• 国宝
  • 鎌倉時代

きつねがさきためつぐ

狐ヶ崎為次

狐ヶ崎為次

「狐ヶ崎為次」は、鎌倉時代初期から活躍した「古青江派」(こあおえは)の刀工「為次」により作刀された太刀です。狐ヶ崎為次は、鎌倉幕府の御家人(鎌倉幕府直属の家臣のこと)である「吉川友兼」(きっかわともかね)が所有していました。この「狐ヶ崎」の号は、「梶原景時の変」の際に、吉川友兼が梶原景時を討った地名、狐ヶ崎(現在の静岡市葵区)に由来。吉川友兼は、「梶原景時の変」で受けた傷がもとで亡くなっています。

そののち吉川家は、1221年(承久3年)に起きた「承久の乱」で戦功を挙げ安芸国大朝荘(現在の広島県山県郡)の所領を与えられました。戦国時代になる頃には、同じく安芸国で力を付けてきていた「毛利元就」が接近し、やがて毛利元就の次男「吉川元春」(きっかわもとはる)を養子に迎えます。毛利元就は、さらに勢力を拡大させ中国地方を統一。吉川家は、毛利家の重臣としてその後も毛利家を補佐しました。

1600年(慶長5年)の「関ヶ原の戦い」では、西軍に属しながら吉川元春の子「吉川広家」(きっかわひろいえ)は、東軍の大将「徳川家康」に接近。吉川家の宗家当主「毛利輝元」(もうりてるもと)が改易にならないように画策するなど、策士として活躍しました。

狐ヶ崎為次は、その後も吉川家の重宝として伝来。現在は、吉川家の歴史遺産を管理する「吉川資料館」(山口県岩国市)に所蔵されています。

刀剣詳細情報

鑑定区分 鑑定区分
国宝
時代 時代
鎌倉時代
刀剣種別 刀剣種別
太刀
銘
-
刀工 刀工
為次
五箇伝(制作国) 五箇伝
(制作国)
-(備中国)
代表的な所蔵・伝来 代表的な
所蔵・伝来
吉川友兼 →
吉川資料館
展示場所 展示場所
吉川資料館
長さ 長さ
(cm)
78.5
反り 反り
(cm)
3.4

刀剣に秘められた幾多の魅力を皆様にお届けするサイト、刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」のコンテンツ「刀剣名刀図鑑」から「狐ヶ崎為次」の詳細ページです。
「狐ヶ崎為次」にまつわる逸話や解説、イラストだけでなく、鑑定区分や作刀された時代、代表的な所有者や展示されている施設などをご覧頂けます。
数ある日本刀の中でも「名刀」として現代まで伝えられてきた「狐ヶ崎為次」の姿を、「刀剣名刀図鑑」でお楽しみ下さい。
刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」の掲載内容は、刀剣・甲冑(鎧兜)の基礎知識をはじめ、日本刀の歴史や雑学、刀剣にまつわる歴史人や合戦、名刀を生み出した名工達の紹介など盛りだくさん。刀剣に関する各種アプリゲーム、刀剣・お城川柳、四文字熟語といった楽しむコンテンツも充実。日本刀や甲冑(鎧兜)に関する様々な情報を、あらゆる角度からバーチャルの世界でお楽しみ頂けます。

もっと見る▼
注目ワード
注目ワード