武将浮世絵

つきおかよしとし さく「あづまのはなうきよこうだん さとうさまのすけよしあき」 月岡芳年 作「東錦浮世稿談 佐藤左馬介義明」

東錦浮世稿談 佐藤左馬介義明

本武将浮世絵は、「賤ヶ岳の七本槍」のひとり「加藤嘉明」(かとうよしあき)を描いた絵図。1592年(文禄元年)の「文禄の役」における海戦「閑山島海戦」(かんざんとうかいせん)の沖合で、加藤嘉明が朝鮮水軍を相手に奮戦する様子を描いています。

加藤嘉明は、若い頃から出世欲に溢れる武将でした。加藤嘉明が「羽柴(豊臣)秀吉」(はしば[とよとみ]ひでよし)の養子「羽柴秀勝」(はしばひでかつ)に小姓として仕えていた頃、誰にも相談することなく無断で出陣したところ、羽柴(豊臣)秀吉の正室「ねね」から激怒されるという事件が起きます。当時、羽柴秀勝は元服前。「君主を差し置いて、小姓が先に初陣を遂げようとするとは何事か」と激昂したねねは、加藤嘉明を放逐するよう羽柴(豊臣)秀吉に訴えました。

しかし羽柴(豊臣)秀吉は、むしろ加藤嘉明の意欲の高さに感心して留め置いたばかりではなく、300石を下賜した上で羽柴(豊臣)秀吉直属の家臣として召し抱えたのです。

本武将浮世絵の作者は「月岡芳年」(つきおかよしとし)。「無残絵」と呼ばれる血みどろの人物や、合戦の絵を得意とした浮世絵師です。月岡芳年がそういった絵を描いた理由は、志半ばで散った武士の生き様を尊ぶためでした。人物描写の精度を上げるために、殺傷や斬殺された死体を熱心に研究したと言う逸話もあります。

東錦浮世稿談 佐藤左馬介義明

「東錦浮世稿談 佐藤左馬介義明」の
浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 加藤嘉明

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