物館にあります。

「日本刀の地鉄」をはじめ、刀剣に関する基礎知識をご紹介します。

太刀と打刀の違い

太刀は馬上で使用するのを主目的にする日本刀です。したがって、馬上だと相手との距離が遠いので、太刀は長寸の日本刀が多く、太刀は刃を下にして腰に佩きます。その理由は3つあり、第1は、刃を上にして腰に帯びると「鐺」(こじり)で馬に鞭を入れてしまうようなことになってしまうため。

第2は、紐で腰に下げているので鞘を後ろへ引くことができ、下から抜き上げる長い太刀が抜きやすいということ。

第3は、刃を上にした日本刀だと、反りの関係から柄が下を向き、馬の振動で柄が抜けた場合に、そのまま下に脱落してしまう危険があること。

以上の理由から騎馬武者は太刀を使うのです。

太刀

太刀

しかし「元寇の役」(げんこうのえき)より以後、集団戦を経験した日本武士の戦闘方法も、個人戦から集団戦に変化。そうなると、馬上の武士は身分の高い人なので1番先に狙われるのを避けるために、集団に混じって戦闘するようになりました。

そのため下級武士の使用刀であった「打刀」(うちがたな)を上級武士も使用するようになります。その理由は、太刀は1で抜き上げ、2で斬り下げる2拍子の剣に対して、刃が上向きの打刀は1拍子で抜き打ちができるので、太刀からスピードが速い打刀に移行していきました。

太刀から打刀の移行にしたがって、反り位置も変わってきたのです。太刀は、馬の速度と武者の振り出す太刀速度(時速にして約300km/s)が合算した衝撃が刀身にかかります。このときに発生した衝撃波が、柄を持つ手に直接的に受けないように工夫した反りが腰反りなのです。

これに対し、馬の速度が影響しない打刀は当然衝撃が少なく、逆に手元が1動くと3働く梃子の原理を利用する先反りの日本刀になりました。

また、刃を下にしたときに観えた銘を「太刀銘」(たちめい)、刃を上に飾ったときに観える銘を「刀銘」(かたなめい)と呼びます。

余談ですが「刀掛け」に日本刀を飾る場合「私はあなたを攻撃しません」という意味の作法で、打刀も太刀も必ず柄は左。これは、柄が利き手ではない左側にあることで、これを抜いて斬りかかるつもりはないという意思表示です。逆に柄を利き手である右側にするのは「いつでも抜いて斬りかかるぞ」という意味になります。

古刀五箇伝と新刀特伝

五箇伝

「五箇伝」(ごかでん)とは、古刀期に①山城(京都)、②大和(奈良)、③備前(岡山)、④相州(神奈川)、⑤美濃(岐阜)の各国に生まれて発展し、全国に波及した作風を分類したものです。

大雑把にその特徴を挙げれば、山城伝は小板目肌と小沸出来の直刃、大和伝は柾目肌と沸出来の直刃仕立て、備前伝は匂出来の丁子乱刃と杢目肌、相州伝は沸出来の互の目乱れ刃、「美濃伝」は匂出来で尖り刃を交えた乱刃というのが基本的な作風ですが、時代の変遷や個性の違いで、厳密には区分けできません。

基本となる五箇伝は新刀期にも伝承されますが、古刀にはない新しい作風も生まれ、これを「新刀特伝」と分類しています。新刀特伝とは、「古刀五箇伝」それぞれの伝法を受け継ぎながら、古刀期とは異なる造刀法のこと。

つまり、刀工自身が修行しているひとつの伝法を基本として、技術の進歩や時代の風潮、また経済問題などからも影響を受けて、新しい焼き入れ鍛錬法を研究していったのです。

例えば、鍛錬と焼き入れの関係では、それまで小板目肌など目の細かな鍛肌には幅の狭い刃文を入れるのが常識でしたが、新刀特伝では、逆に目の細かな鍛肌に幅の広い刃文を入れています。

刀剣・日本刀写真/画像刀剣・日本刀写真/画像
「五箇伝」などの区分から刀剣を検索することができます。

日本刀の斬れ味

戦国時代に起こった合戦は、1戦あたりの死者が平均5名。その内訳は、弓矢での死者が約4名、槍やその他が1名で、その後、鉄砲をはじめとする飛び道具での戦いが基本となり、日本刀は副次的な役割でした。

しかし、日本刀の実力は世界一の性能があり、斬り付け時の圧力には1tに耐え、横打ちには250kgに耐えます。その切れ味は、最高で七ツ胴を裁断した日本刀があるほどです。

反りは斬り付け時の衝撃を軽減する役割がありますが、これは焼き入れすると刃部の体積が増大することにより自然に生まれます。刀匠はその反りを考え、基本の刀身を作るのです。

ここまで簡単に日本刀の説明をしましたが、日本刀は10kgの鋼を使い、10分の1以下にまでに鍛錬し1振の日本刀にしますが、西洋では、斬れれば良いという考え方のため10kgあれば10振の剣ができます。

