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たち めい もりつね

太刀 銘 守恒  - 刀剣ワールド

太刀 銘 守恒

本刀は、近江国水口藩(現在の滋賀県甲賀市)の歴代藩主「加藤家」に伝来した1振です。

加藤家は外様大名であり、石見国吉永藩(いわみのくに・よしながはん:現在の島根県大田市)1万石の藩主であった「加藤朋友」(かとうあきとも)が、自身と祖父「加藤嘉明」(かとうよしあき/よしあきら)の功により1万石の加増を受け、「水口城」城主となって立藩しました。

加藤嘉明は1583年(天正11年)、「柴田勝家」と「羽柴秀吉」(のちの豊臣秀吉)の間で勃発した「賤ヶ岳の戦い」(しずがたけのたたかい)において、羽柴秀吉の「子飼衆」(こがいしゅう)のひとりとして、後世で「賤ヶ岳の七本槍」に数えられるほどの奮戦ぶりを見せた武将です。

その後加藤嘉明は、1584年(天正12年)の「小牧・長久手の戦い」や四国平定、伊予平定などの合戦で数々の武功を挙げたことにより、1586年(天正14年)、淡路国志知(現在の兵庫県南あわじ市)に1万5,000石で封じられ、大名となります。

豊臣秀吉から厚い信任を受けていた加藤嘉明でしたが、1600年(慶長5年)の「関ヶ原の戦い」では、徳川方である東軍に従軍。「石田三成」隊との戦いで奮闘し、伊予国松前(現在の愛媛県松前町)に20万石で封じられました。

江戸幕府2代将軍「徳川秀忠」(とくがわひでただ)、3代将軍「徳川家光」の上洛の際に供奉(ぐぶ:行列にお供すること)し、1626年(寛永3年)侍従に任じられています。そしてその翌年には、陸奥国会津藩(現在の福島県会津若松市)に40万石で封じられています。

本刀を制作した「守恒」(もりつね)は、備中国(現在の岡山県西部)の刀工集団「古青江」(こあおえ)に属していた刀工。

本刀の作風は、板目肌杢目(もくめ)が交じり、地沸(じにえ)がよく付き、古青江の特徴である澄肌(すみはだ:ナマズのように黒く澄んだ斑が見える鍛え肌)が現われています。

また、刃文直刃(すぐは)調で小乱(こみだれ)が交じって砂流し(すながし)がしきりにかかり、が付いて古雅な味わいが感じられる名刀です。

名家・著名人の日本刀 名家・著名人の日本刀
名家・著名人と「太刀 銘 守恒」の関係についてご紹介します。

刀剣詳細情報

鑑定区分 鑑定区分
重要刀剣
時代 時代
鎌倉時代 中期
(古刀)
刀剣種別 刀剣種別
太刀
刀工 刀工
守恒
五箇伝(制作国) 五箇伝
(制作国)
-
(-)
代表的な所蔵・伝来 代表的な
所蔵・伝来
水口藩藩主 加藤家 →
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
長さ 長さ
(cm)
69.7
反り 反り
(cm)
2.6

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「太刀 銘 守恒」は鎌倉時代に制作された刀剣・日本刀です。武器としてだけではなく、美術品としても人気の高い刀剣・日本刀。表示された詳細情報を通じて詳しくなったあとは、実際に観てみるのも良いかもしれません。
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