武将浮世絵

うたがわよしつや さく「かわなかじまだいがっせんくみうちづくし おやまだひょうぶじょう なかおびっちゅうのかみ」 歌川芳艶 作「川中島大合戦組討尽 小山田兵部尉 長尾備中守」

川中島大合戦組討尽 小山田兵部尉 長尾備中守

本武将浮世絵は、1857年(安政4年)に発表された「川中島大合戦組討尽」(全12枚)のうちの11枚目。取り組みをしているのは、武田軍「小山田兵部尉」(おやまだひょうえのじょう)と、上杉軍「長尾備中守」(ながおびっちゅうのかみ)です。

「小山田」とは、「小山田信茂」(おやまだのぶしげ)のこと。武田二十四将のひとりで、祖母は「武田信玄」の父の妹。つまり、武田信玄とは従兄弟です。はじめて武田軍と上杉軍が戦った1547年(天文16年)に、先陣を務めた人物と言われています。

一方、上杉軍の長尾備中守は、誰かは特定できません。越後守護をしていた上杉家の守護代で、古志長尾家と呼ばれた一族。代々交互に、備中守と豊前守を名乗っており、時代からすると、「栖吉城」(すよしじょう:現在の新潟県長岡市)を築城した「長尾孝景」が豊前守なので、長尾孝景の父か息子かと思われる人物です。

本武将浮世絵は、後ろを向いた武将が目立つ、両武将の顔が見えない構図。小山田信茂は、1582年(天正10年)の「織田信長」による「甲州征伐」の際に寝返って、武田信玄軍を裏切ります。しかし、「織田信忠」(信長の長男)から武田信玄への不忠を責められ、処刑されてしまうのです。

川中島大合戦組討尽 小山田兵部尉 長尾備中守

「川中島大合戦組討尽 小山田兵部尉 長尾備中守」の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳艶 浮世絵の題材 川中島の戦い

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