掛け軸

制作時代不明

おだのぶかつしょじょう 織田信雄書状 某宛 十月廿八日

織田信雄書状 某宛 十月廿八日

「織田信雄書状 某宛 十月廿八日」は、織田信長(おだのぶなが)の次男である織田信雄(おだのぶかつ)が、冬の季節の贈り物をもらったことに対する返礼をしたためたものです。

年は不明ですが、末尾の日付「十月廿八日」は、旧暦では冬の時期。新暦に換算すると、おおむね10月下旬から12月上旬の前後の期間になり、廿八日(28日)ならば寒さが一段厳しくなるころと想像されます。

本書状の署名「常真」は、1590年(天正18年)に織田信雄が豊臣秀吉(とよとみひでよし)により改易されたあとに出家して名乗った号。この点から本書状は、1590年(天正18年)から織田信雄が没する1630年(寛永7年)までの間に出されたことになります。

内容は、蜜柑を送ってきた人物(名前は不明)に対し、心のこもった贈り物に満足したことを述べ、相手の身体を気遣い、寒気に注意して養生するようにとの文言で結ばれます。

本書状は、保阪潤治(ほさかじゅんじ)旧蔵です。保阪潤治は、戦前の新潟県有数の大地主で、書跡や典籍を中心に美術品を収集した人物。旧蔵品には重要文化財重要美術品の指定や認定を受け、現在は東京国立博物館など重要な博物館に収まった名品も多くあります。

本書状には、保阪潤治に古文書収集のアドバイスをしていた東京帝国大学(現・東京大学)教授の辻善之助(つじぜんのすけ)が、1936年(昭和11年)5月22日に本書状を織田信雄の真筆と認めた鑑定書のほか、同大学史料編纂所長の龍粛(りょうすすむ)と大学総長の平賀譲(ひらがゆずる)名義での、1939年(昭和14年)5月5日付の本書状の借用礼状2通が附属します。

織田信雄書状 某宛 十月廿八日

織田信雄書状 某宛 十月廿八日の写真

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詳細情報

鑑定区分 - 推定制作時代 不明
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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