コンテンツトップに戻る

正宗(まさむね)

正宗」(まさむね)は、「相模国」(さがみのくに:現在の神奈川県)で鎌倉時代末期から南北朝時代初期に活躍した刀工です。日本刀の歴史の中でも、最も有名な刀工のひとりと言えます。

当時から、その腕前は高く評価されており、作刀は大名達に大金で購入され、家宝とされてきました。

「名物」(めいぶつ:古来有名で、異名を持つ刀剣類)が大変多く、「越中国」(えっちゅうのくに:現在の富山県)の刀工「江(郷)義弘」(ごうのよしひろ)や、京都の刀工「粟田口吉光」(あわたぐちよしみつ)と並び、「天下三作」(てんがさんさく)と称されました。

  • 「正宗」をはじめ、日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

  • 「正宗十哲」をはじめ、日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

「天下三作・名物三作」刀剣女子に人気 紹介動画

「天下三作・名物三作」刀剣女子に人気

正宗(まさむね)が作刀した刀剣

  • 刀  無銘  伝正宗
    刀 無銘 伝正宗
    無銘
    鑑定区分
    特別重要刀剣
    刃長
    68.3
    所蔵・伝来
    孝明天皇→
    刀剣ワールド財団
    〔 東建コーポレーション 〕
  • 名物 一庵正宗
    名物 一庵正宗
    無銘
    鑑定区分
    重要文化財
    刃長
    24.7
    所蔵・伝来
    横浜一庵→
    豊臣秀吉→
    京極高知→
    徳川家光→
    井伊直孝→
    徳川綱吉→
    尾張徳川家
  • 若狭正宗
    若狭正宗
    無銘
    鑑定区分
    御物
    刃長
    69
    所蔵・伝来
    森家 →
    木下勝俊 →
    徳川家康 →
    池田輝政 →
    徳川将軍家 →
    明治天皇 →
    宮内庁三の丸尚蔵館
  • 観世正宗
    観世正宗
    -
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    64.4
    所蔵・伝来
    観世左近 →
    徳川家康 →
    本多忠刻 →
    徳川慶喜 →
    有栖川宮熾仁親王 →
    東京国立博物館
  • 日向正宗
    日向正宗
    -
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    24.7
    所蔵・伝来
    豊臣秀吉 →
    石田三成 →
    水野勝成 →
    紀州徳川家
  • 石田正宗
    石田正宗
    -
    鑑定区分
    重要文化財
    刃長
    68.8
    所蔵・伝来
    石田三成 →
    結城秀康→
    津山藩松平家 →
    独立行政法人
    国立文化財機構
    (所蔵は東京国立博物館)
  • 武蔵正宗
    武蔵正宗
    無銘
    鑑定区分
    重要美術品
    刃長
    73.9
    所蔵・伝来
    宮本武蔵 →
    徳川将軍家 →
    紀州徳川家 →
    岩倉具視 →
    岩倉家 →
    公益財団法人
    日本美術刀剣保存協会
  • 不動正宗
    不動正宗
    正宗
    鑑定区分
    重要文化財
    刃長
    24.9
    所蔵・伝来
    本阿弥光二 →
    豊臣秀次 →
    徳川家康 →
    前田利家 →
    徳川将軍家 →
    尾張家 →
    徳川美術館
  • 大垣正宗
    大垣正宗
    無銘
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    63.9
    所蔵・伝来
    戸田氏鉄→
    徳川秀忠→
    上杉定勝
  • 伏見正宗
    伏見正宗
    無銘
    鑑定区分
    重要文化財
    刃長
    25.7
    所蔵・伝来
    徳川家康→
    蜂須賀至鎮→
    水戸徳川家→
    徳川将軍家→
    前田吉徳
  • 刀 無銘正宗(名物:会津正宗)
    刀 無銘正宗(名物:会津正宗)
    無銘
    鑑定区分
    御物
    刃長
    65.2
    所蔵・伝来
    蒲生氏郷→
    徳川家康→
    徳川秀忠→
    明治天皇
  • 九鬼正宗
    九鬼正宗
    無銘
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    24.8
    所蔵・伝来
    九鬼守隆 →
    徳川家康 →
    徳川頼宜 →
    松平頼純
  • 島津正宗
    島津正宗
    無銘
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    68.7
    所蔵・伝来
    紀州徳川家 →
    前田家 →
    徳川将軍家 →
    天皇家
  • 宗瑞正宗
    宗瑞正宗
    無銘
    鑑定区分
    御物
    刃長
    25.1
    所蔵・伝来
    豊臣秀吉 →
    毛利家 →
    徳川家 →
    天皇家
  • 後藤正宗
    後藤正宗
    無銘
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    66.8
    所蔵・伝来
    本阿弥光徳 →
    後藤庄三郎 →
    徳川秀忠 →
    前田家
  • 籠手切正宗
    籠手切正宗
    -
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    68
    所蔵・伝来
    朝倉家 →
    織田信長 →
    大津長昌 →
    佐野信吉 →
    前田利常 →
    明治天皇 →
    東京国立博物館
  • 太郎作正宗
    太郎作正宗
    -
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    71.2
    所蔵・伝来
    水野家 →
    徳川家 →
    前田家
  • 小松正宗
    小松正宗
    -
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    29
    所蔵・伝来
    前田家 →
    佐野美術館
  • 短刀 無銘 正宗(名物庖丁正宗)
    短刀 無銘 正宗(名物庖丁正宗)
    -
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    24
    所蔵・伝来
    徳川家康 →
    尾張徳川家 →
    徳川美術館
  • 中務正宗
    中務正宗
    本多中務所持/正宗 本阿(花押)
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    67
    所蔵・伝来
    本多忠勝 →
    徳川家康 →
    徳川頼房 →
    徳川家綱 →
    東京国立博物館
  • 津軽正宗(城和泉正宗)
    津軽正宗(城和泉正宗)
    正宗磨上本阿(花押) 城和泉守所持
    鑑定区分
    国宝
    刃長
    70.8
    所蔵・伝来
    城景茂 →
    津軽家

