武器としての強靭さはもちろん、美術品としての美しさもかね備えているのが日本刀です。鉄を鍛える技術が平安時代にユーラシア大陸から伝わって以来、日本刀の制作技術は長い歴史の中で磨かれ、発展してきました。ここでは、現代に伝わる日本刀の作り方について、その一例をご紹介します。
日本刀の素材として最も重要である玉鋼は、たたら製鉄によって精錬された物が使用されることが一般的。たたら製鉄は、砂鉄を原料とした製鉄法で、粘土で作り上げられた炉を、木炭と風を送るための装置である「鞴」(ふいご)を用いて加熱し、鉄に含まれる炭素の割合を調節する製鉄法です。
たたら製鉄の技術は、大正時代に一時途絶えてしまったのですが、戦前の「靖国たたら」で復活し、現在は島根県の安来市に存在する「日刀保たたら」によって保存されています。この技術によって、日本刀の制作に適した玉鋼と呼ばれる良質な鋼が作られるのです。
玉鋼を使用しない場合、「卸し鉄」(おろしがね)と呼ばれる古い釘などの鉄を材料にして刀匠自身が精錬を行なうことで素材の鋼とすることもあります。これは、卸し鉄を用いることで独自の味わいが出るからだと考える刀匠もいるからです。
また、日本刀に必要な素材に木炭があります。作刀での重要なポイントである焼入れのために欠かすことができず、それを行なうにあたっての作業に炭切りがあります。刀鍛冶の世界には「炭切り三年」という修行に関する言葉があり、木炭を均等な大きさに切り分けることが弟子には求められました。
炭切りされた木炭は、刀身の焼入れの際、火床(ほど)で使われるのですが、適当な大きさに炭切りがされていないと、刃文を出すために刀身に塗る焼刃土(やきばつち)が落ちてしまい、刃文を出すことができなくなるのです。適当な大きさに炭切りがされていれば、刀身との抵抗が少なくなり、刀身に塗った焼刃土が落ちないため、炭切りが重要なことが分かります。
なお、炭切りは切った際に生じる炭の粉末で、鼻の中まで真っ黒になってしまうような大変な作業です。
日本刀の制作で使う鋼は、まずは炭素量に応じて使う鋼を分ける作業を行ないます。なぜなら、炭素量が多いと鋼が硬くなり、また、硬さによって用途が変わってくるからです。そのためには、玉鋼を真っ赤になるまで熱して、厚さ数ミリの板状になるまで薄く打ち延ばします。玉鋼を叩いて薄く延ばすには、最初はなるべく玉鋼を「赤める」程度の低温で加熱してから叩くことが必要です。
なぜなら、玉鋼は鋼の粒がたくさんくっ付いたような形になっているのですが、この状態の玉鋼をいきなり高温で叩くとばらばらに砕けてしまうからです。これを防ぐために、最初は低温でなじませながら叩いていかなければなりません。
水減し
そうして徐々に玉鋼を延ばし、厚さとして3~6mmほどになったら、熱された状態である鋼を水に入れて急激に冷やします。これは水減しと言われる作業で、急冷することによって炭素量が多い部分は自然に砕けるのです。砕けなかった部分は小槌で叩いて割る作業である小割りという作業を行ないます。小割りでは、水減しをした鋼を適当な大きさに割るのですが、このとき、日本刀の刃の部分に使用する「皮鉄」(かわがね)に適した炭素量の鋼は割ることができますが、炭素量が少なく、やわらかい部分は割ることができません。硬いせんべいは叩くと割れて細かくなりますが、やわらかいぬれせんべいは叩いても曲がるだけで割れないのと同じ原理。つまり、割れた鋼は硬い鋼で、割れなかった鋼はやわらかい鋼と分けられるのです。
日本刀は、皮鉄に炭素量が多く硬い鋼を用います。また、刀身の中心部分である「心鉄」(しんがね)には、炭素量が少ないやわらかい鋼を用いますので、刀匠はこの水減しと小割りで鋼の炭素量を見極めるのです。
鋼を割ったあとに行なうのは、「テコ棒」という持ち手の先に割った鋼を積み重ねる作業で、刀匠はこの作業で炭素量を計算して使用する鋼を分別します。例えば、鉱滓(こうさい)という不純物の混じった部位は、沸しや鍛錬のときに鉱滓を減らさなければなりません。そこで、火がより当たり鉱滓が抜けやすい外側に積みます。これによって、鍛錬時に鉱滓が効率的に火花として飛び散りやすくなるのです。
