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わきざし めい むらまさ

脇差 銘 村正

脇差 銘 村正

脇差は、伊勢国桑名郡(現在の三重県桑名市)において、室町時代から江戸時代初期にかけて活躍した刀工一派「村正」(むらまさ)の1振です。村正は、太刀打刀よりも、脇差や短刀が多く、「美濃伝」(みのでん)と「相州伝」(そうしゅうでん)の影響が見られます。また、個性的な「たなご腹」(たなごはら)の(なかご:刀身に収まる部分)が特徴です。

村正は、系譜などに決定的な定説がないミステリアスな刀工一派であり、「妖刀村正」の名でも知られています。「妖刀」と呼ばれた要因は、徳川家とのかかわりにあります。江戸幕府初代将軍「徳川家康」の父と祖父は、村正の刀で殺害されたと言われ、また「織田信長」により切腹の命が下された徳川家康の長男「徳川信康」(とくがわのぶやす)の介錯に使用されたのも村正でした。さらに、1600年(慶長5年)「関ヶ原の戦い」では、敵将を討ち取ったを確認する際に、徳川家康は手に怪我を負ってしまいますが、この槍も村正だったと言うのです。

こうした数々の因縁から、村正は妖刀として徳川家に忌避されるようになり、世間一般にも広く知られるようになりました。徳川家に敵対する者は、あえて村正を所持していたようで、1651年(慶安4年)に江戸幕府転覆を企て処刑された「由井正雪」(ゆいしょうせつ)も村正を所持。また、長崎奉行の役人の屋敷が捜索された際、24振もの村正を所持していたことが問題視され、親子ともども切腹、一族は隠岐に流刑となっています。こうしたことから、江戸時代には、村正のを茎から削ったり、村の文字を消して正の下に別の文字を切ったりするなどして、村正の作であることを隠したのです。

本脇差も、村正の「村」の字が消されており、村正は徳川家より敬遠されていたことを物語っています。十分な身幅がある体配で、銘には、僅かながら消された「村」の字。茎は、村正の特徴を示すたなご腹で、地鉄(じがね)は白け気味です。表裏の刃文が揃う村正の特徴もよく現れた1振となっています。

名家・著名人の日本刀 名家・著名人の日本刀
名家・著名人と「脇差 銘 村正」の関係についてご紹介します。

刀剣詳細情報

鑑定区分 鑑定区分
保存刀剣
時代 時代
室町時代
(末古刀)
刀剣種別 刀剣種別
脇差
刀工 刀工
村正
五箇伝(制作国) 五箇伝
(制作国)
-
(伊勢国)
代表的な所蔵・伝来 代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
長さ 長さ
(cm)
31.2
反り 反り
(cm)
0.4

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「脇差 銘 村正」は室町時代に制作された刀剣・日本刀です。武器としてだけではなく、美術品としても人気の高い刀剣・日本刀。表示された詳細情報を通じて詳しくなったあとは、実際に観てみるのも良いかもしれません。
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