1980年代以降プロデビューの刀剣漫画家・刀剣漫画原作者

沙村広明

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【無限の住人】で知られる沙村広明(さむらひろあき)。海外でも高い評価を得た同作では新しい時代劇漫画が目指され、何度斬られても死ねない不死身の武士を主人公に描かれます。そこには沙村の武士文化への独自のまなざしがあります。それは読み切り【軍傳】でも貫かれています。

沙村広明の反武士道を描いた刀剣漫画

沙村広明は学生時代、手塚治虫、藤子不二雄、高橋留美子を愛読し、作画の影響については安彦良和、星野之宣、大友克洋らの名前を挙げています。

美術大学在学中に描いた読み切り【無限の住人】(1993年〔月刊アフタヌーン〕掲載)が月刊アフタヌーン四季賞・夏のコンテストで四季大賞を受賞し、すぐさま連載化されました(1994~2013年〔月刊アフタヌーン〕連載)。同作は、第1回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門優秀賞を受賞(小山ゆう【あずみ】と同時受賞)。

連載7年目に英語版がアメリカのウィル・アイズナー漫画業界賞の第3回最優秀国際作品賞を獲得し、同賞は翌年に小池一夫原作【子連れ狼】(小島剛夕作画)が受賞するなど、無限の住人は時代劇漫画ブームの火付け役となりました。

無限の住人は、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の時代、親の敵討ちを目指す娘とその娘に用心棒を頼まれた剣客との道行きの物語です。幼子を連れた剣客が一族の敵討ちを目指し放浪する子連れ狼の系譜です。

「ネオ時代劇」とも称された無限の住人は主人公が不死の肉体を持ち、何度でも蘇ることが最大の特徴です。沙村は、死ぬことで体面を保つ武士道へ疑問を投げかけました。また身分制度や家柄にも疑問を投げかけ、刀剣・日本刀に対して変形刀剣や唐刀が重んじられます。

物語は明治時代初期の廃刀令まで描かれ、時代の中で生きざるを得なかった武士の悲哀も根底に流れています。

沙村の刀剣キャラ① 愛刀は多数多彩・不死身の万次

無限の住人の主人公・万次(まんじ)は、黒襟に白の着物を着た隻眼の剣客です。その造形は、林不忘【丹下左膳】の主人公から着想したと沙村は明かしています。旗本配下の武士(腰物同心)だった万次は旗本の不正を知って斬り、お尋ね者になります。以来100人のもと仲間を斬る中で万次は賞金首になります。斬った中には妹の夫の武士もおり、その妹は万次の命を狙う浪人に目の前で斬られて亡くなりました。

ある日、妹の一件以来、刹那的に人を斬って生きる万次の前に尼僧・八百比丘尼(やおびくに)が現れます。不死身の比丘尼は、万次に不死身となる力を持つ血仙蟲(けっせんちゅう)を埋め込み、人間の魂を救うことを投げかけます。けれども万次は、「この先 残りの人生かけて一〇〇〇人の悪党を斬る!」と宣言し、さらに刹那的な生き方を選ぶことになります。虚無的に生きる剣客像は中里介山【大菩薩峠】から柴田錬三郎【眠狂四郎】シリーズなどへと続く時代小説からの系譜です。

「序幕 罪人」【無限の住人】より

「序幕 罪人」
【無限の住人】より

万次は、倒した相手から頂いた長さの違う二又の四道(しど)や 、妹守辰政(いものかみたつまさ) など独自の名称の付いた刀剣を多彩に用います。鞘は持たず、刀剣は着物の袖に収納されているとされ、立ち合いの際に着物の袖の中から現れます。

万次の独自の変形刀剣は種類が多く、単行本時には巻末に解説とともにまとめられました。

「第三幕 天才」【無限の住人】より

「第三幕 天才」
【無限の住人】より

「付録」【無限の住人】より

「付録」
【無限の住人】より

「第三幕 天才」【無限の住人】より

「第三幕 天才」
【無限の住人】より

「付録」【無限の住人】より

「付録」
【無限の住人】より

沙村の刀剣キャラ② 家宝刀は正統に苦悩した祖父が残したクトネシリカ・凛

万次は八百比丘尼の助言を受けた浅野凛(あさのりん)から用心棒を依頼されます。凛は無天一流(むてんいちりゅう)の統主・浅野虎厳(あさのたかよし)のひとり娘です。格式や伝統を重んじた免許皆伝を巡る跡目争いから父親を目の前で殺され、親の敵討ちに生きることになります。黄金蟲(おうごんちゅう)と名付けた匕首の投げを得意とします

跡目争いを招いた凛の祖父はその後、刀剣・日本刀と、跡目を争ったライバルが用いた唐物との刀の2本を浅野道場の宝刀としたとされます。「せめてもの手向けだったのかも…」と凛は解釈します。のちに唐刀は蝦夷由来と分かり、凛はアイヌの霊刀名にあるクトネシリカと命名しました。