さらに、鍛錬では不純物である鉱滓だけでなく、炭素量が多い良質な鋼も火花として飛び散りやすいという傾向があります。良質な鋼は飛び散って失うことを防ぐために、鋼の積み重ねの際に直接火が当たらない中央付近へ収めることで鍛錬時に飛び散らないようにするといった工夫がなされているのです。わざわざ細かく鋼を割ってから積み重ねるのは、鋼に満遍なく熱を伝えられるようにすることと、不純物である鉱滓を鋼の隙間から取り除きやすいようにするためです。
積み重ねる鋼の量はおよそ2~3kgであり、1振の刀の重さが1kg弱であることを考えると、ここから半分以上の部分が鍛錬によって取り除かれていきます。鋼の積み重ねが完了したら次の作業は「積み沸し」(つみわかし)です。そもそも「沸し」とは、鋼の中心部までしっかりと熱が加わった状態を「鋼が沸く」と表現されることに由来しているのです。
積み沸しによる加熱に先立ち、効率的に沸しができるための準備にとりかかります。まず、積み重ねで積んだ鋼が崩れないよう、水でぬらした和紙にて全体を包み固定、そのあと、藁灰(わらばい)をまぶし、泥汁をかけます。ここで藁灰をまぶすのは、鋼と空気の間を遮断するためで、これによって鋼自体が燃えることを防止。泥汁をかけるのは鋼への熱の伝わりを良くし、これによって沸しが効率的になされます。この作業を経たあとにテコ棒を火床に入れ、熱することで沸しの作業に入っていくのです。しっかりと鋼を沸すための様々な工夫が脈々と受け継がれています。
沸しでは、鞴で風を送りながら作業しますが、その使い方によって火の強さや温度が変わってきます。ベテランの刀匠は、沸しの際に生じる火花と音によって鋼の状態を把握し、鞴を繊細に操ることで火力を調整。これを続け、鋼が沸いたと判断したらまず刀匠は「仮付け」と呼ばれる作業を行ないます。
仮付けは、一旦取り出した鋼を大槌で叩くことによって、沸しの度合いを確認する作業です。ここでしっかりと沸しがなされていれば鋼は叩いても崩れません。逆に、沸しが不十分であると、崩れる恐れがあるため、温度管理と大槌で叩く作業は慎重に行なう必要があるのです。そのあと、鋼同士をきちんと鍛着させるために鋼を沸し、大槌で叩く作業を繰り返して鋼を一体化させていきます。
次に行なうのが不純物である鉱滓を取り除くための「本沸し」です。本沸しでは、古い藁灰を払い、新しい藁灰をまぶして沸す作業を繰り返します。本沸しを繰り返すことで鉱滓が鋼から抜けていくため、精錬が十分に行なわれるのです。最後に、折返し鍛錬に先立ち、大槌で鋼を叩き固めていきます。
鍛錬においては、複数人で作業を行なうことが主であり、最も重要な役割を果たすのは「横座」を担当する刀匠。横座は、テコ棒と小槌を持ち、大槌を振るって鋼を打つ「先手」にどの場所をどのぐらいの強さで叩いて欲しいかを指示します。
先手がこの横座の指示にしたがって大槌を打つことを「相槌を打つ」と言い、慣用句として用いられる「相槌を打つ」はここが語源となっているのです。近年では、刀匠の減少などにより、相槌を打つ役割である「先手」を機械のハンマーで代替して行なうこともあります。
鋼は叩いて長方形に薄く延ばしたあと、真ん中に切れ目を入れて、そこから折り返すことによって鍛えます。折り曲げる方法には、同一方向に折り曲げ続ける「一文字鍛え」と、縦横交互に折り曲げていく「十文字鍛え」の2通りがあり、どちらを採用するかは刀匠の選択次第です。
一文字鍛え・十文字鍛え
刀剣奉納鍛錬
刀剣奉納鍛錬
刀剣奉納鍛錬
無鑑査刀匠・尾川兼國による刀剣奉納鍛錬と多度大社での奉納式の様子を動画でご覧頂けます。
動画のロングバージョンはこちら
その1
その2
その3
また、日本刀の中心部に用いられるやわらかい鋼である心鉄も別途鍛錬を行なうのですが、皮鉄は15回ほど折り返して鍛錬するのに対し、心鉄の折り返し鍛錬は5~6回ほどで完了です。
なお、心鉄に使われる鋼はやわらかいため、沸しの際に砕ける心配が少なく、沸しの温度なども皮鉄ほど厳密でないとされています。