相模国の地図

相模国の地図

「相模国」の刀工を見る;


秋広

秋広

「秋広」は、「相州伝」(そうしゅうでん)における特長のひとつ、「皆焼」(ひたつら)と呼ばれる刃文を創始した刀工です。皆焼とは、刀身全体に網目模様の焼き入れが広がっている刃文のことで、「湯走り」(ゆばしり:[にえ]や[におい]が刃縁[はぶち]から流れたような模様)や、「飛焼」(とびやき:沸が一部に固まっている状態)を強調した手法です。

秋広の出自は、名工「正宗」(まさむね)の門人説や、正宗の子「貞宗」(さだむね)の門人説、貞宗の弟子「広光」(ひろみつ)の弟、あるいは門人説など諸説あり、詳しくは分かっていません。ただし、「古刀銘尽」(ことうめいじん)によれば、1315年(正和4年)に生まれ、84歳で没したことが分かっています。3代にわたって同銘が用いられ、「3代 秋広」は、拠点を鎌倉から上総国(現在の千葉県中部)へ移し、作刀を続けたと伝えられているのです。

作風は、相州伝における他の刀工に比べてやや穏やかで、その銘は草書風。現存刀は少ないものの、「平造り」(ひらづくり)で身幅が広いのが特長であることが分かっています。

秋広

綱広

綱広

「初代 綱広」は戦国時代、「相州伝」(そうしゅうでん)の総本山だった鎌倉から小田原へ移り、新興勢力「後北条氏」(ごほうじょうし)の支援を受けて、「小田原鍛冶」の礎(いしずえ)を築きました。刀工名にある「綱」の字は、後北条氏の2代当主「北条氏綱」(ほうじょううじつな)から賜ったと言われています。その後「2代 綱広」は「徳川家康」に召し抱えられ、江戸時代にも繁栄を維持。明治時代まで鍛刀を続けました。

20数代受け継がれた綱広のうち、特に良工として名高いのは「5代 綱広」。1660年(万治3年)には、名誉号である「伊勢大掾」(いせのだいじょう)、のちに官位「伊勢守」(いせのかみ)も受領しました。その作風は、「鎬地」(しのぎじ)が低く先反りであることが特長。刃文は「焼きの谷」(やきのたに)に「荒沸」(あらにえ)が見えます。

綱広

広正

広正

「初代 広正」は、名工「正宗」(まさむね)の門人として、「相州伝」(そうしゅうでん)の技法を受け継いだ刀工のひとりです。延文年間(1356~1361年)頃に活躍しましたが現存刀は少なく、現在観られるのは、文安・宝徳年間(1444~1452年)の作例がほとんどです。

広正の銘は、1504年(文亀4年/永正元年)頃まで受け継がれ、途中、1469年(応仁3年/文明元年)に、相模国(現在の神奈川県)から上野国(現在の群馬県)に移住。領主「小幡氏」(おばたし)のもとで鍛刀を行いました。

作風は「平造り」(ひらづくり)で身幅が広く、先反り(さきぞり)になった「大脇差」(おおわきざし)が主流。刃文は「本位」(にえほんい)の「乱刃/乱れ刃」が特長です。「板目肌」に「皆焼」(ひたつら:網目模様の焼き入れ)を焼き、「飛焼」(とびやき:沸が一部に固まっている状態)が集まっています。

