歴史上、大きな戦歴や功績を残した偉人、主君、師匠には必ず彼らを支える側近や家臣、弟子、補佐などのナンバー2が存在します。刀剣ワールドでは、主君や師匠を陰で支えてきた歴史上の実力者についてまとめました。
赤穂藩のナンバー2であり、主君への忠義を貫いた武士「大石内蔵助」をはじめ、実は織田四天王のひとりに数えられる名将「滝川一益」、さらに推古天皇のもとで成し遂げた数々の偉業や超人的な伝説も多く、最近はその存在さえ否定されることもある「聖徳太子」など、古代から近世までの歴史の立役者ついて、生い立ちや人物像、実力者の実績などの詳細をご紹介します。

歴史上の実力者

日本初の女性天皇、推古天皇のもとで数々の偉業をなしとげた聖徳太子(しょうとくたいし)。10人の声を同時に聞き分けるなどの超人的な伝説も多く、かつては1万円札の肖像にも選ばれた日本史上屈指のスーパースターですが、最近はその存在さえ否定されることもあります。主君である推古天皇との関係からその実像に迫ります。
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平成から令和へと時代が変わり、女性天皇のぜひを問う声も高まっている昨今ですが、過去を振り返れば8人の女性天皇が存在していました。奈良時代の終わりに第46代・第48代天皇を務めた孝謙天皇(こうけんてんのう)もそのひとり。孝謙天皇が寵愛した道鏡(どうきょう)は、僧でありながら皇位を狙った悪党として「日本三大悪人」のひとりに数えられています。
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日本の歴史上屈指の忠臣として名高い楠木正成(くすのきまさしげ)。鎌倉幕府討伐から南北朝時代突入までの激動の時代を、後醍醐天皇に寄り添いサポートし続けた楠木正成の生き様は、「忠臣蔵」の物語と混ざり合い、歌舞伎や浄瑠璃となって現在も人々に語り継がれています。
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上杉家の傍流にすぎなかった扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)に繁栄をもたらした太田道灌(おおたどうかん)は、有能ゆえに主君の怒りを買ってしまった悲劇の人物。もしも太田道灌が主君に殺されなかったら、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれません。
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主君への忠義を尽くす家臣がいる一方で、生き馬の目を抜く戦国時代においては裏切りや謀反も当たり前。主君・大内義隆(おおうちよしたか)にクーデターを起こした陶晴賢(すえはるかた)もそのひとり。幼い頃から仕えた主君を裏切った理由とは?
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武田二十四将に数えられ、武田信玄の軍師として知られる山本勘助(やまもとかんすけ)。しかしその存在は武田氏滅亡後に書かれた「甲陽軍鑑」(こうようぐんかん)にしか記述がなかったため、架空の人物と考えられていた時期もありました。 しかし、近年発見された書状によって、武田信玄にとって重要な家臣のひとりであったことがあらためて認知されています。
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今川氏親、今川氏輝、今川義元、今川氏真の4代にわたって今川氏を支え、「駿河の尼御台」(するがのあまみだい)、「女戦国大名」とも呼ばれた寿桂尼(じゅけいに)。その辣腕ぶりは甲斐の虎と呼ばれたあの武田信玄でさえ、恐れたと言われています。
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織田信秀、織田信行、織田信長と織田家3代に仕え、家臣随一の猛将と呼ばれた柴田勝家。筋金入りのナンバー2のようにも見えますが、その立場は織田家のお家事情に翻弄され、盤石なものではありませんでした。
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豊臣秀吉や明智光秀など個性の強い面々が揃う織田信長の家臣のなかにあって、あまり目立たない滝川一益(たきがわいちます・かずます)ですが、実は織田四天王のひとりに数えられる名将です。一時期は「進むも退くも滝川」とも称され、豊臣秀吉を凌ぐ勢いがあったとか。その人生の浮き沈みを見ていきましょう。
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侘び茶を確立し、「茶聖」(ちゃせい)とも称される千利休。茶の湯を政治に利用した豊臣政権下では、豊臣秀吉からの厚い信任を得て、政治運営のカギを握るフィクサーとして活躍しました。しかし、やがて豊臣秀吉と千利休との間に亀裂が生じ、非業の死を遂げることになるのです。
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戦国時代、中国地方の覇権を握った毛利元就(もうりもとなり)と言えば、「3本の矢の教え」が有名です。「毛利両川」(もうりりょうせん)とは、この逸話に登場する毛利元就の次男、吉川元春(きっかわもとはる)と、三男の小早川隆景(こばやかわたかかげ)のこと。この2人の苗字に入る「川」の字から、毛利両川と呼ばれています。毛利両川は、3本の矢のごとく、強い絆で毛利宗家を守りました。
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稀代の軍師と呼ばれ、豊臣秀吉がもっとも頼りにし、また恐れた男、黒田官兵衛(くろだかんべえ)。豊臣秀吉を天下人にすべく知略を巡らし数々の戦を勝利に導いたにもかかわらず、「次の天下人を狙っているのでは」と疑われ冷遇された、輝かしくも切ない激動の人生に迫ります。
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少年の頃から豊臣秀吉に仕え、実の親子のように深い絆を感じていた加藤清正。石田三成との不仲により「関ヶ原の戦い」以降、徳川家康の配下に入っても、豊臣家への忠義を生涯忘れることはありませんでした。
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独眼竜・伊達政宗のために一生をささげた男、片倉小十郎景綱(かたくらこじゅうろうかげつな)。名参謀でありながら、ときには師のように、ときには父や兄のように、公私から伊達政宗を支え、豊臣秀吉や徳川家康も欲しがった人物です。
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徳川四天王や徳川三傑に数えられ、徳川家康の天下取り、最大の功労者とも言われる井伊直政(いいなおまさ)。絶世の美男子でありながら、戦での勇猛な姿は「伊井の赤鬼」とも言われたとか。その素顔と功績をたどってみましょう。
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徳川家康の三大好物と言われる「佐渡殿、鷹殿、お六殿」の佐渡殿とは、江戸幕府の老中で佐渡守の本多正信(ほんだまさのぶ)のこと。愛してやまない鷹狩や側室のお六の方(おろくのかた)に匹敵するほど、徳川家康にとって大切な存在「本多正信」とは?
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日本の師走の風物詩と言えば「忠臣蔵」。薄暗い夜明け前、雪が降り積もる江戸の町を行く揃いの半被…、この隊列を率いるのは赤穂藩のナンバー2、大石内蔵助。 主君の汚名を返上するために戦った家臣達の物語は、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材にもなり、様々な脚色を加えられながら時代を超えて語り継がれています。
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新井白石~六代将軍徳川家宣の侍講~

