書跡

安土桃山時代

とよとみひでよししゅいんじょう(かけふくそう) 豊臣秀吉朱印状(掛幅装)

豊臣秀吉朱印状(掛幅装)

本状は、「豊臣秀吉」が堺の貿易商「呂宋助左衛門」(るそんすけざえもん:本名は「納屋助左衛門」)に宛てて書いた朱印状。

「助左衛門が御壺(ルソンの壺[つぼ])を持って帰って来たことを(待ち望んでいたので)、利休居士へ告げ知らせるべし(壺の格付けを命じる)」と書かれています。

呂宋助左衛門は、「石田三成」の兄「石田正澄」(いしだまさずみ)の仲介で豊臣秀吉に謁見したのち、豊臣秀吉の後ろ盾を得て日本屈指の貿易商になった人物です。「ルソン」は、現在のフィリピンのこと。

「ルソンの壺」は、茶聖として知られる「千利休」が「珍重なるルソンの壺」と評価したことから、茶壷の中でも最上級品として、諸大名の間で競うように買い求められるほど人気がありました。

諸大名の間で茶壷が人気だった理由は、「織田信長」や豊臣秀吉が書院の飾り道具として使用していたためです。当時、茶道は大名同士のみならず、家臣との交流や恩賞のやり取りのための場として重要な位置づけにありました。「戦などで活躍した家臣に報酬として価値のある茶器を与える」と言う風習を作ったのは織田信長だったと言われており、茶器の中でも茶壷は褒美として下賜されることが多かったのです。

そのため、「優れた大名の茶室には、ふさわしい茶器がある」と言う認識が生まれて、その結果、諸大名は茶室で使用する茶器や飾り道具にも強いこだわりを持つようになりました。

ルソンの壺は「上」、「中」、「下」と等級が付けられており、この格付けを行なったのが千利休です。豊臣秀吉は、ルソンの壺に「千利休が認めた茶壷」と言う付加価値を付けることで、豊臣家の財を得ていたことを示しています。

豊臣秀吉朱印状(掛幅装)

豊臣秀吉朱印状(掛幅装)の写真

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詳細情報

鑑定区分 - 推定制作時代 安土桃山時代
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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