武将浮世絵

うたがわよしつや さく「やはぎばしやはんらくがん」 歌川芳艶 作「矢矧橋夜半落雁」

矢矧橋夜半落雁

本武将浮世絵は、大きな橋の上で、画面右側手前の「御曹司牛若丸」(源義経)が中心にいる「伊勢三郎義盛」と出会った場面を描いた1枚です。

伊勢三郎義盛は、源義経四天王のひとりと言われる人物。本来ならば、大きな橋の上(京都の五条大橋)で運命の出会いをするのは、同じく源義経四天王のひとりである「武蔵坊弁慶」です。したがって、この浮世絵は純粋に源義経を描いたのではなく、他の意味を含んだ「判じ絵」(謎解き絵)であることが分かるのです。

本武将浮世絵の右上には、ヒントとして「矢矧橋夜半落雁」という題名が書かれています。「矢矧橋」(やはぎばし:現在の愛知県岡崎市の矢作橋)で運命的な出会いをしたことで有名なのは、「豊臣秀吉」と「蜂須賀小六」(はちすかころく/蜂須賀正勝)。

豊臣秀吉は、浪人時代に土豪・蜂須賀小六に仕え、蜂須賀小六から「織田信長に仕えよ」と運命の言葉を言われます。これは豊臣秀吉の一生を描いた物語「太閤記」に書かれた一場面。

太閤記は、江戸時代に爆発的な人気となりましたが、江戸幕府はこれを不快として、天正年間以降の大名家、徳川家の物語や浮世絵を描くことを禁止。絵師達は、何とかしてこれを後世に伝えたいと判じ絵を描いたのです。

ただし、矢矧橋は江戸時代末期に掛けられた橋なので、この出会いの話は創作であると、現代では指摘されています。

本武将浮世絵を描いたのは、江戸時代末期の浮世絵師歌川芳艶」(うたがわよしつや)。迫力に満ち溢れた、武者絵や妖怪絵で才能を発揮しました。

「矢矧橋夜半落雁」の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳艶 浮世絵の題材 源義経

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