2015年(平成27年)に「刀剣ブーム」が起こったことで、関連書籍も数多く発売されました。ところが、写真だけで伝えるのがとても難しく、専門用語を多く用いて説明しなくてはならないのが日本刀の特徴でもあります。そこで、難しく感じてしまう前に、実際に触れてみて、日本刀を味わってみるのはいかがでしょうか。 写真や展示では分からない重量感、茎(なかご)の感触など、直に触って分かることが沢山あります。作法を身に付ければ、刀剣鑑賞は難しいことではありません。日本刀に親しむことを目的としたビギナー向けのイベントは各地で催されており、その形式も様々ですが、ここでは、直に鑑賞することを前提に、必要な知識やマナーをご紹介します。
日本刀を取り扱う際のポイントとして、まず、安全に取り扱うこと、そして、傷や錆(さび)が付かないように大切にすることを頭に置いておきましょう。ビギナーであっても、取り扱いで重要なことは事前に知っておきたいところです。そこで、刀剣鑑賞の前に押さえておきたいことをQ&A方式で解説していきます。
ドレスコード
必ずしもスーツ等の正装である必要はありませんが、動きやすさは重要です。大切な物を拝見する姿勢を持って、品位ある服装であれば問題ないでしょう。
ただし、日本刀の保護と鑑賞者の安全が最優先であるため、鑑賞時に刀などに引っかかるパーツの多い服装は避けなければなりません。鑑賞会によっては服装の規定がある場合もあるので、ドレスコードを事前に調べておくと良いでしょう。
また、鑑賞の前に腕時計やアクセサリー類は外しておき、手を洗い清めます。特に、指輪については、「茎」(なかご)を握ったときに、刀身に擦れて傷が付いてしまうおそれがあるため、結婚指輪等の装飾品ではない指輪であっても、外してから鑑賞するのがマナーです。
マスク・眼鏡・ゴーグル
錆は刀の大敵です。唾が錆の原因になってしまうため、昔は懐紙を口に挟んで手入れを行なっていたと言われています。刀身を持っているときは、言葉を発しないよう気を付けなければなりません。
刀身に唾が飛んでしまうのを防ぐため、鑑賞時にマスクを着用するのも良いでしょう。もし、鑑賞会などでマスクをしていないときに聞きたいことがある場合には、一度日本刀を置き、席を外してから質問をするようにします。
また、マスク以外に、眼鏡やゴーグルの着用を勧める専門家もいますが、これも涙が刀身に落ちることで、小さな錆の原因になることがあるためです。
日本刀の抜き方
日本刀は、必ず刃を上向きにして鞘(さや)から抜きます。刃を下に向けて引くのも、横にしながら引くのもNGです。自分はもちろん、周りの鑑賞者の安全にも配慮しなければなりませんし、刀身に傷が付くのを避けるためにも、注意しながら抜きましょう。
また、刀をいたずらに動かすのは大変危険です。もし、日本刀を相手に渡す状況になった場合は、必ず刃を自分に向けて相手に渡すことが基本。しっかり持ったことをお互いに確認したあとに、渡す人が手を離すと間違いがありません。
茎以外の刀身を素手で触るのは禁止
茎以外の刀身を素手で触るのは禁止されています。手から分泌される塩分・水分・皮脂は錆の原因になるためです。
もし誤って触れてしまった場合は、すぐに手入れをして下さい。
柄の外し方
まず、日本刀を横にして下に置き、一礼します。次に、鞘袋を「鯉口」(こいくち:刀身を差し入れる鞘の場所)の下辺りまでめくり上げて、紐をしっかりと結びますが、保護するためにも、白鞘は鞘袋に入れたままにしましょう。
「目釘」(めくぎ:刀身が抜けるのを防ぐため、茎の穴と柄の表面の穴に差す釘)を抜いたら、刀身が鞘の内側に触れないように、注意深く抜きます。柄(つか)をはずす際は、柄を左手でしっかり握り、刀身を斜めに傾け、右手の握りこぶしで左手の手首の甲を叩くと、良いでしょう。
続いて、刀身に傷を付けないように気を付けながら、鎺(はばき)を外します。「下拭い」(したぬぐい:古い油や汚れを取ること)の際も、刀身に線状の傷(ヒケ傷)が付いてしまうことを防ぐため、布などではなく上質なやわらかいティッシュペーパーを棟側から挟むようにして、「鎺元」(はばきもと)から「鋒/切先」(きっさき)に向かって拭い、ある程度油を拭ったら、残った油を完全に除去するために打粉を打ちます。
