合戦浮世絵

かわなべきょうさい さく「めいじがんぼしんねんごがつじゅうごにち とうたいせんそうらっきょのず」 河鍋暁斎 作「明治元戊辰年五月十五日 東台戦争落去之図」

明治元戊辰年五月十五日 東台戦争落去之図

本合戦浮世絵は、1868年(明治元年)に起こった上野戦争を描いたものです。江戸城の無血開城と「徳川慶喜」の蟄居(ちっきょ:閉じこもって外出しないこと)に不満を持つ旧幕臣が、新政府軍に対抗する彰義隊を結成。5月15日、上野寛永寺付近で戦いが始まりました。

新政府軍は、最初にアームストロング砲で寛永寺を含む東叡山を砲撃。その後、射程の長いミニエー銃など西洋式の武器を使い、彰義隊をなぎ倒していきました。本合戦浮世絵中央奥に、赤い制服を着て銃を構えている新政府軍の兵士が見え、また、右下には水に浸かった銃が何本も描かれています。

赤い毛皮をかぶった人物が何人か見えますが、「赤熊」(しゃぐま)と呼ばれるヤクの毛を赤く染めた物です。無血開城の際に新政府軍が江戸城に常備されていた赤熊を城から奪い、将兵の間ではそれを頭にかぶることが流行したとのこと。浮世絵上部の炎と制服や赤熊が互いに影響しあって、新政府軍の勢いが彰義隊をはるかに上回っているように感じられます。

中央の黄色い装束の人物は、彰義隊のトップである「輪王寺宮能久親王」(りんのうじのみやよしひさしんのう)。裸足で逃げる様子は、彰義隊の敗走を象徴するようです。
この戦いは、たった1日で結果が出てしまいました。

作者の河鍋暁斎(かわなべきょうさい)は、戦いの翌日、さっそく写生に出かけたと言います。自らを「画鬼」(がき)と呼んだ暁斎らしいエピソードです。

「明治元戊辰年五月十五日 東台戦争落去之図」の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 河鍋暁斎 浮世絵の題材 戊辰戦争

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