武将浮世絵

つきおかよしとし さく「かいだいひゃくせんそう だてしょうしょうまさむね」 月岡芳年 作「魁題百撰相 伊達少将政宗」

魁題百撰相 伊達少将政宗

本武将浮世絵は、仙台藩藩主「伊達政宗」(だてまさむね)が、自分の大きな磔柱(はりつけばしら:磔の刑に使う十字架)を見つめているところ。これは、伊達政宗と「豊臣秀吉」の間で起こった内紛を伝えている絵なのです。

豊臣秀吉は、伊達政宗が一揆を扇動するために一揆衆に送った密書を入手。そこで、伊達政宗に上洛を命じました。このとき、伊達政宗の取った行動が、自分の磔柱を携えるという方法。死を覚悟で、真実を言いに来たと迫ったのです。密書を突きつけられた伊達政宗は「私が書いた物ではない。私の書いた書簡には名前の下に鶺鴒(せきれい:尾が長い鳥)の花王があり、さらに目の部分には針で穴を開けてある。これは私しか知らない真実だ」と言うのです。豊臣秀吉が見てみると、確かに密書の鶺鴒の目には穴が開いていませんでした。こうして伊達政宗は、見事に疑いを晴らすことができたのです。

本武将浮世絵の「魁題百撰相」(かいだいひゃくせんそう)は、錦絵に時事を描くことが禁止されていた時代に描かれた「謎解き」となっているところが特徴です。作者「月岡芳年」(つきおかよしとし)は、戊辰戦争(会津戦争)での「彰義隊」(しょうぎたい:旧幕臣。「徳川慶喜」の護衛部隊)の活躍を歴史上の武人に見立てて描きました。

戊辰戦争に置き換えると、伊達政宗は会津藩藩主「松平容保」(まつだいらかたもり)。新政府から徳川慶喜に次ぐ朝敵と見なされ、恭順の態度を示したものの信じてもらえず、「戊辰戦争」となり、敗北。しかし、降伏した松平容保はのちに許されて、日光東照宮宮司を務めたのです。

魁題百撰相 伊達少将政宗

「魁題百撰相 伊達少将政宗」の
浮世絵

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浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 伊達政宗

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