「造込み」(つくりこみ)と呼ばれるこの工程では、比較的やわらかい心鉄を包むように、硬い鋼である皮鉄を巻き付けて熱し付けます。これにより、外側は硬く、内側はやわらかい鋼の構造に仕上がるため、「よく切れるが、折れにくい」という一見相反する性質を持たせることが可能です。造込みの中でも、上記のように心鉄の周囲に皮鉄を包み込んで作り上げる方法を「甲伏せ」(こうぶせ)と呼び、最も一般的な手法になっています。
この造込みは数種類あり、先に紹介した甲伏せ以外にも「本三枚」という「刃鉄」(はがね)と呼ばれる鋼の上に心鉄を乗せ、その両側から皮鉄を挟みこむという3種類の鋼を用いる方法。さらに、この本三枚の構造から、心鉄と皮鉄の上に棟鉄(むねがね)と呼ばれる鋼を乗せた4種類の鋼を使う「四方詰め」と呼ばれる方法などがあります。
造込みによって刀身の構造ができ上がったら、次の作業は素延べという、鋼を熱しながら刀身の形になるように打ち伸ばしていく工程です。この際、単に熱を加えるのではなく、鋼を沸した状態に保ちながら徐々に打ち延ばす必要があります。
なぜなら、沸しながら徐々に打ち延ばさなかった場合、無理な力が鋼にかかり、疵の原因となるからです。さらに、沸しながら打ち延ばすことで、鋼の精錬をかねるというメリットもあります。
ある程度鋼を打ち延ばしたら、続いては鋼の先端から鋒/切先(きっさき)となる部分を打ち出す作業です。このためにまず、鋒/切先となる部分を斜めに切り落とすのですが、この際の注意点として斜めに切り落とした向きは、最終的に鋒/切先になる方向と逆向きに切り落とします。鋒/切先となる部分を切り落としたあと、刀匠は鋒/切先の部分を切り落とした方の反対側から切り落とした方へ打ち出し、最終的に日本刀となるときに目指す形の鋒/切先を仕上げていくのです。
ただ、切り落としただけの鋒/切先だと、折り返し鍛錬にて作り上げた肌目が鋒/切先部分で途切れてしまい、鋒/切先部分の強度が落ちてしまいます。刀の実用性を高めるために、わざわざ切り落とした方向の反対側から鋒/切先を打ち出すのです。
焼き入れ
火造りが終わると刀身の形を「せん」と呼ばれる器具で整え、「焼入れ」を行ないます。焼き入れを行なうことによって、刃文や反りが生じるのです。
焼入れの際、刀身に粘土や木炭、砥石の粉などを混ぜて作った焼刃土を塗ります。焼刃土の配合は、刀匠によって独自に研究した物です。この焼刃土を塗る作業を「土置き」と呼び、棟の方には厚く、刃の方には薄く土を塗ります。この際、刀身の表面が露出しないようにきちんと塗ることが重要です。また、狙った刃文の形によって様々に土の置き方を工夫します。
塗った焼刃土が十分に乾燥したら刀身全体を熱しますが、この作業は土が落ちないよう慎重に行なわなければなりません。使われる炭も炭切りによって細かく丁寧に切り分けられた物を使用します。刀匠は、刀身全体に熱が均一に熱せられるよう、必要に応じて火床から刀身を抜き差しすることが必要です。全体が約726~800℃まで熱されたら、水の中に入れて一気に冷やしますが、この際、刃側は焼刃土が薄いため急速に冷やされ、棟側は焼刃土が厚いためゆっくりと冷えます。この温度差により、刃側と棟側で鉄の組成が変わることで、日本刀の特徴である「反り」が生まれるのです。
さらに、この焼入れのときにおける刀身の温度が高いか低いかによって、「沸出来」(にえでき)か「匂出来」(においでき)かの違いが現れると言われています。相州伝は高い温度で焼入れを行ない、沸出来の刃文を焼き、備前伝は、低い温度で焼入れを行ない、匂出来の刃文を焼くのが一般的です。
焼入れが終わったあとの刀でも、鉄の組成によっては脆くなってしまうことがあるため、必要に応じて、刀身を軽く熱して水に浸ける作業を行ないます。
銘切り
焼き入れが終わると、刀身を研磨する「鍛冶押」(鍛冶研ぎ)、及び柄(つか)に覆われる茎(なかご)にやすりをかける「茎仕立て」を行ないます。
この作業が終わり、自分の作品としてふさわしいでき栄えであると刀匠が納得して銘を切れば、日本刀の完成です。このときの銘の向きは表銘に作者の名前、裏銘に制作年月日を切ることが多いです。そのため、博物館や美術館では表銘が見えるように展示されています。