書跡

室町時代

うえすぎけんしん じひつかなしょじょう(かわすみさぶろう・しょうだはやとあて) 上杉謙信 自筆仮名書状(川隅三郎・庄田隼人宛)

上杉謙信 自筆仮名書状(川隅三郎・庄田隼人宛)

上杉謙信 自筆仮名書状」は、天正元年(1573年)5月14日の日付で、上杉謙信から川隅三郎左衛門(かわすみ さぶろうざえもん)と庄田隼人佑(しょうだ はやとのすけ)に宛てられています。

両人及び書状に名前の出てくる直江大和守景綱(なおえやまとのかみ かげつな)、山吉孫次郎豊守(やまよしまごじろう とよもり)は、いずれも上杉謙信から厚い信頼を得ていた奉行衆です。奉行衆は、幕府直属の法を取り締まる役人達のことを指します。

上杉謙信は書状の中で、浪人となった椎名家の者が越中国・新川郡(えっちゅうのくに・にいかわぐん)の海岸を襲っていることについて「悪逆非道な行為を行なう海賊」と怒りをあらわにし、それに対する報復の実行と対策についての指示を書き記しています。

具体的には、川隅三郎左衛門には海賊船の到着時を狙って襲撃することと、海賊が散り散りに逃げた場合を考えて村人にも武装をさせること。庄田隼人佑には上杉軍のために鉄砲を15挺用意すること。直江大和守景綱と山吉孫次郎豊守には春日山城の二ノ郭・三ノ郭に堅牢な堀を造ることが指示されています。

この書状が書かれる直前の4月に、上杉謙信の宿敵である武田信玄が病没。上杉謙信は越中国の増山城や守山城の攻略を皮切りに、加賀国と越中国の境近くにある朝日山城へも進攻し、越中国の大半を制圧することになります。

上杉謙信 自筆仮名書状(川隅三郎・庄田隼人宛)

上杉謙信 自筆仮名書状(川隅三郎・庄田隼人宛)の写真

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詳細情報

鑑定区分 - 推定制作時代 室町時代
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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