なお広正は、「彫物の上手」とも称され、その作刀に好んで彫刻を施していました。特に「倶利迦羅」(くりから:刀剣に龍が巻き付いた姿)などを彫った作例は秀逸です。

広正

新藤五国光

新藤五国光

「新藤五国光」(しんとうごくにみつ)は、「相州伝」(そうしゅうでん:相模国[さがみのくに:現在の神奈川県]の刀工の作風・系統)の実質的な祖であり、名工で有名な「正宗」(まさむね)・「行光」(ゆきみつ)らの師も務めました。

「粟田口六兄弟」(あわたぐちろくきょうだい)の末弟、「国綱」(くにつな)の子と伝えられます。

法名は「光心」。当時、京都で人気を集めていた「山城伝」(やましろでん)の刀工、「来国俊」(らいくにとし)と共に、「東西の双璧」と称された名工です。生没年不詳。

新藤五国光

行光

行光

行光(ゆきみつ)は、鎌倉時代末期に相模国(さがみのくに:現在の神奈川県)で作刀した刀匠で、新藤五国光の子とされていますが、門人とする説もあります。
正宗の兄弟子にあたる名工です。在銘作は短刀になり、太刀はすべて大摺上無銘になります。
短刀は身幅が普通で小ぶりの物が多いです。やや内反りに反る姿がみられます。刃文は新藤五国光の影響を受けて直刃(すぐは)が中心で、乱刃もあり、金筋砂流しかかりが強いです。
刀身の彫刻は、兄弟子で日光山法師の「大進坊」(だいしんぼう)の手によると伝わっています。

行光

貞宗

貞宗

貞宗(さだむね)は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけて、相模国(さがみのくに:現在の神奈川県)で作刀した刀匠です。相州伝を代表する正宗の門人で、技量を見込まれ養子になったと伝わっています。
大摺上の太刀身幅が広く、鋒/切先の形状は「大鋒」(おおきっさき)の物が多いのが特徴。地鉄(じがね)は板目に杢が入り詰み、地沸厚く付き地景が盛んに入り、刃文は大湾(おおのた)れを主にし、小乱れや互(ぐ)の目のついた作例が多く、刃中の働き金筋稲妻砂流しが激しくかかっています。
太刀・短刀とも師・正宗に比べて穏やかな作風。片切刃造二筋樋は、貞宗から始まっており、現存する日本刀は、すべて無銘で在銘作はありません。

貞宗

廣光

廣光

「廣光」(ひろみつ)は、南北朝期に相模国(さがみのくに:現在の神奈川県)で作刀した刀匠です。名を「九郎次郎」。正宗の門下だったとされていますが、貞宗の門下とする説もあります。
作例では、名物・大俱利伽羅廣光が最も有名。ただ、太刀の在銘作は1振のみで、他の作刀は平造りの小脇差が全体を占めています。
地鉄(じがね)は板目が肌立ち、地中の働きは地沸がついて地景が際立つ。刃文は中直刃(ちゅうすぐは)もありますが、大乱れで激しくなり皆焼(ひたつら)になります。刃中には、金筋や稲妻がかかり、砂流しも盛んに入り働きが豊富です。
銘は、「廣光」と「相模国住人廣光」の2種。南北朝期以降室町時代に入り、複数の刀工が廣光を名乗って作刀しました。

廣光

五箇伝の名工 五箇伝の名工
日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。
美濃伝 関市 美濃伝 関市
世界でも有数の刃物の産地である美濃伝の岐阜県関市についてご紹介します。
現代刀の名工 現代刀の名工
日本刀の歴史に名を残す、数々の現代刀の名工をご紹介します。
刀剣年表 刀剣年表
刀剣に関する基本的なデータを、年表形式でご覧頂けます。

刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」のコンテンツ、著名刀工名鑑(刀工・刀匠)「正宗(まさむね)」の検索結果ページです。
名刀と呼ばれる日本刀を生み出してきた著名な刀工を作刀国や「50音から刀剣用語を探す」、「フリーワードから刀剣用語を探す」の検索方法で調べることができます。
刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」の掲載内容は、刀剣・甲冑(鎧兜)の基礎知識をはじめ、日本刀の歴史や雑学、刀剣にまつわる歴史人や合戦、名刀を生み出した名工達の紹介など盛りだくさん。刀剣に関する各種アプリゲーム、刀剣・お城川柳、四文字熟語といった楽しむコンテンツも充実。日本刀や甲冑(鎧兜)に関する様々な情報を、あらゆる角度からバーチャルの世界でお楽しみ頂けます。

もっと見る▼
注目ワード
注目ワード