書跡

江戸時代

ふくしままさのり しょじょう(にしおたんごのかみあて) 福島正則 書状(西尾丹後守宛)

福島正則 書状(西尾丹後守宛)

「福島正則 書状」は、慶長19年(1614年)10月25日の日付で、福島正則から西尾丹後守忠永(にしおたんごのかみ ただなが)へ送られた書状です。

この書状には、徳川2代将軍の徳川秀忠が「大坂冬の陣」のため10月23日に江戸城を出発したことに加え、先んじて出陣した「大御所様」(徳川家康)の大坂へ向かう道中での様子について、健康状態に問題は無く、心配することは何も無かったことなどが書かれています。

西尾丹後守忠永は、武将の酒井重忠(さかい しげただ)の三男として生まれ、武蔵国の西尾吉次(にしお よしつぐ)の養子となった人物。この年の「大坂冬の陣」では大和国の守備を、翌年の「大坂夏の陣」では大坂城の攻撃を命じられ、大きな戦功を挙げました。

送り主である福島正則は、天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いにおいて豊臣方で功名を上げた7人の武将を指す「賤ヶ岳の七本槍」(しずがたけのしちほんやり)のひとり。

福島正則は豊臣秀吉の死後、徳川家に臣従しましたが、「大坂冬の陣」では豊臣秀頼から味方するよう要請。福島正則は断ったものの、幕府から警戒され、江戸での留守居役を命じられます。そのような立場にあった福島正則は、滅亡へ向かう豊臣家と大坂への進攻を強める徳川家の間に挟まれ、複雑な心境だったことでしょう。

福島正則 書状(西尾丹後守宛)

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詳細情報

鑑定区分 - 推定制作時代 江戸時代
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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