日本刀は単なる武器を超え、聖的存在であることを求められ、神が乗り移られる依代(よりしろ)として崇敬、礼拝の対象とされていました。これは日本刀の持つ「霊力」に加護を期待したからこそで、各種の美術工芸の粋を結集して制作されており、知れば知るほど、その魅力の奥深さに知的興味が尽きない世界です。

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刀剣鑑賞作法

日本刀鑑賞ポイント

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日本刀の姿

日本刀の姿
日本刀を鑑賞するポイントは、日本刀の美しさを構成している要素をよく観ること。ズバリ、日本刀の「姿」(すがた)・「刃文」(はもん)・「地鉄」(じがね)、そして「茎」(なかご)です。まずは、日本刀の姿に注目。日本刀の姿を作る、「鋒/切先」(きっさき)・「反り」(そり)・「造込み」(つくりこみ)・「長さ」を良く観て全体的にとらえることができれば、作刀された時代や個性を読み取れるようになれます。そこで、日本刀の姿について詳しくご紹介しましょう。

日本刀の姿

日本刀の造り・姿とは

日本刀の造り・姿とは
美術品として刀剣の鑑賞を楽しむときに観どころとなる部分はいくつかありますが、なかでも、作刀された時代を知る有力な手がかりとなるのが「造り」や「姿」です。刀剣は、それぞれの時代によって異なる必要性や要求に合わせて作られているため、その造りや姿の中に時代ごとの社会的特徴が反映されています。つまり、刀剣の造りや姿を知ることは、「日本の歴史そのものを知ることにつながる」と言えるのです。ここでは、刀剣の造りや姿について、詳しくご紹介します。

日本刀の造り・姿とは

反りとは

反りとは
時代背景や流行などによって、日本刀の形状は変化してきました。そのため、様々な形状がある日本刀ですが、多くの日本刀では一定の「反り」(そり)を確認できます。日本刀は、ある意味この独特な「反り」があるからこそ、美しいとも言えるのです。この日本刀の反りには、いったいどのような役割があり、反らせることによってどのような効果があるのか。また、日本刀にある反りの種類や時代による反りの変化について、詳しくご紹介します。

反りとは

鋒(切先)とは

鋒(切先)とは
刀剣は、全体を眺めていても非常に美しいのですが、細部の造り込みにも刀匠のこだわりを感じ取れます。刀剣の各部名称をしっかり覚えておくと、刀剣鑑賞をする際にとても役立つことでしょう。刀身の先端部分である「鋒/切先」は、刀身の中でも最も美しい部分だと評価されます。鋒/切先の構造や、現存する刀剣の鋒/切先の種類、そして時代ごとの移り変わりについて、詳しくご紹介します。

鋒(切先)とは

棟(むね)とは

棟(むね)とは
刀剣には様々な部位があり、鑑賞するポイントがたくさんあります。その中で「棟」(むね)の形や反り具合は、刀剣全体の形状の中でも分かりやすい部分です。棟の種類や形によって何が分かるのか、棟にまつわる豆知識などをご紹介します。

棟(むね)とは

茎(なかご)とは

茎(なかご)とは
普段は「柄」(つか)に収められている、日本刀のグリップ部分である「茎」(なかご)。茎には、刀工名や制作年月日などの情報が記された「銘」(めい)があるため、日本刀を鑑賞するうえでとても重要な部分です。茎の形状や種類などについて解説していきます。

茎(なかご)とは

日本刀の地鉄

日本刀の地鉄
「地鉄」(じがね)の美しさに気付くことは、日本刀を鑑賞する上で、とても重要なポイントです。地鉄とは、「折り返し鍛錬」によって生じた、「鍛え肌」(きたえはだ)・「地肌」(じはだ)の模様のこと。「姿」(すがた)や「刃文」(はもん)とともに、その刀が作られた時代や流派を見分ける決め手となり、刀工の個性を楽しむことができる見どころです。ここでは、日本刀の地鉄の見方について、詳しくご紹介しましょう。

日本刀の地鉄

日本刀の刃文

日本刀の刃文
日本刀を鑑賞する最大の魅力と言えば、「刃文」(はもん)の美しさでしょう。刃文とは、「焼刃」(やきば)に入った「刃先」(はさき)の模様のこと。「帽子」(ぼうし)もまた「鋒/切先」(きっさき)に入った刃文です。刃文は「姿」(すがた)や「地鉄」(じがね)と共に、その刀が作られた時代や流派を見分ける決め手となり、刀工の個性を楽しむことができる物。ここでは、日本刀の刃文について詳しくご紹介します。

日本刀の刃文

日本刀の刀身彫刻・鑢目・疵・疲れ

日本刀の刀身彫刻・鑢目・疵・疲れ
「日本刀」には様々な見所があります。それは、刀工によって細部までこだわりぬかれた結果です。ここでは、日本刀鑑賞における細かなポイント(刀身彫刻・鑢目・疵・疲れ)についてご紹介します。

日本刀の刀身彫刻・鑢目・疵・疲れ

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