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兼定/之定(かねさだ/のさだ)

2代目「兼定」(かねさだ)は、の「定」の文字が「ウカンムリに之」に観えることから、「のさだ」の名称で呼ばれる関鍛冶の第一人者です。
「末古刀最上作」に位置付けられ、江戸時代には「千両兼定」と称されました。
兼定は、切れ味もかね備え、多くの戦国武将に愛され、江戸時代の刀剣書「懐宝剣尺」(かいほうけんじゃく)には、「最上大業物」の刀工として記されています。

兼定/之定(かねさだ/のさだ)が作刀した刀剣

  • 薙刀 銘 和泉守兼定作
    薙刀 銘 和泉守兼定作
    和泉守兼定作
    鑑定区分
    重要刀剣
    刃長
    61
    所蔵・伝来
    京極高次→
    刀剣ワールド財団
    〔 東建コーポレーション 〕
  • 歌仙兼定
    歌仙兼定
    濃州関住兼定作
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    59
    所蔵・伝来
    細川忠興
  • 和泉守兼定
    和泉守兼定
    不明
    鑑定区分
    未鑑定
    刃長
    -
    所蔵・伝来
    土方歳三 →
    土方歳三資料館
  • 刀 銘 和泉守兼定作(金象嵌)二ツ胴 三浦将監所持
    刀 銘 和泉守兼定作(金象嵌)二ツ胴 三浦将監所持
    和泉守兼定作
    (金象嵌)
    二ツ胴
    三浦将監所持
    鑑定区分
    特別重要刀剣
    刃長
    65.2
    所蔵・伝来
    紀州徳川家の家老→
    三浦将監→
    刀剣ワールド財団
    〔 東建コーポレーション 〕

美濃国の地図

美濃国の地図

「美濃国」の刀工を見る;


兼氏

兼氏

「兼氏」(かねうじ)は、大和国手掻派(やまとのくにてがいは:現在の奈良県)の出身で、大和伝を習得。その後、相州伝の「五郎入道正宗」(ごろうにゅうどうまさむね)に弟子入りし、「正宗十哲」(まさむねじってつ:正宗の影響を受けた相州伝の名工10名)のひとりにも挙げられます。

兼氏は、大和国では「包氏」(かねうじ)と名乗っていましたが、「兼氏」と改名。志津村の土地に移住して「志津三郎兼氏」と名乗り、一派を形成。

兼氏の死後、その弟子達が志津系を継承。隣接する直江村に移住し、一派の名称を「直江志津」と改め、大和伝と相州伝を加味した美濃伝を完成させました。

兼氏

金重

金重

「金重」(きんじゅう)は、南北朝時代に美濃国(みののくに:現在の岐阜県)で作刀した刀匠であり、関鍛冶の祖とされています。
本国は越前国(えちぜんのくに:現在の福井県)敦賀であり、法号は「道阿弥」という僧でした。在銘作は太刀にはなく、短刀のみになります。
短刀の姿は重ねが薄く、浅く反っているのが特徴。地鉄(じがね)は板目に柾目が交じり、黒みがかって肌立ち、白気映りの立つ物もあります。刃文は小湾(このた)れに、互(ぐ)の目がまじり、互の目丁子にはのちの兼房乱れのような物もあり、鋒/切先の刃文となる帽子は大丸や乱れ込みなどが多いです。
銘は「金重」と二字に切っています。

美濃伝の刀剣 関市美濃伝の刀剣 関市
世界でも有数の刃物の産地である美濃伝の岐阜県関市についてご紹介します。

金重

兼友

兼友

「兼友」(かねとも)は、南北朝期に父子2代にわたって美濃国(みののくに:現在の岐阜県)で作刀を行っていました。
初代兼友は「志津三郎」(しづさぶろう)を名乗った「兼氏」(かねうじ)の子とされていますが、門人とする説もあります。「右衛門尉」(うえもんのじょう)、「右衛門三郎」を称しました。
地鉄(じがね)は板目に柾目が交じり、地中の働きは地沸(じにえ)がつき、白気映り(しらけうつり)が立つのが特徴。刃文は小沸出来湾れ(のたれ)や互の目(ぐのめ)乱れで、刃中には金筋が入ります。
銘は「兼友」。2代目・兼友は「藤九郎」を称し、南北朝期最末期の作例が2振現存しています。湾れ調の直刃(すぐは)に腰の開いた互の目を入れた刃文が特徴です。

兼友

兼次

兼次

「兼次」(かねつぐ)は、南北朝期に美濃国(みののくに:現在の岐阜県)で作刀をした刀匠。初代「兼氏」(かねうじ)の子、もしくは門人と伝わっています。

美濃伝が色濃く出た作刀が多く、地鉄(じがね)は板目に柾目が交じり、地中の働きは地沸(じにえ)がついて、白気映り(しらけうつり)が立つ。刃文互の目(ぐのめ)乱れに尖刃(とがりば)が交じり、刃中の働きは、匂が深く小沸がよくつき、砂流しや金筋が際立っています。

銘は「兼次」の二字に切る。の切り方や刃文に相違が見られることから、南北朝期から室町時代末期にかけて、兼次の名跡が続き、作品を残しました。

兼次

兼吉

兼吉

兼吉(かねよし)は、室町時代初期から室町時代末期まで、美濃国(みののくに:現在の岐阜県)で作刀した刀匠。初代は名を「清次郎」。出家して法名を「善定」と称し、善定派の祖となりました。先反りつき、時代に沿った片手打ちの姿が多いです。
地鉄(じがね)は板目に柾目が交じり、地中の働きは地沸(じにえ)一面につき、白気映り(しらけうつり)が際立っています。刃文直刃(すぐは)で、喰違刃(くいちがいば)が入る物もあり、銘は「兼吉」などが使われていました。
2代目は初代に次ぐ名手であり、特に直刃調の刃文は後世の評価が高いです。は初代より幾分小さいのが特徴で、初銘「兼信」に加え、改名後の「兼吉」、「濃州住兼吉」があります。

兼吉

兼元/孫六

兼元/孫六

「孫六」(まごろく)は、「2代兼元」のことを指し、その優れた切れ味と技量は全国に知られ、「和泉守兼定」(いずみのかみかねさだ)とともに、美濃国武儀郡関郷(みののくに:現在の岐阜県関市)で活動した末関鍛冶を代表する名工です。
大永から天文年間まで作刀していたことが、確認されています。
孫六兼元は、「折れず、曲がらず、切れ味の良い」日本刀を作ることに成功。その日本刀は、戦国時代に武田信玄豊臣秀吉など多くの武将に愛用されたほどです。
江戸時代には、「関の孫六」の名で広く有名になりました。

兼元/孫六

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