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近日公開
お白州(おしらす)で繰り広げられる「大岡裁き」は、テレビ時代劇ではお馴染み。数々の名俳優が演じ、天下の名裁きで視聴者を魅了する大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)は、実在した人物です。 名君・徳川吉宗(とくがわよしむね)の側近として、40歳という異例の若さで南町奉行に就任。そして8代将軍・徳川吉宗の治世、最大の出来事「享保の改革」では、徳川吉宗を支えたナンバー2として多大な功績を残しました。
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田沼意次~10代将軍徳川家治の側用人~

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小松帯刀~薩摩藩家老~

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幕末の志士、坂本龍馬が師とあおいだ勝海舟。勝海舟と出会うことによって世界の大きさを知った坂本龍馬は、1862年(文久2年)から1867年(慶応3年)までのわずか5年の間に、薩長同盟の締結や大政奉還に貢献し、亀山社中(海援隊)を組織。そして31歳の若さで散っていきました。
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久坂玄瑞(くさかげんずい)とともに「松下村塾の双璧」と呼ばれる吉田松陰(よしだしょういん)の愛弟子、高杉晋作(たかすぎしんさく)。尊王攘夷の志士として討幕を成し遂げた功績の影には、師の教えと、師をして「余の及ぶところではない」と言わしめた精識さがありました。
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土方歳三~新撰組の副長~

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  • 戦国武将
    日本の歴史に登場する戦国武将をイラスト付きでご紹介します。
  • 武将と歴史人の日本刀
    武将・歴史人のエピソードや、関連のある日本刀(刀剣)をご紹介します。
  • 城と武将~武将列伝~
    日本全国にある多くの城と、城に縁のある武将をご紹介。
  • 武将・歴史人イラスト集
    戦国武将や武将・歴史人の日本刀のイラストをご覧頂けます。

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主君や師匠を支えた歴史の実力者たちの生い立ちや人物像、実力者としての実績などをまとめました。主君に仕える忠誠心や、権力者の陰で偉業を成し遂げてきた歴史上の実力者たちの活躍をぜひご覧下さい。
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