「上拭い」(うわぬぐい:打粉を拭う)の際は、下拭いに使ったティッシュペーパーとは別の物を使わなければいけません。刀に光を反射させるなどして確認し、打粉の拭い残しのないようにしましょう。
日本刀は、注意深く観ることによって、様々な情報を得ることができます。姿・地鉄(じがね)・刃文(はもん)・茎など、どれも作られた時代や国、そして作者を特定するヒントを与えてくれますが、それぞれ特徴が表れやすい部分があるので、鑑賞の注意事項と共にご紹介しましょう。
姿
反りや鋒/切先の大きさ、元幅から先幅への身幅の変化などは、作刀の時代を読み解く重要な情報になるため、刀身全体を観ることができるような姿勢を心がけます。
地鉄の文様
その際、袱紗(ふくさ)などの綺麗な布をあてがいますが、刀身が擦れないように注意が必要です。地鉄の色や映りには、制作された国を見極めるヒントが隠されています。
刃文
鉄砲を構えるような格好で、刀身に光を反射させ、反射させる位置を刀身の先から手元に移動させるようにして、刃文の形はどうか、そして帽子はどのような形をしているのかなどを、じっくり鑑賞してみましょう。刃文には、日本刀の作者を絞り込んでいくためのヒントがあります。
茎
もし、日本刀が他者の持ち物である場合には、許しを得てから柄を抜くのがマナーです。
柄頭を叩き付けるのは禁止
日本刀を鑑賞したあとは、保管のための手入れを行ないますが、保管用の新しい油を引き直す前に、刀身に汚れがあれば除去しておきましょう。
そして、錆び予防のために保管用の油を塗り、手に付いている油を茎に撫で付けたあと、鎺を装着(鎺は厚みのある方が棟側です)。鎺を入れずに茎を入れると、抜くのに一苦労しますので、忘れずに。
続いて茎に柄を装着しますが、完全に入りきらないときは、柄を下にして垂直に左手で持ち、柄頭を下から右手で静かに叩きます。床や畳に柄頭を叩き付けるのは持ち主の方に失礼ですので、やってはいけません。そして、目釘を挿して刀身を固定します。
鞘に納める際も、できるだけ刀身が鞘に当たらないように気を付けましょう。白鞘袋の口紐をしっかりと巻きとめ、日本刀を戻して一礼します。このように、刀剣鑑賞は礼に始まり、礼に終わるのです。
日本刀は貴重な文化財、美術工芸品であり、代々伝えられてきた家宝であることも多いのです。錆びやすい鉄を宝石のように輝かせるために、数百年にも亘って手入れしてきた多くの先人たちがいました。刀を鍛えた刀匠はもちろん、そのような先人へも敬意を払いましょう。
また、日本刀は1振1振違った個性を持っているので、「一期一会」の気持ちでじっくりと鑑賞したいものです。「今後、2度と手に取って拝見する機会はないであろう」と言うくらいの気持ちで拝見する習慣を持つように心掛けていれば、自然と細部まで目が届くようになります。マナーに気を付けながらも、刀の魅力を存分に堪能してみましょう。
ここまで、刀剣鑑賞にあたってのマナーをご説明してきましたが、文章を読んでいるだけでは分かりにくい部分があるかもしれません。そんな人にお勧めなのが、初心者向けの刀剣鑑賞マナーを学ぶイベントに参加すること。実際に日本刀を手にして体験してみることで、鑑賞マナーへの理解がぐっと深まるのです。
「公益財団法人 日本美術刀剣保存協会」(こうえきざいだんほうじん にほんびじゅつとうけんほぞんきょうかい)が母体となっている東京都の「刀剣博物館」(とうけんはくぶつかん)では、定期的に初心者向けの刀剣鑑賞のマナーを学ぶ講座を開講しています。この講座では、実際に日本刀を手に持って鑑賞する際の基本事項を学ぶことができ、初心者にとっては貴重な機会。また、この講座を受講して、修了証を受領すると、以後、刀剣博物館が開催する定例鑑賞会への参加が可能となり、日本刀の奥深い世界を体感することができるのです。詳細については、刀剣博物館のホームページで確認することができます。
また、遠方に在住しているため、このような刀剣鑑賞のマナーを学ぶ講座に参加することが難しいと言う人にとっては、日本美術刀剣保存協会の支部でマナー講座を開講しているところも。開講の有無については、各支部のホームページを参照するか、または直接問合せてみるのもひとつの方法です。その他、各地の博物館で鑑賞マナーを学ぶイベントが開催されることもあります。