「第三幕 執人」【無限の住人】より

「第三幕 執人」
【無限の住人】より

沙村の刀剣キャラ③ 南蛮製の頭椎を使用・もと商人の家系の天津影久

万次と凛の倒すべき相手は、逸刀流(いっとうりゅう)2代目統主・天津影久(あのつかげひさ)です。

中国人と思われる異国の商人の家系の影久は、祖父が無天一流を継承できなかったことで凛の浅野家に恨みをもち、凛の父を斬りました。影久は祖父の想いを受け継ぎ、流派にしばられない無頼の浪人集団を率います。

影久は南蛮の一枚打ちの斧・頭椎(かぶつち)を用います。凛からの刀剣・日本刀の方が使い易いのではという問いに、「この斧ならば」、「止めた刃もろとも相手の頭蓋をたたき割る事が可能なのだ」と答えました。影久も格式や伝統を重んじる武士の作法からはみ出ます。

「第十三幕 斜凛<其の二>」【無限の住人】より

「第十三幕 斜凛<其の二>」
【無限の住人】より

沙村の刀剣キャラ④ 武器は三味線に仕込んだ独自の三節槍・もと武家の乙橘槙絵

影久には、再従姉弟(はとこ)の乙橘槇絵(おとのたちばなまきえ)がいます。武家の娘だった槇絵は、無天一流の次期統主とされていた兄を倒したほどの剣客です。けれどもそのことで兄が自刃して槇絵の家は断絶。母とともに遊女となりました。槇絵は、女性ゆえに格式や伝統を重んじる武士の作法からはみ出ます。

槙絵は好意を心に秘めていた影久に身請けされたのち盟約を結びます。三味線に仕込んだ両端に刃物を付けた舶来の三節槍・春翁(はるのおきな)を武器に万次に迫ります。

「第七幕 夢弾<其の一>」【無限の住人】より

「第七幕 夢弾<其の一>」
【無限の住人】より

「第七幕 夢弾<其の一>」【無限の住人】より

「第七幕 夢弾<其の一>」
【無限の住人】より

沙村の刀剣キャラ⑤⑥ 愛刀はグラントルコの凶戴斗・愛刀はホトソギの尸良

無限の住人では他にも、格式や伝統を重んじる武士の作法からはみ出た登場人物が多数描かれます。

逸刀流のひとり・凶戴斗(まがつたいと)は、舶来の仕込み刀で突き専門の刀剣・グラントルコで万次に迫ります。戴斗は逸刀流が幕府傘下にという話がでると、百姓出身であり、侍に妹を殺されていたことを理由に逸刀流を離れました。

「第三幕 執人」【無限の住人】より

「第三幕 執人」
【無限の住人】より

「第三幕 執人」【無限の住人】より

「第三幕 執人」
【無限の住人】より

「第三幕 執人」【無限の住人】より

「第三幕 執人」
【無限の住人】より

「第三幕 執人」【無限の住人】より

「第三幕 執人」
【無限の住人】より

万次と凛と共闘することになる死罪人の集団・無骸流(むがいりゅう)のひとり・尸良(しら)は、ノコギリ状の歯の付いた直刀・ホトソギを愛刀とします。相手に刀剣・日本刀による切腹・介錯という侍の儀式以上の痛みを味あわせたい思いからでした。その残虐性から万次・凛とやがて対立していきます。

「第三十幕 現ズル事無キ代物<其の六>」【無限の住人】より

「第三十幕 現ズル事無キ代物<其の六>」
【無限の住人】より

宮本武蔵を描いた小説の表紙イラスト

沙村は無限の住人の連載と同時期、SF、現代劇、短編と多彩に描きました(【ブラッドハーレーの馬車】、【ハルシオン・ランチ】、【幻想ギネコクラシー】、【ベアゲルター】など)。この間、連載16年目を迎えた無限の住人がテレビアニメ化されています。

また沙村は漫画だけでなく小説の表紙イラストも担当します。ジュード・フィッシャー【エルダ混沌の<市>】、楠木誠一郎【武蔵三十六番勝負】などです。エルダ混沌の<市>では女性刀鍛冶師などを、武蔵三十六番勝負では宮本武蔵、吉岡清十郎、くノ一・佐助、佐々木小次郎、徳川家康を描きました。

沙村の刀剣キャラ⑦ 非実践的構えの侍・石川軍東斉

無限の住人連載終了の3年後、同作が舞台化された年、沙村は久しぶりの時代劇漫画を発表します。SF時代劇の読み切り【軍傳(いくさつたえ)】(2016年〔週刊ヤングマガジン〕掲載)です。

主人公は、寛永ご前試合にその名を残す石川軍東斉(いしがわぐんとうさい)です。剣で名を成すことを生きがいにした軍東斉の活躍の裏にあった秘密を描きました。「それらの構えの」、「半ば以上は」、「単に自ら大きな隙を作り出しているに過ぎず」、「とうてい実戦に即したシロモノとは思えなかった」と記されます。その背景にある未来人の力によって勝利した理由を通じて沙村は、侍の精神を否定しました。

「軍傳」より

「軍傳」より

デビュー作の刀剣漫画が海外でも評価された沙村。そこには物語設定だけでなく、刀剣の造形や構えを通して、死を美徳とする武士の作法への疑いのまなざしが常にあります。

著者名:三宅顕人

沙村広明

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